盛岡タイムス Web News 2016年  6月 15日 (水)

       

■  〈おらがまちかど〉100 盛岡市 上堂3丁目地内 ご本尊に地域史宿し 上堂観世音祭典 藩政時代からの守り神


     
   別当の一人、細田俊秋さん(左)が所有する「正観音」。祭典の時だけお堂の中に祭る  
   別当の一人、細田俊秋さん(左)が所有する「正観音」。祭典の時だけお堂の中に祭る
 

  6月の第一日曜日、盛岡市の上堂地区では毎年、「上堂観世音祭典」が開かれる。今年は5日、子どもみこしが町内を練り歩き、上堂3丁目の観音堂に併設された舞台では、地域の老人クラブや婦人部などによる歌、踊りがにぎやかに繰り広げられた。

  祭典では、2系統ある「別当」の細田家が一体ずつ所有している「正観音」と「馬頭観音」をお堂にまつり、北山の法華寺から僧侶を招いて地域の繁栄と安全を祈る。現在は「上堂馬ッコ公園」(上堂4丁目)となった馬など家畜の埋葬地跡でも読経し霊を慰める。農耕馬が活躍し馬の育成も盛んだった、かつての地域の暮らしがうかがわれる伝統行事だ。上堂自治会と上堂観世音護持会が中心になって守ってきた。

  現在の上堂地区が含まれる厨川地域は、北上川流域に広がる、のどかな田園地帯だった。明治時代、現在の青山地区に旧陸軍の駐屯が始まったころから新しい道路ができ始めたという。昭和の高度成長期に入り1970年、盛岡バイパスが開通。田畑は近代的な商業ビルや宅地に変わり、一気に開発が進んだ。

  あらゆる人、生き物を救う観世菩薩である「正観音」。馬の頭飾りを戴いて諸悪を打ち払い、馬の守り神としても信仰される「馬頭観音」。観音像は途中、新しいものに替えられた形跡もあり、歴史は定かでない。ただ、天保七(1836)年に奉納された幟(のぼり)も残っていて、少なくとも200〜300年前から地域の守り神として大切にされてきたと思われる。

     
  5日に行われた「上堂観世音祭典」。上堂3丁目の観音堂の前から出発する子どもみこし  
  5日に行われた「上堂観世音祭典」。上堂3丁目の観音堂の前から出発する子どもみこし
 


  以前は、かやぶき屋根の小さなお堂に納められていたが、住民らの寄進で1971年に現在の観音堂が完成。1986年には集会所の「洗心庵」も建ち、年に一度の祭典は、地域の絆を深める貴重な催しとなった。正式な祭日は旧暦6月1日だが、近年は、6月の第一日曜日に祭典を行い、子どもたちや新住民も参加しやすくしている。

  護持会相談役の細田勝夫さん(80)は、農耕馬に木のすきを付け、田畑を耕す「ばっこかき」を体験した世代。「馬の世話にならなければ農業は成り立たなかった。あの時代があるからこそ、今がある」と懐かしむ。馬は貴重な財産で命を落とせば人と同じように手厚く葬ったという。

  現在、自治会長と護持会長を務める細田悦朗さん(66)は「都会に出て行った子どもたちが、祭りだから、実家に帰ろうと思えるような思い出を残してやりたい。祭典を続けるのは大変な面もあるが、永続していきたい」と語る。
(馬場恵)


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