盛岡タイムス Web News 2016年  7月 11日 (月)

       

■  〈幸遊記〉287 照井顕 野口久光のグラフィック展


 一関ベイシーへ行く「大人の遠足」の日、7月8日(金)朝、岩手県立美術館へ行ってきた。本当は僕の店の定休日である月曜日に行ったのだが休館日でトホホ。野口久光(1909〜1994)グラフィック展で僕が一番に期待していたのは1975年、RCAレコードから発売になったわれらが秋(穐)吉敏子のピアノソロアルバムのジャケットを描いた野口久光さんの原画と、1979年のカウントベイシーオーケストラの岩手コンサート(翌80年開催に延期となったポスター)の原画が見られるのではないか?だった。

  結論を言うと、どちらも原画の展示はなく穐吉さんのはレコードジャケット。カウントベイシーのはポスターの展示でしたが、その左下にあのコンサートの時のベイシーりんごの写真が、ポスターの付録のように展示されていたのには感激した。それはたぶんにベイシーの菅原さんの粋な計らいによるものだろうと思いながら眺めてきた。

  僕が野口さんにお会いできたのはほんの数回でしたが、1986年10月13日に、陸前高田市民会館で開催した2回目の「秋吉敏子ジャズオーケストラ」のコンサートの時、僕らが当日用に作ったA4判8nのパンフレットに野口さんはじめ、当時のジャズ誌・スイングジャーナル・中山康樹、ジャズライフ・内藤遊人、ジャズ批評・松坂比呂、ジャズワールド・内田晃一の各氏ら、各編集長が穐吉賛メッセージを寄せてくれた。

  評論家の野口久光さんは「在米30周年記念ご帰国コンサートおめでとう」として彼女のアメリカでの活躍を紹介しながら「東洋の小国、日本の若い女性がアメリカに渡り、アメリカ、世界のジャズ界に君臨する最高のオーケストラ、リーダー、作曲家になれるとは誰もが、専門家ですら不可能な夢のようなことと思われていました。しかし秋吉さんはその夢を身をもって現実のものとした日本が世界に誇ることの出来る信念と努力の人」と紹介してくださり、プロデュースをした僕にもおまけの拍手をしてくれたっけ。

  そんなことを思い出しながら、拝見した県美での野口グラフィックス展のすばらしい膨大な作品数とその絵に添えられている野口さんのタイトル文字(レタリング)の素敵さに、心は奪われっぱなしでした。
(カフェジャズ開運橋のジョニー店主)


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