盛岡タイムス Web News 2017年  3月  1日 (水)

       

■  〈口ずさむとき〉528 伊藤幸子 「夫の法話」


 花の寺抱けば泣きやむ新生児
                    酒井せつ子

 2月15日発行の酒井せつ子さんの句集「花の寺」を拝掌した。群馬県の曹洞宗長徳寺の酒井大岳老師の奥様で、平成27年2月15日、69歳で逝去された。本のタイトルに「朝日俳壇 朝日歌壇入選作品集」とあり、初出は昭和52年4月3日から、俳句は平成26年12月8日までの141句、短歌は平成8年1月22日から27年2月16日までの39首が収載されている。

  大岳先生は著書も百冊近く、全国を回って講演、テレビ出演などにお忙しい方。近年はお寺の改築で萱葺(かやぶき)屋根の保存にご苦労された由。

  月曜日の朝日俳壇、歌壇は酒井家の皆さまや結婚された娘さんのお名前も見えて新聞を開くのが楽しみだった。何万句の中からの掲載は大変な快挙。

  むかしむかし、先生の新婚のころの物語がある。群馬県立吾妻高校の書道の酒井先生と高校を卒業したばかりのせつ子さんは18歳で、昭和38年に結婚式をあげた。年齢差10歳だった。

  この遺稿集には中年頃の写真が一葉、湖面でのポートレートが想像力を膨らませる。ましてや花の十八の花嫁さんならさぞかしと想像する。

  「せつ子は私を先生と呼び、私はその度ギクッとしました。そして自分の妻に般若心経が説けなかったら他の誰にも説けるはずがないと思い猛勉強しました」とある新婚時代。

  「山寺の仏に大き雑煮碗」「山寺や和尚除きてみんな風邪」「念願の大きな炬燵完成す」早朝からのお寺さんのさまざまなつとめ。家族は風邪で臥(ふ)しても和尚さまは声りんりんとお経をあげ、檀家さんとの相談も作務もこなす。

  「さすが夫蛇危(あや)めずに追ひ払ふ」平成12年5月22日付。川崎展宏選評に「さすが夫と手ばなしのほめよう。同感せざるをえない。蛇も助かった。〈夫〉はご住職らしい」とあり笑える。

  「起きぬけに削る鉛筆夫涼し」「夫の法話吾は好きなり寺涼し」「法衣脱ぎ南瓜収穫してくれし」次々と締め切りに追われ来客もあり、朝起きぬけにまず鉛筆を削る所作。思いやりを形で示してカボチャの収穫を手伝ってくれる夫。

  「雪もよひ和尚町まで買出しに」「夫は法話吾は草引く寺暮し」そして「本当の友は夫なり夕紅葉」「金婚を祝つてくれし紅葉山」の世界。

  「いつか来るその日追ひ遣り雪を掻く」酒井先生はいつも人との関わりをやさしく説かれる。「生まれては死に、形づくられではこわれ、この世は変化の連続。ごうごうたる時の流れの中でのみ生きている」との説法は難解だけどそれらはひとまず置いてきょうの雪かきに励もう。
(八幡平市、歌人)



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