盛岡タイムス Web News   2017年  9月  7日 (木)

       

■  盛岡八幡宮例大祭 「わ組」初の手作り山車 団員1年がかりの迫力 安倍貞任


     
  人形や装飾品を乗せるなど、大詰めを迎えている山車制作(5日撮影)  
  人形や装飾品を乗せるなど、大詰めを迎えている山車制作(5日撮影)
 

 9月14日から始まる盛岡の恒例行事「盛岡八幡宮例大祭」。盛岡市内の消防団や同好会などの山車8基が、街中を練り歩く。市消防団第11分団で編成する「わ組」(佐藤吉楢頭取)は今年、山車の制作に初挑戦。昨年10月から約1年間かけて、人形から装飾品まで全て手作りで仕上げた。若手を中心にベテラン団員、女性それぞれがこだわりを持って制作した山車は、今にも動き出しそうな迫力を帯びている。(飯森歩)

  第11分団は前潟地区(同市上厨川)を拠点に1907(明治40)年、厨川村自警団として発足。47(昭和22)年に盛岡市消防団の11分団となり、64(昭和39)年に初めて山車を奉納した。山車の制作は他の団にずっと頼んでいたが、約10年前に自分らで制作しようと奮起。20、30代の団員らが他の分団で修業し、人形などの制作スキルを習得した。

  初めて奉納した山車が「安倍宗任」で、地域内に宗任橋、貞任橋があることから安倍貞任を制作することに決定。人形はまず角材で骨格を作り、竹で形をかたどった。その上に水に浸した紙袋を貼り、建材用のパテを塗った後、薄めたボンドで表面処理をして水彩ペンキで色を付けた。

  見返しの「田植え踊り」は、昨年デビューの県産ブランド米「銀河のしずく」の豊作を願い、米俵のそばで踊る高さ2・3bの女性の人形を制作した。

  貞任が身に着ける兜(かぶと)や鎧(よろい)の他、山車を彩るサクラ、フジ、ボタンなど大量の造花はベテラン団員や「姉っこ」と呼ばれる女性らで制作。ほぼ毎日集まって針金の加工や和紙染め、布の裁断、のり付けなど細かい作業を行い、数千個の造花や装飾品を作り上げた。

  組み立てた際にバランスや形の悪いパーツは初めから作り直すなど、作業には時間と根気を要したという。団員同士のこだわりや意見が衝突することもあったが「一意専心、堅忍不抜」を掲げ、制作を進めた。馬に乗った貞任の姿は高さ2・5bほど。他の山車に見劣りしない、迫力ある山車となっている。

     
  太鼓の練習に励む子どもら  
 
太鼓の練習に励む子どもら
 


  人形制作の副リーダー伊東善幸さん(44)は「団員の地域への熱い思いが表れた山車。立体的でリアル感のある人形の迫力を楽しんでほしい」と、出来映えに太鼓判を押した。

  わ組の山車には、3歳から86歳の約200人が参加する。小学生の小太鼓30人、成人の大太鼓30人、笛25人、音頭挙げ20人、山車を先駆する手古舞10人などで構成。太鼓練習は8月23日から始め、本番までほぼ連夜太鼓の音を響かせている。

  初参加という土淵小5年の遠山果鈴さん(10)は「太鼓をたたくリズムに声を合わせるのが難しいけれど、大きな掛け声で頑張りたい」と意気込んだ。

  佐藤頭取(62)は「団員の力だけで仕上げた今年の山車は、120%の出来。初めての制作で苦労した分、団員の絆が深まった。制作を通して、若い世代は地域への愛着も確認したようだ」と話した。

  盛岡八幡宮「例大祭」は1681(延宝9)年に始まり、約340年の長い歴史を持つ。第29代南部重信公が八戸から盛岡に城を移した際、現在の盛岡八幡宮である「新八幡宮」を建立。例大祭はその翌年から毎年8月14、15、16日に行っている。今年はわ組、み組、盛山会さ組、南大通二丁目町内会、の組、い組、三番組などの山車が奉納される。


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