盛岡タイムス Web News   2017年  12月  23日 (土)

       

■ 〈体感思観〉 大崎真士 考えさせられるニュース


 もし身内や職場の同僚が取材・報道の当事者になったら、どう対応するべきだろう。身内でも見知らぬ人でも、扱いに温度差があってはならない。頭で理解できても、実際はどうか。考えさせられるニュースがあった。

  岩手日報の女性記者が前岩泉町長からわいせつ行為を受けたと報じられた。その後ワイドショーはじめ全国的に取り上げられた。前町長は辞職した。

  6日に開かれた岩手日報の会見を取材した。それによると、会社は記者本人の意向を最優先して対応したため、報道しなかった。ところが今月に入り町内に怪文書が出回り、憶測も流れ始めた。このため発生から約2カ月経過した中、報道に踏み切ったという。

  町長の立場にある人物から突然受けた理不尽な行為。怒り、悔しさ、恐怖、悲しみ。はなはだ勝手ながら、胸の奥に重たいものがつかえる感じがした。

  ニュースを取材・報道する組織の中に当事者がいて、しかも立場は被害者。事案の種類からも悩ましい問題なのは間違いない。勤務先が新聞社で、記者の仕事だったから起きたとも考えられ、会社が本人の意向を尊重するのもうなづける。

  行為を受けたのが記者個人の責任や判断に委ねられては、たまらない。取材相手から歓迎されず、身の危険が伴うかもしれない仕事に対して、どこまで本気でぶつかることができるか。同業者として共感なのか情なのか。身につまされる思いが、よぎった。

  では、見ず知らず、立場の違う人にも同じ気持ちになれるのか。自分の身内が同じ境遇になった時はどうか。振り返ると、相手によって感情移入してしまったり、淡白に向き合ってしまったりする自分に気付いた。

  当事者の立場も考え、取材して記事にする。心掛けていることの一つだ。それは被害者も加害者に対しても同じだ。第三者の立場で仕事をする機会が多いからこそ、評論家や野次馬根性で臨んでもいけない。

  改めて自らに言い聞かせる機会となった。


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