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| ▼ 2008年 8月 31日 ―太田農水相の自語相違― |
| 太田誠一農水相の公式サイトには、動画で語る「1分間の国政報告」がある ▼舌禍だけでも致命的といわれる同相に、自身の政治団体の事務所費問題が浮上している。先の動画には以前のものだが「政治とカネ」の項がある。太田氏はそこで「依然として政治とカネの話が終わらないものですから」と憂慮し提案をしている ▼趣旨は政治家は1円以上の領収書をすべて保存、記録。公認会計士など第三者に見てもらう必要があるというもの。常識的でごもっともな意見である。だが自語相違。自らはその常識的作業を怠っている。政治家は口先だけというが、この大臣も舌先で言葉を転がしているだけなのだろう ▼秘書の自宅を事務所として05、06年の2年間で、事務所経費など2345万円を計上。問題化し29日に釈明したが使途明細もあいまい。領収書は9割しか保存していないという。「すべて保存、記録」という主張も実行していない ▼安倍内閣では3人の農水相が政治とカネの問題で自殺や辞任に追い込まれた。例えば赤城徳彦氏の場合は事務員もいない実家を事務所と称し、多額の経費を計上。非を追及され辞任したが、太田大臣の秘書宅も事務所の実態がない。パターンも似ている ▼偽構事務所で不透明経理処理。疑惑は深まるばかり。福田総理は「一つのウソがあれば国民の目をごまかせない」(28日付メルマガ)と説く。そう国民の目は厳しい。失言に金の疑惑。これに断を下さないと政権も国民から見放されよう。 |
| ▼ 2008年 8月 30日 ―老人の日― |
| 本県では既に2学期の授業が始まっているが、東京圏などでは夏休みが8月末までのところが多い。NHKラジオでは朝の時間帯に「夏休み子ども科学電話相談」が放送されているため、朝の通勤時にはカーラジオを聴きながら楽しんでいる。 ▼子供たちの質問には驚くようなことがあるので回答をされる先生方も苦心されていることと思うのだが、惰性に流されたような生活をしているものだから、子供たちの観察力や新鮮な見方には感心させられることが多い。 ▼先日は「人間にはなぜ皮膚があるのですか」といった質問があった。「お年寄りにはなぜ皺(しわ)があるのですか」という質問も続いた。「魚にはなぜ鱗(うろこ)があるのですか」など、普段はなんとも思わないようなことに子供たちは疑問を持つのである。 ▼皮膚と皺には密接な関係があるが、それが別々の子供からの質問であっても人間の命には共通した見方や疑問を持ったのであろう。年齢を重ねてきて、皺が増え、髪は全面的に白くなって「皺だらけ、白髪だらけ」になってしまったが、この年齢になっても体を包む外皮を大事にしながら元気で頑張っている。 ▼今年も「敬老の日」が近づいてきたので、敬老会のご案内が届いていることと思う。地域によっては該当者の年齢を上げているところもある。初めてご案内をいただいた方は出席をためらっている方もろう。皮膚やしわと同様に老人も社会を優しく包んでいるのである。明るく元気に参加してほしい。 |
| ▼ 2008年 8月 29日 ―伊藤さん悲報 許せぬ非道― |
| 「だれもが行きたがらない所に行き、だれもがやりたがらないことをする」。それが中村哲医師が主宰するペシャワール会の合言葉だ ▼中村さんは国内の病院勤務を経て、今から24年前にハンセン病などの医療活動のため、パキスタン北西部の国境の州都・ペシャワールに赴任。隣接するアフガニスタンでも診療所を造るなど医療活動を展開していたが、00年にこの国を襲った大干ばつで、自らの生き方を問い直す ▼国民の半数以上が被災。飢餓に苦しむ人々。毎日のように子供が死ぬ。彼らをどう救うか。医療だけでは限界があると。飲料水、食料がない。中村さんは井戸掘り、農業用水路造りを始め農業指導も手掛けた。支援の輪も広がり母体としてペシャワール会を設立。崇高な志の仲間が集う ▼01年の9・11後には、米軍などによる対テロアフガン爆撃もあり、治安が悪化する中でも日本から有能な青年らが志願。現地入りしている。26日に武装勢力に拉致された伊藤和也さんも同会のスタッフだった。干ばつ地区で農業再生計画を担当。試験栽培などを指導していたという ▼安否が気遣われていたが、27日に届いたのは遺体発見という最悪の悲報だった。家族には、何かあったらアフガンの土になるからと覚悟を語っていたというが、まだ31歳。あまりにも悲しすぎる。ご冥福を祈るばかりである ▼人が行きたがらない異国で志高く尽くし、現地の子供たちからも慕われていたという伊藤さん。その命を奪う非道が許せない。 |
| ▼ 2008年 8月 28日 ―今年度後半の「観光の進め方」― |
| 岩手経済同友会と盛岡商工会議所の観光部会では、今年度後半の「観光の進め方」を議論している。その柱は「平泉世界遺産登録の取り組み」と「岩手・宮城内陸地震による風評被害対策」になっている。 ▼平泉の世界遺産登録は本来であれば登録決定を得てさまざまな活動計画が展開されていたはずのところだが、残念ながら登録延期となったため3年先の登録を目指した活動を行っていくことになった。 ▼一方、2度にわたる大きな地震を受けて県内全域が風評被害に遭い、この夏は観光客がキャンセルしたり新規入り込みがめっきり減っている。 ▼そこで「元気です、岩手キャンペーン」などを7月25日から12月31日まで展開し、東京圏などにキャラバン隊を派遣しているが、その効果はいかほどなのか分からない。 ▼盛岡商工会議所では「全国規模の会議を盛岡で」と誘致合戦を展開している。岩手経済同友会でも商工、銀行や自治体の会議を本県に持ってきてほしいという即効型の誘致活動を展開し始めている。 ▼もう一つは「県内需要を高める施策」の展開があろう。内陸と沿岸の交流や県北と県南の交流を促進することなどが考えられるが、それに当たっても受け入れ地や旅館ホテルが宿泊料金の割引などの特典を用意しなければならない。 ▼これから秋の紅葉シーズンに向かっては、ガソリンの値上げなどの条件を配慮しながら、実態に合ったさまざまな施策を速やかに展開しなければならない。 |
| ▼ 2008年 8月 27日 ―俳句 短歌甲子園― |
| 高校球児があこがれる甲子園は、さまざまな分野で日本一を競う行事の代名詞にもなっている ▼ファッション甲子園とかディベート(討論)甲子園など多彩だが、高校生らが詩心を競う俳句甲子園、短歌甲子園も注目されている。俳人の正岡子規や高浜虚子の出身地である愛媛県松山市で、毎年8月に開催されているのが俳句甲子園だ ▼11回目となる08年大会が15日から行われ、団体では本県からも水沢高が4強入りし健闘。優秀作品の個人表彰もあり、団体予選で敗退した一関二高から2年生の根本夏実さんの次の句が入選した。「革命の旗靡(なび)かせる金魚かな」。色鮮やかにひらひらと泳ぐ金魚からの連想が楽しい ▼一方青春の歌人・石川啄木の顕彰と若い世代の短歌づくり振興を目的に、同じく8月に盛岡で開催されているのが短歌甲子園だ。団体、個人ともに3行歌を詠み競い合う。21日から23日まで実施された本年大会が3回目。歴史は浅いが参加校も初回の06年が17校で今回は36校と倍増。期待も反響も着実に広がっている ▼団体では富山の魚津高が初優勝。本県からは盛岡一高が3位に入賞した。個人戦では「城跡」の題詠で「城跡や空の役目は 少年に何問われても 答えないこと」(秋田高・清野絵理さん)が最優秀作品賞。「空にすわれし」に対応した傑作だ。「あこがれ」の題では愛媛の高校生が「あこがれの啄木さんに 会いに来た うちも岩手で歌人気どるけん」と素直に詠み優良賞に選ばれている。 |
| ▼ 2008年 8月 26日 ―北京五輪を終えて― |
| 8月8日から開かれてきた第29回北京オリンピックは24日夜、国家体育場、鳥の巣で閉会式が行われ、17日間燃え続けた聖火が消えた。テロなどによる妨害も表立ったものはなく、無事に全種目が遂行されたことはまずは何よりであった。 ▼インフラだけでも4兆5千億円を投じたというが、五輪史上最多の204カ国・地域の参加を得て、開閉会式におけるマスゲームや花火の打ち上げなどに演出が目を引いた。中国の威信とメンツがうかがえた。 ▼開会式といい、閉会式といい「一つの世界、一つの夢」をスローガンにして世界の約5分の1を誇る人口と広大な面積を自負し五輪後の発展を示唆するかのように中国という国家の特殊性を生かして運営された五輪であったと思う。 ▼厳戒の警備の中ではあったが中華民族100年の夢として「中国流・アジアの五輪」を遺憾なく発揮し国威発揚と国際協調を十分に演出したように思われた。 ▼閉会式で北京五輪組織委員会の劉会長は「中国人民が抱く熱い炎は永遠に燃え続ける」「五輪に一生懸命になった中国の人々や笑顔を絶やさなかったボランティアを記憶にとどめてほしい」と訴えていた。 ▼一部には見栄え重視で偽装演出もあったなどの評論もあるようだが、中国が初めての五輪開催を通じて得たものは計り知れないと思われる。北京五輪成功でこの大国の向く先はどう変わるのかと関心を持っている人も多かろうが、日中関係もより前進して世界平和に貢献してほしい。 |
| ▼ 2008年 8月 25日 ―核兵器をめぐる不安― |
| 広島、長崎を中心に核兵器廃絶を訴えたこの8月。それは世界の悲願のはずだが逆行する動きも目立つ ▼14日にはアメリカの迎撃ミサイル施設を、かつて旧ソ連の影響下にあったポーランドに配備することで両国が基本合意。20日にはライス米国務長官が現地入りして正式調印した。ロシアのグルジア侵攻が背景にあり、緊張を高めるものとして懸念されている ▼ロシア側は激しく反発。配備される迎撃施設について、軍幹部は「核攻撃の対象になる」と明言。「第一優先順位として破壊される」とまで言い切っている。日本からの核廃絶への叫びなどはどこ吹く風で、同じ8月に物騒なメッセージが発信されている ▼もう一つ不気味なのは、少なくとも50個ほどの核爆弾を保有しているとされるパキスタンの政情不安だ。今年2月の総選挙でムシャラフ大統領の与党が惨敗。旧野党が連立政権を樹立。その上に浮いた形の同大統領は追い込まれて今月18日に辞任した ▼核兵器使用のボタンを握るトップが、右往左往しているようにも見える。テロとの戦いの最前線に位置するこの国。21日には国営軍需工場で連続自爆テロが発生し、およそ百人が死亡した。「パキスタン・タリバン」を名乗るイスラム武装勢力による犯行と伝えられている ▼不安定な政情下で、核兵器や核技術が流出することはないのか。他国のことながら保管状況が心配になってくる。現実世界では《長崎の次》が消去されていないことを改めて知りりつ然とする。 |
| ▼ 2008年 8月 24日 ―北京五輪閉幕へ― |
| きのうは処暑で、暑さもおさまり涼風が吹きわたる初秋に入る。いよいよ収穫の秋を迎える。早起きをして相の沢牧野を経て網張温泉の方まで出かけた。ススキが大きく伸びて山には一足早く秋が訪れている。 ▼高原の畑には黒々とした土に白菜や大根の新芽が整然と葉をつけている。出荷を考えてのことと思うが、種まきを一度にせず、一定の間隔をおいて栽培しているのだろう。畑によって小さい葉っぱ、中ぐらいの葉っぱ、大きい葉っぱと見事に植えつけられている。 ▼収穫の秋が近づいてきているが、今年はクリやブドウなどもよく実をつけているようだ。この2、3日前から急に温度が下がって長袖を身に着けなければならないほどになっているが、予報ではまた暖かい気温になる模様となっている。 ▼北京オリンピックもいよいよきょうは最終日となった。バスケットボール、男子マラソンを終えると、夜8時過ぎから閉会式が開催される。今度はどのような閉会式が挙行されるのかが楽しみだ。 ▼おとといの男子400bリレーは感動的であった。日本初の銅メダルに輝いたが、バトンの受け渡しがスムーズにできたのは4人の選手が練習を重ねた成果であると思った。精神的な重圧は相当なものだったろう。ジャマイカの400bリレー世界新記録も大記録だが、日本の3位も大記録であった。北京では引き続いてパラリンピックが開催されるわけだが、本県出身の選手をはじめ日本の活躍を期待している。 |
| ▼ 2008年 8月 23日 ―『やかましい』発言― |
| 改造内閣で消費者行政担当相に就任した野田聖子さんが、同僚大臣の問題発言におかんむりである ▼野田女史が憤慨しているのは、同じく新任の太田誠一農水相が、今月10日のテレビ番組で語った次の内容だ。「食の安全については、今でも日本は安心なんだけど、消費者や国民がやかましいから、さらに徹底してやっていく」 ▼すでに「やかましいから徹底するとは何事か。心得違いも甚だしい」「国民を見下し小ばかにしている」などと厳しい批判が噴出している。オリンピック報道に耳目を奪われながらも、その不快なせりふが鼓膜にへばり付いて消えない向きも多かろう ▼消費者行政の責任者として野田大臣も看過できなかったらしい。20日には日本記者クラブで「皆さんが分かる日本語を使っていただかないと困る」と切り込んだ。返す刀で太田発言を擁護した自民党の麻生太郎幹事長に対しても、「そういうサポートは非常に残念」とばっさり ▼新任なのによく言った、との声も出ている。それにしても、選挙に勝つために国民の「目くらまし」をと発言した人も、おとがめなしで主要閣僚に座っている。太田氏には学生による集団婦女暴行事件で「レイプする人はまだ元気があるからいい」(03年)との耳を疑う暴言の前歴もある ▼大臣の登用には不祥事の有無を調べる身体検査が行われるというが、福田改造内閣では口腔検査を怠ったのだろうか。舌禍がノーチェックだ。こういうところにも国民は口やかましいのに。 |
| ▼ 2008年 8月 22日 ―ジャマイカ勢はなぜ速い― |
| 北京オリンピックもはや終盤だが、男子100メートル、200メートルに世界新記録で優勝したウサイン・ボルトが話題になっている。女子100メートルではフレーザーが優勝するなどしてジャマイカ勢が表彰台を独占した。 ▼これまで陸上短距離界は米国が圧倒的な強さを示してきたが、今回はジャマイカに王座を奪われてしまった。カリブ海の島国がなぜ強いのだろうか。 ▼人口はわずか260万人。祖先は西アフリカであると言われている。ジャマイカの新聞は遺伝子、食生活、貧しさゆえのハングリー精神などと分析し報道しているようだが、ボルトの父親はジャマイカ人がよく食べる特産のヤムイモが速さの秘密だと述べている。また走ることはジャマイカの文化でもあるという。 ▼バルセロナ五輪男子100金メダリストのリンフォード・クリスティや、アトランタ五輪で男子100の金メダリスト、ドノバン・ベイリーはともにジャマイカ出身でそれぞれ英国、カナダに移住し、その国の代表になった。ソウル五輪で優勝したがドーピング検査でメダルをはく奪されたベン・ジョンソンもジャマイカ生まれでカナダから出場していた。つまり逸材を輩出していながら国としては目立たなかっただけだ。 ▼ジャマイカでは全国高校陸上選手権のような大会が毎年行われているようで、陸上が国内の最大のスポーツイベントとされているようだ。これからはジャマイカの指導体制や食生活などが参考にされる時代が到来するかもしれない。 |
| ▼ 2008年 8月 21日 ―ソルジェニーツィンの生涯― |
| 鎮魂の夏。著名人の訃報も続く。今月3日にはロシアのノーベル賞作家・ソルジェニーツィン氏が死去した ▼旧ソ連の独裁強権体制に、ペンを握って立ち向かったこの人。1945年にスターリン批判嫌疑で逮捕。懲役8年の強制収容所生活。名誉回復。再逮捕。国家反逆罪で国外追放。ソ連崩壊後の94年帰国。罪人扱いされた経歴だけでも圧倒される ▼自らの体験を基調に一農民を主人公として、収容所の実態を描いた「イワン・デニーソヴィチの一日」(62年刊。邦訳63年・新潮社)は、世界に反響を広げ注目された。当方も駆け出し記者のころ、夢中で読んだことを懐かしく思い出す ▼その収容所の1日は、午前5時の起床を告げる鐘の響きから始まる。主人公は無実なのにスパイ容疑で逮捕。10年の懲役を言い渡され送り込まれた。名前でなく番号で呼ばれる。かゆなどの粗末な食事で強制労働に従事。常に看守の目が光っている ▼作品は主人公の1日を淡々とつづるが刑期は10年。「こんな日が〜はじめから終わりまでに三千六百五十三日あった」(本文)のである。極寒の描写もある。それは気候の寒さだけでなく、人間の尊厳をも平然と粛清する権力の魔性の寒々しさにも重なる ▼晩年、この反強権の巨人は老いの余裕か揺らぎなのかプーチン強権体制を弁護した。かつての語録に「死は恐れない。与えられた使命を遂行せずに死ぬことが恐ろしい」とある。89歳。巨星は落ちた。恐れなき満足の死であったであろうか。 |
| ▼ 2008年 8月 20日 ―三陸鉄道の夏に思う― |
| 夏の多客期輸送を終えて三陸鉄道の山口社長、金野運輸部長、成ケ沢総務部長の三役が来社された。今夏の実績を伺っているとここ数年来では一番厳しい営業実績になっているようだ。 ▼まずは気動車に使用する軽油などの燃料費が異常に高騰して輸送原価が跳ね上がっていること。第三セクター鉄道も漁船などと同じように国などから燃料費の補てんが必要になっている。それに加えて本県の2度にわたる大地震の風評被害などで東京圏などからの観光客が著しく減っていることだ。 ▼夏の「多客」ではなく、「少客」期のような事態になっているとぼやいていた。地震の風評被害が原因していることは間違いないが、景気の低迷も大きく影響しているように思った。 ▼今夏の旅の傾向としては「安・近・短」が主流になっている。観光や旅館関係者は主に東京圏などに向かってPRをしてきているが、それらの誘客運動が実を結ぶまでには時間がかかる。どうしても風評被害が消えるまでには2、3年は掛かるのではないか。 ▼三陸鉄道のみならず、三陸沿岸のホテル・旅館は客不足で悲鳴をあげているのが実態だ。内陸の花巻温泉あたりも前年比50%そこそこの状態と伺っている。 ▼このような深刻な事態に対処するためには、まず盛岡地域や内陸と沿岸の交流など県民の利用を推奨するべきではないか。ホテル・旅館の関係者も割引特典を入れるなどして近場の客の誘致に知恵を絞るべきだろう。座して待つ時ではない。 |
| ▼ 2008年 8月 19日 ―墓参も宿題も代行?― |
| 「代行」という業務にありがたいと感じたのは、運転代行が登場したときだ ▼酒席の帰路。割高でも安心、安全はうれしい。素直に助かるなと喜んだものだ。だが最近は頭が古いせいか、違和感を覚える代行業の話題も耳にする。旧盆で親類が集まったとき、首都圏では彼岸や盆の前になると「お墓参りを代行します」というチラシがよく入るという話が出た ▼病気や高齢、遠方移転などで、自分で墓参ができない人はぜひご利用をとの趣旨で、代行社は墓地、墓石の清掃、供花などのほか、希望すれば僧侶による読経も行うという。旧盆1回だけのプランや春秋の彼岸、盆、命日の年4回セットを売りにしている業者もある ▼交通費など実費のほか基本料金が掛かる。依頼主には代行状況を撮影した写真が裏付けとして送付される。聞くほどに首をかしげてしまうのだが、利用者があるから成り立つのだろう。依頼主の切実な事情もあるに違いない。でも便利ではあるが「心」が抜け落ちたような複雑な気分に襲われる ▼自分が遅れているのか、世間が進んでいるのか。ほかに宿題代行業というものもある。脇で教えるのではなく丸ごと請け負い。料金を受け取る。学校の夏休みは北国では今週終わる地域も多いが全国的には8月末まで。今が宿題の追い込みでこの代行業にとっては書き入れ時だという ▼依頼するのは大半が親だというから、違和感どころか世も末の感さえする。宿題を代行で済ませた子供は、どんな大人に育つのだろう。 |
| ▼ 2008年 8月 18日 ―盛岡さんさ踊りを東北3大祭りに― |
| 盆の終わりとともに、東北の夏祭りも終わった。今年の盛岡さんさ踊りの集客は昨年を下回ったということだが、東北3大祭の中に盛岡さんさ踊りを入れることは無理なのだろうか。 ▼無理だとすれば東北4大祭りとしたいところだが、山形の花笠まつりが既に4大祭りに入れられているのであれば、東北5大祭りに数えざるを得なくなる。4番であろうと5番であろうと、順番にはこだわらないとする意見も聞かれる。近年は八戸の三社大祭や北上のみちのく芸能祭りなども追い上げてきているし、弘前ねぷた、五所川原立ちねぶたや大曲の花火大会などの人気も高くなってきている。 ▼それでも盛岡さんさ踊りは、世界一の太鼓パレードのある祭りにのし上がったのであるから、東北4大祭りと呼びたいところだが、どうも最近はそのような声が聞かれなくなった。 ▼踊りに加わっている団体や個人は大いに満足しているようだが、沿道で見ている観客にはいまひとつのところがあるようだ。家でテレビを見ている市民も結構多い。市民全体の祭りにするための工夫が必要なように思える。 ▼遠来の観光客に見ていただける場所の確保や、桟敷席などについて工夫しなければならないだろう。今のやり方であれば、入り込み人員も頭打ちになってしまう。利点を生かしながら、さらに観光客の増加にも結び付けられる祭りにしなければならない。そのためにはまず市民の参加、県民の参加を進められるようでなければならない。 |
| ▼ 2008年 8月 17日 ―いい言葉、いい光景― |
| 北京五輪では、いい言葉やいい光景が次々と生まれている ▼過去にも「これまで生きてきた中で一番幸せ」(14歳の岩崎恭子。92年)など多くの語録がある。00年シドニーで「メダルで人間の価値が決まるわけではない」と言ったのは4位だった17歳の北島康介選手だ ▼04年のアテネでは平泳ぎ百、2百メートルで強豪ハンセン(米)を破り2冠制覇。「チョー、気持ちいい」と叫ぶ。その後故障もあり国内外で不調が続く。06年にはライバルのハンセンにも敗退。それでも厳しい鍛錬でスランプを克服。臨んだ北京で2種目連覇を達成 ▼しかも百メートルは世界新だ。あふれる涙をぬぐいながら、「何も言えねえ」と。地獄を抜け出た人の感激の絶句だ。同じくどん底を経て連覇をつかんだ柔道の内柴正人選手は、観客席の妻と4歳の息子の名を大声で呼ぶ。「おやじの仕事をしっかり見せることができました」の弁も心に残る ▼旧姓田村でも結婚後の谷でも金。2歳の愛児同伴で「ママでも金」を狙った女子柔道の谷亮子選手。3連覇は成らず見事に決めた払い腰も銅では喜べない。彼女の頑張りをだれよりも知る夫でプロ野球選手の佳知さんの賛辞。「ぼくには(銅が)金色に輝いて見える」もほのぼのとする ▼開会の日に起きたロシアとグルジアの武力衝突。射撃女子で銀のロシア選手と銅のグルジア選手が表彰台で抱き合う。2人は「何事もわたしたちの友情は壊せない」と口をそろえる。いい言葉、いい光景は連日枚挙にいとまがない。 |
| ▼ 2008年 8月 16日 ―平和祈念式典に参列して― |
| 15日の63回目の終戦記念日は、岩手護国神社で開催された戦没者追悼並びに平和祈念式典に参列した。正午からは日本武道館の全国戦没者追悼式会場からラジオを通じて天皇陛下のお言葉や福田康夫首相の祝詞が流された。 ▼山口九郎遺族会会長は祭文の中で、安倍首相に次いで福田首相が靖国神社に不参拝となったことを残念に思うと述べられた。2006年の小泉首相の靖国参拝以来、首相の不参拝が続いたがこれによって首相の公式参拝が崩れたのだろうか。 ▼日本遺族会は長年にわたって首相や閣僚の公式参拝を求めてきたが、歴史的な方針転換が迫られているように思える。終戦から63年を経て日本の人口の3分の2が戦後生まれになった。元兵士や遺族は高齢化し軍人恩給を受ける人は30万人を割った。戦争の傷あとが次第に忘れ去られようとしているが、風化させないようにしなければならない。 ▼先ごろ見つかった東条英機元首相の終戦間際の手記の一節が気にかかる。「屈辱和平、屈辱降伏、新爆弾に脅え、ソ連の参戦に腰を抜かし」などと国政指導者を批判するような言葉がつづられていた。 ▼ポツダム宣言の受諾は昭和20年7月26日が決断の大きな山場であった。日をおかずに受諾していればもっと被害を少なく治められたはずだ。当時の鈴木貫太郎首相らが2週間も黙視し続けていたのは、己の命が危うい状態にあったからだろう。軍部によって拘束され終戦の決断を下ろせなかったのだろうか。 |
| ▼ 2008年 8月 15日 ―終戦から63年― |
| 座右にある詩歌カレンダーの8・15には次の2首が並んでいる ▼一つは窪田空穂に師事した半田良平の歌。「軍神の母のひとりが年老いて夜はさすがにさみしといひき」(「幸木」所収。1948年)。戦死した兵士を武勲の模範として軍神と称賛する気風が戦時中にはあったが、戦争が終わると多くの母たちが、悲嘆に暮れたものである ▼この歌も、軍神の母といわれてもさすがに夜はさみしくなる、と語るある老母の悲哀を詠んでいる。私事だがわが家の祖母も長男が戦死。「軍神の母」といわれた一人だが、戦後にはこの歌の情景に重なる無数の老いた父母がいたことであろう。作者も愛息をサイパン島で失っている ▼二つ目は石川啄木とも親交のあった土岐善麿の歌。「あなたは勝つものとおもってゐましたかと老いたる妻のさびしげにいふ」(「夏草」所収。46年)。敗戦直後の老いたる妻の寂しげな問いが歌われている。作者には3人の息子が出征した戦争を、敗れてくれよと祈るべきかと苦悩する親心を詠んだ歌もある ▼終戦から63年が経過するが、数行の詩歌からも戦争の残酷さ愚かさがありありと浮かび上がる。国家指導者の罪の深さも想起される。先ごろ、開戦の責任者だった東条英機元首相の終戦直前の手記が発見されている ▼そこには当時の内閣と国民を「無気魂」と批判。降伏へ傾く姿を「屈辱」として反発。戦争継続への意図も示されている。絶望と悲鳴の渦中で早期終結を願う国民感情との落差に驚く。 |
| ▼ 2008年 8月 14日 ―あすは終戦記念日― |
| あすは63回目の終戦記念日を迎える。昭和20年8月15日の正午を期して、天皇陛下の玉音放送が流されたが、そのことを記憶に残されている方は少なくなってきている。 ▼太平洋戦争では200万人の戦死者、戦火に巻き込まれた人が100万人、合わせて300万人が死んだと言われている。家を焼き払われた人は1千万人もあった。太平洋戦争では日本有史以来の犠牲者を出したが、それ以前の戦争でも多くの犠牲者を出してきている。 ▼終戦記念の日は忘れることはできない日であると同時に、二度とあってはならない日であるが、なるべく思い出したくない日でもある。戦争のことを話しても耳を傾けてくれる人が少なくなってきている。 ▼敗戦のことをつぶやいてもばからしくなってしまうのは自分だけであろうか。もちろんのこと戦地に駆り出されて銃弾の下を潜り、無事に帰還された元兵士に接する機会も少なくなってきた。 ▼釜石では米軍の艦砲射撃で1千人近い犠牲者を出したが、特に昭和20年8月7日がひどかったと思う。一関、盛岡、そして松尾鉱山なども標的にされて爆撃を受けている。日本陸軍は本土決戦を主張していたが、もしもその通りに実行されていたなら日本国民は全滅に近かったろう。 ▼8月6日に広島、9日には長崎に原爆が投下され、ソ連が連合国側に回って参戦を始め、日本はポツダム宣言に同意することを決意した。太平洋戦争の経過を正しく知らなければならない日でもある。 |
| ▼ 2008年 8月 13日 ―旧盆帰省の異変― |
| 残暑も厳しいがそれでも7日の立秋のころから、盛岡でも最低気温が20度を下回る日が増えている ▼秋の訪れは風の気配にハッと気付くものの、目にはさやかに見えないと歌にも詠まれたこの季節。でも県内ではコスモスが咲き始め、中津川河畔でもかれんな花が目にもさやかな風趣を漂わせている。「秋桜墓の対話の遠近(おちこち)に」(大槻紀奴夫) ▼この秋桜(コスモス)が揺れる墓参風景は秋の彼岸だろうが、一部北国ではその光景を旧盆のころに見ることができる。きょう13日はお盆の入り。精霊が帰ってくる日とされ、夕刻に迎え火をたく風習がある。屋根などに電飾ツリーを付設する地域もある ▼帰省が始まり県外ナンバーの車も目立つ。ただガソリン価格暴騰の今年は異変もある。車使用を控え鉄道や高速バスに切り替える人が増えるという。高速道路の渋滞も緩和されるかもしれない。帰省自体をあきらめるケースも出始めている ▼首都圏などでは1リットル190円前後のところもある。車を断念し新幹線に変えても、子供連れなど人数が多いと、切符代もかさむからだ。お盆の追善供養もできず、郷里の家族らとの交流も断たれるのだから無情というほかない ▼中島みゆきさんの「帰省」という歌は、「もう半年がんばれる」というせりふを繰り返す。年2回帰省して、故郷に触れるたびに元気がわくという意味だ。帰省は生きる力を呼び覚ます魂の伝統といっていい。安心して帰郷もできない国はやはりおかしい。 |
| ▼ 2008年 8月 12日 ―地域の夏祭り― |
| 7月末から始まった東北の大きな夏祭りが終わって、今度は地域や集落の夏祭りが始まっている。夏休み中の子供たちやお盆の帰省客らを交えた集落の夏祭りもいいものだが、学校や集落で盆踊り大会を催しても集客は難しくなった。 ▼近年は土曜市や朝市などの産直に人気が集まっている。10日には朝6時から、第2回滝沢スイカまつりが村役場前の広場で開催された。 ▼滝沢村はスイカの栽培面積が岩手県一を誇っているが、スイカを村の名産品に育て上げようと柳村典秀村長が先頭に立って頑張っている。当日も早朝からスイカ売りのいでたちで役場前広場に出てメガホンを持って陣頭指揮をとっていた。 ▼スイカの生産者が軽トラックにスイカ、花や季節の農産品を満載して即売会を始めると、約3500人の客が近郷近在から訪れて瞬く間に売り切れてしまった。 ▼昨年は初めての生産者直売とあって慣れていないように見受けられた。今年は商いのやり方が身についたようで一個1千円から1500円の手ごろな値段のスイカが飛ぶように売れていた。 ▼夕方からは滝沢ニュータウンの夏祭りが地域の活動センターでにぎやかに開催された。従来は盆踊りと秋の運動会を自治会主催で開催してきた。参加者が少ないためにこれを統合して夏祭りを開催した。祭り会場の周りには模擬店が並び舞台では踊りなどの余興が披露され、餅まきなどがにぎやかだった。それぞれの地域で住民たちが知恵を出しあっている。 |
| ▼ 2008年 8月 11日 ―不登校の克服― |
| 親はわが子が不登校だと楽しいはずの夏休みも、苦悩の日々になる ▼近所のあるお母さんも数年前にそれを体験した。中学生の息子が1学期後半から不登校。休みが終わっても登校しないのではと不安が募り、教職経験者という初老の先生に相談した。小学校のころから命令調でしかってばかりいたという母親 ▼自分を責め悩む彼女に先生は助言した。不登校の子は「親も自分を分かってくれない」と不信を抱いていることが多い。分かってほしいという欲求に応える大人が1人いれば不登校は克服できる。命令調とかのうわべでなく、「つらいことも全部分かっているよ」と温かく抱き締める愛情があればいい ▼不登校から登校へと子の《行為》が変わることを親は急ぐが、その前に月並みだが自分が変わることが先決。わが子の苦しみを救えずもがいている感化力の乏しい自分をどう脱皮するか ▼先生はそう言い自分の息子も登校拒否でした。克服に3カ月掛かりました。以上は体験的持論ですと告白した。母親が気持ちを切り替え触れ合う中で「ぼく、本当は学校へ行きたいんだ」との息子の声を聞く ▼2学期に入ると彼は何かが解けたように登校を始めた。今月初旬に、07年度の中学生の不登校は全国平均で34人に1人、本県は40人に1人でいずれも過去最悪との調査報告があった。事情も克服法も百人百様で単純ではないが、どの子もきっかけを待っているのは確かだ。この夏休みがそれぞれの克服のチャンスになるといい。 |
| ▼ 2008年 8月 10日 ―北京五輪開幕― |
| 第29回オリンピック競技会北京大会が2008年8月8日開幕。午後8時(日本時間同9時)、北京市北部の国家体育場(愛称・鳥の巣)で開会式が行われた。 ▼中国での五輪開催は初めてだが、史上最多の204カ国・地域から選手、役員約1万6千人が集い、28競技302種目で競われる。 ▼世界人口の約20%に当たる13億人を抱える中国を舞台にした「平和の祭典」は「一つの世界、一つの夢」をスローガンに掲げ、世界の超大国の飛躍を期すような演出を繰り広げた。 ▼映画監督のチャン・イーモウ氏が2年半をかけて演出を考えたという開会式は、中国の歴史や改革開放後の姿を絵巻物風に見せるものであった。 ▼5月の四川大地震、チベット騒乱後、聖火リレーは各国で混乱したが、開会式は警察と軍で約140万人といわれる空前の厳戒の下で幕開けした。 ▼天安門に花火が打ち上げられ、天女が舞い飛び、鳥の巣のメーン会場はハイテクと人力によって中国文明を誇示する式典となった。極秘とされてきた開会式の演出に中国は百年の夢を貫徹させたのであろう。 ▼日本の福田首相をはじめ出席した各国の王室、国家元首は五輪史上最多とみられる80人以上になった。日本は23番目に卓球少女福原愛ちゃんを旗手に入場。約190人が行進した。 ▼サッカーの試合は既に始まっているが、日本は26競技に選手339人、役員を含めると史上最多の576人を派遣した。2ケタの金メダル獲得を目標にしている。 |
| ▼ 2008年 8月 9日 ―永井博士の遺志の継承― |
| 名曲「長崎の鐘」で知られる永井隆博士の夫婦愛。夫人は「召されて妻は天国へ」と歌われている ▼博士が学生時代に下宿した家の一人娘。結婚し子宝にも恵まれたが爆心地近くの自宅で即死。博士は書いた。「その瞬間、私の現在が吹き飛ばされたばかりでなく、過去も吹き飛ばされ、未来も壊されてしまった」(「この子を残して」講談社)と ▼1945年8月。6日の広島に次いで9日午前11時02分、長崎に投下された原爆はその瞬間、無数の家族愛も人生も吹き飛ばし未来も奪った。勤務先の医大で被爆し余命が短いことを知る博士は、疎開させ助かった幼い一男一女を残していく苦悩にさいなまれる ▼1秒でも死期を遅らせ「寂しがる時間を縮めてやらねば」(同)と自らにムチ打つが6年後に43歳で死去。そのとき9歳だった娘が筒井茅乃さん。忌まわしい過去に沈黙していた茅乃さんは、結婚し授かった娘が中学生になると、この子に伝えようと決心 ▼83年、居住地の関西から娘を連れ長崎を訪問。重症の身ながら医師として被爆者治療に尽くした父。強引に子供2人を疎開させ家を守り犠牲になった母。目に焼き付いた地獄絵。それらを現地で言い聞かせて、平和の尊さを語り合った。それを「娘よ、ここが長崎です」(くもん出版)として刊行。ベストセラーにもなっている ▼茅乃さんは今年2月に他界したが、博士の原爆への怒りと平和希求の遺志が、娘から孫の世代へと確実に継承されていることに胸打たれる。 |
| ▼ 2008年 8月 8日 ―災害への備えの大切さ― |
| 6月14日と7月24日の2回にわたる大地震で本県は大きな被害を受けているが道路の決壊、地滑りや土砂崩壊などの被害の大きさに比べて、建物の被害がそれほど大きくなかった。 ▼一関市や奥州市では盛んに復旧作業が行われているが、地元の建設業者を中心に、お盆前には迂回(うかい)路や仮排水路等の工事に一定のめどを付けなければならないとして不眠不休で応急工事に取り掛かっている。 ▼今回の地震に当たっては、緊急事に際して迅速に機動力・技術力を発揮したのが地元の建設業者であった。土地を熟知している業界が国の岩手河川事務所、県、市町村と連携を取り合って突発事に対応した。このことが2次災害の防止や安全対策に大きな働きをしている。 ▼8月6日にエスポワールいわてで日刊岩手建設工業新聞社主催の「防災対策シンポジウム・今後の災害対策連携について」を開催した。県土整備部長、県砂防災害課総括課長、県建設業協会水沢・一関両支部長、県測量設計業協会長、防災ボランティア岩手県支部長、国交省岩手河川事務所長らから貴重な事例発表がされた。約200人の建設業関係者が出席して意見交換したが、防災協定は結んでいるものの、実際の異常時に遭遇して地域における建設業者として実態に即した準備体制の整備について反省させられるものがあったと聞く。 ▼災害は訪れてほしくないが、災害に強い県土づくりが基本だ。整備しなければならないことが多いことを知った。 |
| ▼ 2008年 8月 7日 ―赤塚不二夫さんの漫画― |
| 漫画家・赤塚不二夫さんの訃報に、幾つもの作品が思い出される ▼代表作「天才バカボン」には、息子と張り合うパパのせりふがある。この本を全部読んで偉い人になる、というわが子にパパはむきになる。「わしより偉い人になって、わしをめしつかいにするつもりだな」と本を奪う。自分が先に読むというのだ ▼「お前より先に偉くなってやるのだ。めしつかいにされてたまるか」というパパ。親のくせにと読む人は吹き出す。「週刊少年マガジン」で連載が始まったのは1967年。昭和の戦後を生きる親の世代は、高校にも行けなかった人も多く、そこには社会風刺も読み取れる ▼高い学歴で親を見下す子もいれば、子にへつらい過保護になる親も目立ちはじめた世相を、騒がしいドタバタ劇で笑わせながら突いている。美人のママは優しい。パパの奇行にあきれながらも受け入れる。「これでいいのだ」がパパの口癖で、当時の流行語となった ▼もう一つの傑作「おそ松くん」(62年〜)では、脇役・イヤミ氏の「シェー」の奇声とポーズが大受けした。右腕を真っすぐ上げ手首を曲げ、左腕を胸にしたその振りは、幼い日の皇太子さまもまねている。映画のゴジラも来日したビートルズのジョンレノンも、「シェー」を決めていた ▼戦後の復興期を生きる人々をとりこにした作品群。連発するギャグの奥に漂うヒューマンな余韻が魅力だ。目の見えない人にも笑ってほしいと、点字絵本「よーいどん」(小学館)も出している。 |
| ▼ 2008年 8月 6日 ―広島原爆を忘れてはならない― |
| 8月7日は「立秋」である。暦の上では秋に入るわけだが、残暑厳しく一向に涼しくなる気配がうかがわれない。3日は異常な高温となって川井村で37・8度と、その日の全国一を記録している。 ▼清涼なはずの川井村が全国一の高温を記録したわけだが、北上山地の盆地にあるためだろうか。東北3大祭りが峠を越して8月8日の夜20時過ぎからは北京オリンピック開会式が開催される。9日には甲子園の高校野球で盛岡大附が駒大岩見沢と対戦するなど暑い中でテレビ観戦が多くなるだろう。 ▼盛岡大附は今回で6度目の夏の甲子園出場となるが、いずれも初戦で敗退しているとのことだから今度こそは勝ち進んでほしいものだ。岩手は2度にわたる大地震の被害を受け、また平泉の世界遺産登録延期等で少々沈みがちであるから、高校野球で岩手・盛岡を大いに宣伝し、元気なところを全国に見せてほしい。 ▼6日は「広島に原爆が投下された日」である。原爆ドームの近くの元安橋の近くが爆心地だが、広島が世界で始めて被爆地となった。午前8時15分、広島上空580メートルで炸裂し、熱線と放射線とその衝撃波や爆風で都市の90%が壊滅した。発火点の温度約30万度、人類初の核兵器、原子爆弾が市内の大部分を焼き尽くした。人口30万、軍関係者4万人、近隣来訪者1万人、そのうち14万人が死亡した。そして、ほぼ同数の被爆者を生み出し、戦後は原爆病で苦しめた。広島原爆を忘れてはならない。 |
| ▼ 2008年 8月 5日 ―馬たちの叙事詩― |
| 炎天下の甲子園で走り打ち、白球を追う高校球児を見ても生命力を感じる ▼3日後に開幕する北京五輪も真夏の競演が展開されよう。プロ、アマを問わずこの暑さの中でスポーツに汗を流す人の強さ。涼風の部屋にこもっている当方など、生命力の落差にうなだれてしまう。人間だけでなく、馬のスポーツといってもいい競馬も、猛暑下でレースを展開している ▼人の競い合いからも教えられることは多いが、勝ち負けをかけてひた走る馬たちからも学ぶことが少なくない。先月29日、兵庫の地方競馬場で、国内最多連敗記録を更新中だったエリザベスクイーンが、166戦目に初勝利するというドラマが生まれた ▼美しい名前とともに1勝165敗という記録が、一躍話題になっている。負け続けても勝てる、とわが人生にダブらせ拍手を送ったファンもいた。劇作家の寺山修司は述べている。「(八頭の馬が出走すれば)そこには少なくとも八篇の叙事詩が内包されている」(「馬敗れて草原あり」角川文庫)と ▼それは人の生き方に通じる叙事詩にほかならない。06年に引退したハルウララも現役時代に一度も勝てず、113敗と負け続けて幕を閉じたが、ファンの多さでは一番人気を誇っていたことを思い出す。人には挫折や逆境は付きものだから、負け続けてもなお走り続ける姿が、共感を呼んだのだろう ▼すぐ切れる人の弱さも、馬たちは鏡のように映し出す。エリザベスやウララが内包する叙事詩は実に読み応えがある。 |
| ▼ 2008年 8月 4日 ―新閣僚は命がけで― |
| 安倍晋三首相の突然の辞任によって、福田康夫内閣が発足したのが昨年の9月であったから1年弱経過している。本来なら解散総選挙で国民の信を問わなければならないが、1年過ぎても支持率が高まらないためそんな情勢にはない。 ▼昨年7月の参院選で民主党が第1党となってねじれ国会となったが、この間には、ガソリンや食料品の異常な値上がり、サブプライムローン問題や経済の停滞と国民の生活苦を招いている。 ▼首相本人は6日の広島、9日の長崎原爆の日、8日には北京オリンピックに出席するのだろう。そして15日の終戦記念日はどうなるのかだ。今回は就任後初の内閣改造になる。直前まで改造などやらないような素振りを見せていたが、自民党議員などから催促されてやっと重い腰を上げたような格好だった。 ▼改造内閣の課題は当面する景気対策と、1年先の総選挙対策であろう。積み残されてきた社会保障・医療問題や来年度予算案の作成がある。 ▼麻生太郎氏を幹事長に配置し、17ポストのうち13閣僚を入れ替えて実力者や派閥の代表を配置したが、特に記すような新鮮さも見受けられない。 ▼今、都市と地方の格差問題は深刻だ。特にも本県では二度にわたる大地震の被害もあり自治体財政をはじめ極度に疲弊している。本県知事を3期務めた増田寛也総務相は、地方分権などの取り組みが評価されて留任したが、今回の組閣が自民党として最後にならぬように新閣僚は命懸けで踏ん張ってもらいたい。 |
| ▼ 2008年 8月 3日 ―福田改造内閣― |
| 江戸期の農政指導者・二宮尊徳が詠んだ和歌がある ▼「この秋は雨か嵐か知らねども 今日のつとめの田草とるなり」。昨日、改造内閣を発足させた福田康夫首相は、官邸メールマガジンにこの歌を引用(7月24日付)。荒れた風雨が予想されようが、目前の課題に黙々と取り組むという自らの心情を重ねている ▼安倍前総理が突然投げ出した政権を、陣容もそのまま継承した昨年9月。背水の陣内閣と自戒してスタートした福田政権は、意図が見えないあいまい路線に終始。不人気は募り支持率は低迷。不可避の衆院解散総選挙は与党にとってはあらしが予感される ▼田草取りとしての施策は当然ながら、福田色を鮮明にすることも「今日のつとめ」と内閣改造に踏み切ったのだろう。党役員も一新。ライバルながら人気者とされる麻生太郎氏を口説いて幹事長に据え、閣僚も留任も含め派手さより実務を優先した感がある ▼さて、何のためだれのための改造かと問うてみる。福田総理は国民生活のための「安心実現内閣」だと胸を張る。だが人気低迷からの浮上を狙う「選挙対策内閣」であることは見え透いている。不人気が総理自身に起因するのも事実だから、功を奏するか否かは未知数だ ▼意図はともかく政権の色彩は国民生活を染めていく。増税派とされる与謝野馨経財相。伊吹文明財務相の取り合わせも気掛かりだ。総選挙の洗礼を経験しない内閣だから正当性も問われ、改造でも基盤は危うい。照準は解散の時期に移る。 |
| ▼ 2008年 8月 2日 ―東北経済同友会総会で思ったこと― |
| 1年を通じて一番暑さを感じる8月。各地で夏祭りが始まったが、盛岡でも盛岡さんさ踊りが4日まで盛大に行われている。 ▼7月31日には東北経済同友会総会が八戸市で開催されたので参加した。会場となった八戸市吹上町のホテルは八戸南部800年の歴史を持つ由緒あるお屋敷の中にあって、木々に囲まれた閑静なたたずまいであった。 ▼八戸は「日本一の山車まつり・三社大祭」が同日から始まり、豪華な山車27台が繁華街に繰り出していた。東北・新潟から200人の経営者が集まったわけだが、M6・8という7月24日の岩手県沿岸北部地震の直後で、会議の開催が危ぶまれたが幸いにも被害が小さかった。 ▼会議の中には記念講演として日本原燃の児島伊佐美社長から「六ヶ所原燃」の内容について説明があった。日本はウラン資源がないわけだから豪州・カナダやカザフスタンからの輸入に頼っている。そのウランもあと80〜90年程度で底をつくというので高速増殖炉などによる高度化利用が進められていることを知った。 ▼チベット出身の女性歌手バイマーヤンジンさんの講演も参考になるものがあった。チベットと日本の比較であるが、日本の教育文化の高さや飽食の状態とチベットの放牧民族の質素な暮らしぶりを比較してくださった。豊かなはずの日本で青年層の不祥事が多発している。日本人の心はいまや何で満たされるのか。チベットに問いたい。岩手は日本のチベットといわれてきたのだから。 |
| ▼ 2008年 8月 1日 ―ラジオ体操 80周年― |
| 「日時計に狂ひなし夏旺(さか)んなり」(山口波津女)。リズムは狂いなく8月が到来した ▼うだるような日々が続くこの時期。早朝に流れるラジオ体操のメロディーだけは、なぜかすがすがしい。近所の公園からも毎朝聞こえてくる。夏休み行事として町内子供会が主催している。父母らも交え子供たちの声もにぎやかだ ▼朝のラジオ体操は昔から夏休みの定番として行われてきた。眠い目をこすりながら駆け付けたり、参加証に押印をもらったことなど、懐かしく思い起こす中高年の方もおられよう。あの曲を聞くと自然に体が動き出すという人も多かろう ▼ラジオ体操が初めて試験放送されたのは1928年(昭和3年)8月。今月は80周年の佳節に当たる。まだテレビもない時代。ラジオから呼び掛ける第一声も好評だったらしい。「全国のご家庭の皆さーん、おはよーございます」。その口調は今でいう流行語大賞並みにもてはやされたという▼ラジオ体操誕生にはモデルがあった。米国の生命保険会社が、病気や死亡による保険金支払い額の抑制を狙い予防医学的発想で始めた健康体操である。これを旧逓(てい)信省簡易保険局が参考にし、同じ趣旨で日本版を作成したという由来がある ▼動機は保険金予算減らしだったが、それだけ健康の維持、増進に効果のある工夫がされているということでもある。持続実践で血圧や血糖値などを改善した事例も多い。今風にいえばメタボ対策に有益な体操ということになろう。 |