2014年 8月の天窓


 2014年  8月  31日 ―東京五輪と女子ソフトボール―
 今月はソフトボールの女子世界選手権で、日本2連覇の快挙があった
▼女子ソフトといえば08年北京五輪で、日本代表は上野由岐子投手がパワフルに3連投。金メダルに輝いた光景がよみがえる。だがチームには不安が付きまとう。女子ソフト種目が北京以後の五輪から除外されることになっていたからだ
▼競技を続ける意味を自問し葛藤したと後に上野投手も語っている。漂う暗雲を破ったのは「戦い抜き勝ち抜き感動を広げ、ソフトを五輪に復帰させよう」という皆の意欲だった。女子世界選手権開催は以前は4年に1度だったが今は2年に1度だ。日本代表はこれに闘魂を燃やし挑む
▼一昨年のカナダでの選手権大会ではエース上野が力投。大会通算9勝の強豪・米国を抑え42年ぶりに優勝する。オランダで今月開催した大会でも日本は、決勝で米国と対決。上野投手が完投し4対1で2連覇を果たす
▼五輪復帰をうたう「BACK SOFTBALL(バック・ソフトボール)」の合言葉も反響を広げた。国際五輪委員会(IOC)では昨秋就任した新会長が20年東京五輪の種目再検討を示唆。多くの委員も女子ソフト復帰に前向きの発言をしている
▼「宇津木麗華監督を東京五輪で胴上げしたい」。これが上野さんをはじめチーム皆の悲願。IOCの英断に期待しよう。

 2014年  8月  30日 ―盛岡と平泉を核にした観光―
 盛岡観光コンベンション協会と平泉観光協会などが作製した観光パンフレット「黄金の国ものがたり」、「平泉・盛岡」を盛岡駅観光案内所で手にした。
▼平泉―盛岡間は新幹線で50分、車で60分として、奥州藤原氏四代が約100年にわたって花開かせた平安の浄土文化・世界遺産のまち平泉と、盛岡藩300年の面影を残す城下町盛岡を、歴史的なつながりの深い黄金の国いわての二つの古都として、平泉と盛岡のいにしえの心に触れる旅として売り出している。
▼こういった世界遺産の平泉、前九年の戦いの安倍一族の歴史や、その後の盛岡南部藩の歴史遺産のある盛岡を結び付けた観光施策は、とても良い企画であると思っている。
▼平泉を売り出すためには、まずは身近な県庁所在地の盛岡広域圏に売り込むことが重要ではないか。また、世界遺産の平泉に来た観光客を県央の盛岡や周辺の小岩井農場、つなぎ温泉や鶯宿温泉、八幡平、さらには三陸や県北にまで誘致するためには、平泉・盛岡をセットにした販売施策が重要であり、的を得ているのではないかと思った。
▼なんといっても、盛岡は、さまざまな受け入れ態勢が整っている。豊富な既存の文化施設などを生かし、さらに磨きを掛けていくことで、本県全体の観光文化の活性化につなげていければよい。

 2014年  8月  29日 ―旧友の被災地初訪問―
 今春、定年退職した横浜在住の旧友から、この夏に被災地を初訪問したと電話があった
▼発災から3年5カ月の本県被災地に3泊した彼は、以下のように経過と所感を語っている。今回はSL銀河も堪能し釜石、陸前高田、大槌、宮古を見学。現地ではタクシーで動き運転者の説明で被害甚大を体感する
▼初日には「奇跡の一本松」の夕景を仰ぐ。数万本の松原が流失。衰えながらも一本だけ生き残り手当ても受け記念樹として立つ。その姿が必死に生きる被災者に重なり感無量になる
▼大槌で泣けたのは吉里吉里の高台に設置された亡き人に心で語り掛ける「風の電話」だ。語った言葉を書いたノートもある。「まごちゃんが3人になったよ。かあさんにおふろに入れてもらいたかったよ」と、亡き母への切ない思いもつづられている
▼昨年3月に同町安渡の津波到達点に建った木柱型の碑にも感心する。「大きな地震が来たら戻らず高台へ」と大書したこの木碑は、当時高校2年の吉田優作君の提案から生まれた。彼は丈夫な石碑は見る側が惰性になり風化しやすいと気付く
▼木碑にし4年に一度建て替え心構えを確認し合うなら、次世代にも継承されると確信。この着想が地域などの協力で具体化したのだ。わが友は建て替えごとに訪ね共に心を一新することにしたという。

 2014年  8月  28日 ―地方再生と震災復興―
 政府は2015年度の重点施策に「地方創生」を掲げて予算を組む見込みだ。その狙いは、統一地方選を来年に控えていることと、地方の人口減少や地域の活性化策は避けては通れない状況に置かれていることと指摘してよいだろう。
▼政府は9月には「まち・ひと・しごと創生本部」を創設させる。安倍首相を本部長に全閣僚で構成し、担当相も新設する方針だ。民間研究機関の日本創生会議が5月に公表した試算では、2040年までに国内の約半数の市区町村が消滅の危機にあるとされたが、今ここに来て騒ぎ立てても収まるものではない。むしろ、長期展望に立ち、地方対策に力を入れていくべきではないだろうか。
▼政府が発足させる創生本部は、20年までの具体策と50年後を見据えた長期ビジョンを来年1月までにまとめる予定という。果たして、地方が主役となり、個性を生かせる発想へ転換できるのか。
▼政府は15年度予算の概算要求基準で、地方活性化や人口減対策に最大4兆円規模の特別枠を設けるという。一方で、被災地向けの予算で16年度以降は白紙との声が聞こえてきている。15年度までを集中復興期間として25兆円に上る予算を用意したが、今年度末で復興がどこまで進むのか。東日本大震災の復興財源が底を突くようでは問題がある。

 2014年  8月  27日 ―村上氏の卵の側に立つ視点―
 実現はしていないが作家の村上春樹氏は、ノーベル文学賞の有力候補と言われ続けている
▼「ノルウェイの森」や「海辺のカフカ」「1Q84」など、話題作は海外諸国にも翻訳され特に若い世代によく読まれている。熱烈ファンをハルキストというが、そう呼ばれる人が世界各地にも増えている。氏が作品などで語る思想は国内外のハルキストたちの共感を呼ぶ
▼村上思想を端的に表明したものとしては、09年2月のエルサレム賞受賞記念講演がある。授賞会場のエルサレムはイスラエルの都市で、当時も同国はパレスチナ自治区ガザを爆撃。多数の住民を殺傷していたので日本国内からは受賞辞退を求める声もあったが、氏はあえて出席する
▼会場には同国大統領も臨席していたがその前で氏は訴える。「高くて硬い壁(国家システム)と、壁にぶつかり割れてしまう卵(非戦闘市民)があるときには、私は常に卵の側に立つ」と。千人以上のガザ住民がイスラエルの攻撃で命を落としたことも指摘した
▼「卵の側に立つ」は村上氏が小説を書く時に、心奥に刻みつけている信条だとも語っている。先の大戦も国家の権力システムの無謀が国そのものも破壊。非戦闘国民をも犠牲にした。終戦の意味を省みる鎮魂の月に、「卵の側に立つ」という視点が新鮮に胸に迫ってくる。

 2014年  8月  26日 ―宮古盛岡横断道路区界道路の着工―
 宮古市と盛岡市を結ぶ国道106号の宮古盛岡横断道路整備で24日に平津戸松草道路と区界道路が着工した。トンネルや橋を新設する新ルートの総事業費680億円をかけた高規格化工事がスタートした。カーブ・勾配がきつく最大の難所であった区界峠をはじめ山岳を縫うルートの改良工事で交通環境が改善される。
▼被災地の早期復興を目指した三陸沿岸道路は復興道路、宮古・盛岡横断道路と東北横断自動車道釜石秋田線の両路線は復興支援道路に位置付けられ、集中投資で短期間の整備を目指している。
▼106号は、区界峠を分水嶺として、太平洋側に閉伊川、内陸の北上川に向かって簗川が流れていて、川沿いに設けられている。従って、急峻(きゅうしゅん)山岳ルートが多い。この高規格道路が全線完成すると宮古―盛岡間の所要時間が20分ほど短縮され、特にも冬季間の安全度が飛躍的に向上し、その効果は計り知れないものがある。
▼簗川ダムの建設工事に伴って、川目│簗川間の道路は、一部改良された新道が開通している。さらに都南大橋から106号につながるルートの工事も急ピッチでなされている。横断道の時間短縮効果と合わせて、簗川ダムのダム湖、三陸の海と北上山系の自然を生かした観光や産業の活性化も開けてくるのではないか。

 2014年  8月  25日 ―豪雨土砂災害へ政府対応に思う―
 ゲリラ豪雨による広島市の土砂災害現場から、痛ましい悲報が相次ぐ
▼災害発生直後の20日午前4時半頃に、救助のため副隊長として現地に入った53歳の地元消防署員は「せめてこの子だけでも」と土石流を背に叫ぶ父親から3歳男児を託される。その子を抱きほかの住民を誘導していた時、土砂の激しい流れに巻き込まれ副隊長も男児も命を奪われてしまう
▼発生当初から住民も救助隊も生死を分ける死闘が続く。既に多くの死者、行方不明者が出ている。この非常事態に官邸、とりわけ安倍総理の臨場感を欠く危機対応がひんしゅくを買っている。夏休み中の安倍さんは山梨の別荘で災害発生の第一報を受けた
▼そこで状況掌握などを各省庁に指示する。問題はその後だ。20日の「首相動静」によると、7時26分から近くで森元総理らとゴルフを楽しんでいる。当日朝のテレビでも緊迫した広島情勢は伝えているから、本来は朝一番で官邸に向かうべき
▼だが官房長官から要請され東京へ出発したのは約2時間後。日中は官邸中心に災害に対応。夕刻に再び山梨に戻ったことにもあ然とする。今年5月には集団的自衛権絡みで「総理大臣である私はいかなる事態にあっても、国民の命を守る責任がある」と語っている
▼今回の総理は別世界から通う事務処理者にしか見えない。

 2014年  8月  24日 ―広島市の豪雨土砂災害―
 20日盆が過ぎたかと思えばきのう23日は処暑(しょしょ)、涼風が吹きわたる初秋に入った。
▼日本列島は居座る前線の影響などで連日の雨降り。広島県北部の安佐南、安佐北両区では、20日未明、局地的に猛烈な雨が降り、南北約15`にわたり10カ所以上の土砂崩れが発生して、40数人の命が失われている。今も行方不明者の捜索が続き、早い救出を願うばかりだ。
▼この地区では、1時間に100_を超える豪雨に見舞われ、しかも、平年8月の1カ月分を超える雨量が3時間も連続して降ったため、裏山が崩れ、住宅などが土砂や流木にのみ込まれた。広島市北部の山脈は花こう岩が風化した「まさ土」といわれる土が固い岩盤を覆っている地帯であるため、大量の水を含むと崩れやすいということだ。
▼広島市での今回の災害は市北部に集中しているが、岩手でも北上山系などが花こう岩地帯であることを考えれば、風雨にさらされて、もろくなった花こう岩や火山灰の地帯に宅地開発を進めたところはないか点検しなければならないだろう。
▼今回の被災地域は「特別警戒区域」の指定外だったことを考えると、総点検は急がなければならない。危険箇所は防砂堤などの安全策を講じるべきだろう。1年前の岩手県央の災害も記憶に生々しい。9月1日防災の日も近い。

 2014年  8月  23日 ―いじめ根絶への努力―
 残暑見舞いを封書で寄せた東京在住の親友は、いじめに遭う11歳の孫息子に触れていた。孫は頭はいいが言葉の発音が悪く鈍く見られるという
▼1年前にそこを突いた同級男児2人のいじめが始まる。とろくのろまだから「とろま」と呼ぶぞと。下校方向が同じで2人のカバンを両手に持たされることもある。靴を隠すなど陰湿いじめは日常化。だが孫は誰にも言わず耐えていた。先月、いじめを目撃した知人から両親が聞き家族も初めて知る
▼孫も打ち明けたが2学期から学校に行かないと言い出す。彼らが夏休み後は学校に来るなと脅したのだ。両親はすぐ担任教師と校長に相談。2人の保護者とも冷静に懇談。加害少年の今後にも配慮しつつトンネルを抜け出せそうだという
▼詩と絵本の出版社「童話屋」社長の田中和雄さんはいじめをなくすことに力を注ぐ。各小学校でいじめを考える「詩の授業」も実施しているが好評だ。詩人や教員らと「いじめさよなら会議」も誕生させた
▼先月末には幼少期にいじめを体験した詩人谷川俊太郎さんと子どもたちの詩を収めた「いじめっこ いじめられっこ@」を発刊。価格は子どもも買える324円だ。小さな詩集だがいじめ根絶を促す言葉が随所にある
▼先の親友にも贈呈したら電話があり、孫君は学校へ行くと決めたという。

 2014年  8月  22日 ―米の増産と流通ルート―
 墓参で県南から県北地域までマイカーで回ったが、県南地方の水田では既に稲穂が垂れ下がっているのに、県北の八幡平の近くの水田は稲の花が咲いた程度で背丈も低かった。松川からのかんがい用水は段差と太陽光で水温を温めているのだろう。水はきれいだが山からの水は冷たいので農業用水にするためにさまざまな工夫がなされている。とにかく農地は広く、休耕田などを含めれば、まだまだ農作物の増産が可能であると思った。
▼農林水産省の総合農協統計表によると、2012年度の農家の出荷額は8兆5251億円である。このうち、農協に卸した金額は4兆1986億円で、全体の49%にとどまった。これは1975年度の49%に並ぶ低い水準で、米のシェアも47%と、62年度の46%に次ぐ低さだった。
▼農家にとって、作った農産品を農協に売るのは便利なのだが、利益の差が出ることや手数料を支払わなければならないので農協以外への出荷が広がっている。
▼農家はネット販売で独自のルートを築いたり、スーパーなどと直接契約を結んでいる。一方、農協ではシンガポールなど海外へ販路を広めている。
▼とにかく、日本ではまだまだ米の増産は可能である。今後、農家と地域農協と流通の関係をどのように切り開いていくかを考えるべきだろう。

 2014年  8月  21日 ―謎多い民間軍事会社代表―
 甲子園夏の大会は盛岡大附など東北勢が大健闘。拍手で称賛していたが、そこへシリアで拘束された邦人男性は今年1月に「民間軍事会社」を設立。その代表だとの報道があり不可解な現実に引き戻された
▼国家が行う戦争の下請けをするのが「民間軍事会社」だが、それが平和憲法下の日本に存在しているのだから驚く。それはともかく政府はまずは過激組織に拘束された男性救出に万全を期してほしい。そう願った上で民間軍事会社に触れておく
▼社員を武装させ請負現場に派遣する会社は20世紀末に登場するが、話題になるのは01年9・11同時多発テロ以降だ。特に米国主導のイラク・アフガン侵攻では、戦争の民間請負が注目された。任務は直接の戦闘のほか軍用車列の警備、要人警護など多岐に及ぶ
▼日本では法的に軍事請負はあり得ず、警備も警備員が持てるのは警棒や盾など非殺傷性用具に限られる。男性の会社のホームページも軍事より警護や護衛を強調。海外渡航者の命を守ることが目的とうたう
▼一方、拘束時に男性が銃を所持していたことも判明。シリアには軍事請負調査で出向いたともいう。社名も行動も不透明だ。当人がブログで露呈する誇大妄想癖や浮世離れ言動。この男性の軍事会社設立申請を当局は許可した。戦闘地拘束に至る事情に謎が多い。

 2014年  8月  20日 ―見直される路面電車―
 路面電車が見直されてきている。富山市などでは、PPP(官民連携)方式で建設事業費の捻出やデザインなどを工面しているとか。
▼路面電車は昭和初期の思い出というよりは、高齢社会に対応した乗り物として見直されている。排ガスゼロの省エネ交通機関として、また、低床からの乗り口は高齢者や子どもたちにもやさしい乗り物である。
▼富山市では、JR富山駅南側、富山地方鉄道市内電車の環状型路面電車と北側の富山ライトレール富山港線とをつないで2016年ごろ直通運転を開始する予定で、中心市街地活性化の起爆剤としている。建設事業費約30億円は官民連携方式で捻出したようだが、ローコストの次世代路面電車として期待されている。
▼東北・北海道の路面電車は今日、函館市、札幌市の2市だけになっている。そのほかには、高岡市、豊橋市、岡山市、広島市、松山市、高知市、長崎市、熊本市、鹿児島市などで営業運転をしている。路面電車は歴史・観光面などからも注目されている。
▼マイカー時代の進展などで、花巻電鉄や松尾鉱山鉄道などが廃止されたのはいつ頃だったか。復活は無理としても、廃線を生かすことはできないものか。この辺りの現役路線でも利用度の低い山田線や花輪線などの活性化策を考えなければならない。

 2014年  8月  19日 ―多いマイカー里帰り―
 ソニー損保が今回のお盆を前に、里帰りについてさまざまな角度から調査している
▼利用交通機関を問うと飛行機や鉄道を引き離し、抜群のトップは自家用車で90%を占めている。ガソリンの高騰は痛いがそれでも遠距離移動の帰省には、家族らが和やかな同行を選ぶのだろう
▼例外だろうが初老夫婦だけのドライブ里帰りで、ほとんど無言という体験談を聞いた。仲が悪いわけでもない。以心伝心、あうんの呼吸でいたわり合ったりしている。他人同士なら間が持たず機嫌うかがいをしてしまうが、連れ合いとの融和の妙を車中に醸し出している
▼もちろん大半はおしゃべり組で子らがいれば、芸人のまねも演じ歌も飛び出す。そのにぎわいは渋滞の憂さも晴らす。先の調査でも「渋滞のストレス発散に歌いたい曲は?」との愉快な問いがある。復興支援ソング「花は咲く」がトップかなと期待したが違った
▼第1位はあのアニメ映画「アナと雪の女王」の主題歌「ありのままで」だった。全国では歌詞付き版を上映し、観客が一緒に歌う企画を実施した映画館が約90カ所あり、幼老も男女も問わず大ヒットを広げている
▼「空へ風に乗って ありのままで飛び出してみるの〜」などと、親子で想像のつばさを広げ伸びやかに歌えば、確かに渋滞イライラなど霧散するであろう

 2014年  8月  18日 ―涼しいお盆に熱いニュース―
 日曜日に挟まれた今年のお盆が終わった。14日までにお墓参りは済ませ、これといったことをやらずに過ぎてしまった感がある。夏と秋が出入りしているような、ぐずつき気味の天気のせいか。何冊かの本でも読もうと思ったが、それも果たさないでしまったし、記憶に残るような良い映画を見る機会もなかった。
▼甲子園の高校野球が放送されているためにテレビに目移りしがちな季節だが、それにつけても、16日に盛岡大附が優勝候補といわれた神奈川の東海大相模を4対3で破り、初戦を勝ち抜いた試合は大したものだった。
▼5回までは2対1で押され気味だったが、関口清治監督の「気持ちでは負けない」といった気力の充実で、6回表には逆転し、9回まで力投した好投手松本裕樹投手を柱に、全員野球で勝利をつかんだ。その活躍は郷土の誇りであり、また、盛岡市の宣伝にも大いに役立ったと思う。次の試合も万全を期してもらいたい。
▼連日の雨で今夏の夏祭りやそれぞれのスケジュールが狂ってしまった。甲子園大会の開会が2日順延されたのをはじめ、舟っこ流しは17日に順延され、雫石よしゃれ祭りは屋内の催しとよさこいは行われたがパレードが中止となってしまった。かわりに相の沢のお山の湯で温まった。牧場の中の温泉もまた良いものだ。

 2014年  8月  17日 ―盛附の勝利を祝う―
 「仰ぎ見る岩手の嶺の いやき理想かゝげて」。昨日午後の甲子園の空に、悲願の夏大会初勝利を果たした盛岡大学附属高校の校歌が響き渡った
▼共に口ずさむ選手一同も県民フアンも、感動に胸を熱くしたことだろう。午前の試合が雷鳴と降雨で一時中断。盛岡附属が優勝候補の強豪・東海大相模に挑む午後の試合も雨で開始が大幅に遅れたが、初勝利の歓喜の波はその悪天も忘れさせてくれる
▼2日前の練習の時に前川主将は「東海大相模は実力では確実に上なので、気持ちでは負けないようにぶつかる」と語っていたが、試合にはその思いが脈打っていた。1回裏に2点を先制されたが2回表には5番遠藤が、相手先発・青島のカーブを左翼スタンドへ運び1点差とする。まさに負けん気の本塁打だ
▼6回表の2死後にも執念が爆発。3番の菜花が四球。4番松本の安打で一、三塁とし5番遠藤の適時打で同点。さらに6番の槇島が死球。7番立波が2点適時打を放ち4対2と逆転したのだ
▼この日のエース松本は最速150`にこだわらず緩急自在に好投。2点差で逃げ切る勢いだったが敵は9回裏に2死、一、二塁で小酒井が適時打。1点差に詰め寄る。だが松本の右腕は落ち着いて代打をゴロで仕留め完投で初勝利したのである。いよいよ次が楽しみになってくる。

 2014年  8月  16日 ―きれいな花を付けたサギソウ―
 サギソウが咲き始めている。夏の花で、ラン科の多年草で山野の湿地に自生している。友人から譲り受けた苗を鉢植えにしている。この2年ほどは花を付けなかったが、今年は良い花を付けた。純白でとてもきれいな花である。
▼サギは、ツルを小型にしたような鳥で、世界に約60種ほどいるそうだ。日本には約15種が生息していて、樹上に巣を営み、主に魚類を補食していると言われている。夜間にはどのような樹木で休んでいるのだろうか。近くの田んぼで見かけるのはシラサギとアオサギの2種類。内陸の田んぼに飛来してきているのは小魚やカエルなどを食べているのだろうか。
▼サギには、詐欺や詐偽の字句に例えられ、偽り、真実でないことの意味に用いられることがある。物事の道理を反対にいい曲げて主張することや、白を黒と言いくるめることがあったりするので気を付けなければならない。
▼さぎ足というのは、サギの歩むように足を高く上げて歩くさまを表現しているが、それは抜き足とも言われている。田楽の道具、一本の長い棒の中ほどに横木を付けたもの、これに両足を掛けて乗り演技すること、また、その舞を言っている。高足(こうそく)や竹馬にもたとえられる。
▼サギを見るのは歓迎だが、巧妙さを増す詐欺には十分注意したい。

 2014年  8月  15日 ―戦争との距離―
 石垣りんさんの「弔詞」と題する詩にはハッとさせられる一節がある。「戦争の記憶が遠ざかるとき、戦争がまた私たちに近づく」と
▼敗戦から69年。広島と長崎の原爆忌式典で安倍総理が読み上げた原稿に、かなりの部分で昨年の表現と1字1句が同じだったことが批判されている。文案はスタッフが作ったのだろうが敗戦直後なら、原爆の残忍さが生々しくよみがえりそんな手抜きはあり得ない
▼スタッフも涙して草案を練り、総理がそれをチェックもせずに読み上げたりはしまい。むしろ文案は参考にして自分の心にたぎる思いを原稿なしで訴えてもいい。国のトップにはそのくらいの能力もほしい。戦争の風化は世間にも目立つが今回の珍事は、官邸がその見本を示したようなものだ
▼安倍さんは1954年生まれで戦争を知らない世代。くれぐれも戦争を近づけることがないよう願う。9日の長崎原爆忌式典では被爆者代表の75歳の女性が、持参した原稿にはない言葉で総理に訴える場面があった
▼集団的自衛権の行使容認に触れ「憲法を踏みにじる暴挙」と指摘。「日本が戦争をできるようになり、武力で守ろうと言うのですか」と迫った。総理を見たら黙っていられなかったのだという。たぎる思いの被爆者発言と形骸化した総理演説。その隔たりが寒々しく怖い。

 2014年  8月  14日 ―盆踊りと農作業―
 8月11日で東日本大震災津波から3年5カ月が経過した。4回目のお盆を迎えた。 そして、15日は69回目の終戦記念の日を迎える。
▼県民の中には、この二重、三重の悲運に見舞われた人たちも多いことと思う。そのほかにも戦後はキャサリン、アイオン台風といった大洪水による被害もあった。
▼福島県では、東京電力福島第一原発事故で避難生活を続けていらっしゃる人も多いのだが、震災で一時中断していた夏祭りや盆踊りが復活しているとか。年配の人たちには「相馬盆踊り」などが懐かしいことだろう。やぐらの上の太鼓や笛、鉦(かね)の演奏に合わせて、やぐらを取り巻くように老若男女の踊りの輪が会場いっぱいに広がったものだった。
▼盆踊りは、正確には秋の行事なそうだが、夏祭りに精霊を慰め、これを送る踊りと考えられてきた。お盆の13日から16日にかけて寺の境内や近くの学校の校庭がその舞台となった。仮装大会や景品付きの盆踊り、また、参加者全員に記念品を配布するなど、主催者の心配りがあった。
▼16日の最後の盆踊りを終えると、帰り道には秋風のような涼風が感じられた。夏休みも終わりに近く、秋の農作業に入ると、また台風のシーズンが待ち構えている。雷雨、慈雨、喜雨とたたえるのは作物に感謝する気持ちの表れだろう。

 2014年  8月  13日 ―盛岡大附、まず1勝を―
 このところ本県高校球児から逸材が出ている。今年も夏の大会を狙う県大会決勝で、強豪・花巻東を退け甲子園出場を射止めた盛岡大附の松本裕樹投手が注目され、プロ球団スカウト諸氏も目を光らせている
▼183a、80`の鍛えられた体格を持ち、エースとして力を発揮する。先の県大会でも149`を記録。速い直球を軸に打者を圧倒しチームを勝利に導いた。巧みに投げるだけではない。日本ハム大谷翔平(花巻東)に似て、松本も二刀流なのだ
▼打順も4番の巧打者で高校通算の本塁打は54本。県大会決勝でも初回に向かい風にも動じることなく、特大の2点本塁打を右翼スタンドに運び自ら先制。花巻東も強く4回には4対2と逆転したが、盛大附がこれを1点差に追い詰めた5回に、2点適時2塁打で再逆転し勝利を決めたのも4番松本だった
▼盛大附の夏出場は2年ぶり8度目。春の甲子園では1勝しているが夏の初戦突破はまだない。今夏は「松本頼み」の緩みも戒めチーム一丸となり「まず1勝」に挑む。台風のため2日遅れの開幕となった今大会。順延で空いた9日には大震災記録映像を全員で鑑賞。被災地岩手代表の意味を確認し合っている
▼16日の盛大附の初戦相手は優勝候補の東海大相模(神奈川)だ。恐れずに全国を驚かせる快挙を見せてほしい。

 2014年  8月  12日 ―安倍内閣の地方創生―
 政府は2015(平成27)年度の重点施策に「地方創生」を掲げて予算を組む見込みだ。その狙いは「来春の統一地方選」を控えていることと「地方の人口減少や地域の活性化策」が避けて通れない状況におかれていること。
▼政府が9月には「まち・ひと・しごと創生本部」を創設させる。安倍晋三首相を本部長に、全閣僚で構成し、担当相も新設する。民間研究機関の日本創生会議が5月に公表した試算では、2040年までに国内の約半数の市区町村が消滅の危機にあるとされたが、今ここに来て騒ぎ立てても収まるものではない。むしろ、じっくりと地方対策に力を入れるべきではないか。
▼政府が発足させる創生本部は、「20年までの具体策」と「50年後を見据えた長期ビジョン」を来年1月までにまとめる予定だという。果たして、「地方が主役となり、個性を生かせる」発想の転換ができるのか。政府は15年度予算の概算要求基準で、地方活性化や人口減対策に「最大4兆円規模」の特別枠を設けるという。一方で、被災地向けの予算で「16年度以降は白紙」との声が聞こえてきている。
▼2015年度までを集中復興期間として25兆円に上る予算を用意したが、今年度末で、復興がどこまで進むのか。東日本大震災の復興財源が底を突くようでは問題がある。

 2014年  8月  10日 ―佐渡に横たう天の川―
 「荒海や佐渡に横たふ天の川」。松尾芭蕉が新潟側からこの句を詠んだのは、元禄2(1689)年の旧暦7月4日とされる
▼3日後の七夕の夜に催した句会にもこの句を掲出したという。《彦星と織姫が出会う天の川は荒海に浮かぶ佐渡島の夜空に、人と人を結ぶ橋のような役割を担おうと横たわっている》と、そんな解釈もできる
▼ただ作句の日・4日の現地は、旅に同行した弟子の記録によると夜間は強雨
▼前後も雨が多く肝心の7日も昼も降り夜間は雨が強くなったという。さらには新潟からは天の川が島に横たわるようには見えないとの指摘もある
▼そんな事情から句は沿岸を旅した芭蕉の心象風景だろうとも言われる。佐渡には順徳天皇や日蓮など重罪を着せられた人が送られた流刑の歴史がある。芭蕉はそれら流人たちが会いたい人に会える橋として、横たわる天の川を創作したのではないかとの見方もある
▼実は先頃、親友から佐渡史跡巡りに誘われ3泊4日の旅をした。連泊したホテルのスタッフに、この時期に天の川がどう見えるか問うと一人が言う。「照明のない道で夜空を仰ぐとうわぁ、きれい!とつぶやいてしまう。白くキラキラした幅のある天の川が、島を包み見守るように横たわって見えます」と
▼人生の荒波と戦う島人に贈った句かもしれない。

 2014年  8月  9日 ―お盆の懐かしい思い出―
 ひと月遅れのお盆が近づいてくると、トウモロコシを思い出す。子どもの頃には「きび」と呼んでいた。ところによってはトウキビ、トウマメなどの呼び名があるようだが、夏の食べ物の代表であった。スイカやウリが中心のところもあったが、メロンは少々高級な感じを持っている。
▼実は「玉蜀黍」という字を知らないで育ってきたのだが、石川啄木の作品を読んでいると「玉蜀黍」という字句がよく出てくる。
▼イネ科の一年生作物で、中南米の原産とされ、世界各地で栽培され、作付面積では小麦・コメに次いで食用作物で3位である。わが国には16世紀に渡来したと言われているが、飼料作物としても重要である。北京の郊外などには一面のトウモロコシ畑があったことを思い出している。
▼戦中戦後、スーパーがなかった時代のことだが、地方の農家では畑にトウモロコシやキュウリ、ナス、枝豆などを多めに植えておいて、夏場に町へ行商して臨時収入にしていた。
▼前日に収穫した野菜を籠に入れて町に出掛けて販売し、帰りには、売り上げ代金で、お盆用の茣蓙(ござ)や ところてん用のテングサ、そして、子どもの履き物や下着類などを買うのが慣わしになっていた。お盆用として女の子には桐下駄、高校生の男の子には足駄(あしだ)を買ってもらった。

 2014年  8月  8日 ―生活の質を省みる―
 テレビ通販のジャパネットたかたは、現社長が来年1月に退任。子息に社長職を譲るという
▼この報道にキンキンとした声で商品をPRしてきた現社長の顔が浮かぶ。この人はあのPRもやめるのかなとどうでもいいことを考えていたら、当人があれは続けると言明したとの続報があった。多くの主婦たちはあのしゃべりまくるPRに弱いらしい
▼茶の間でキンキン声に抵抗を感じながらも、「安いでしょ」「これもあれも付けてこの値段。月々2千円ですよ」と言われると「うん、安い」と反応。その場で注文の電話を掛けてしまう人が多いのだという。実はわが家でもその傾向があり以前はこちらまで感化されていた
▼リビングに鎮座する大型テレビをはじめ持ち主に似合わない逸物を、幾つもあの社でそろえている。見回せば通販の商品に限らずあれもこれもと、ぜいたくな新製品に囲まれていることを知る。3・11直後の節約生活も思い起こす。少々、質素へとかじを切り直そうかと自問もする
▼「求めない」(加島祥造著・小学館)を読み、しんみりと省みた。「求めない―すると簡素な暮しになる」とあり、「求めない―するといまじゅうぶんに持っていると気づく」と指摘。「それでも案外 生きてゆけると知る」と諭す。通販のせいでなく生きる姿勢を問うている。

 2014年  8月  7日 ―東電元幹部への起訴相当議決―
 福島第一原発の事故発生は回避できなかったのか。多くの国民が抱く疑問が晴れていない。事故から3年5カ月になる。
▼あの事故に関連し業務上過失致死傷容疑などで告訴・告発された事件で、検察審査会は4人の不起訴を不当とし、東京電力の勝俣恒久・元会長ら幹部3人については、起訴相当と議決した。それは、国民の疑念から、刑事責任の追及を求める声が根強いことを象徴していると解釈してよいのか。
▼東電は08年、巨大地震を警告する文科省地震調査研究推進本部の長期評価に基づき、社内で「福島第一原発に最大15・7bの津波が来て、4号機の原子炉周辺は2・6b浸水する」という予測を立てた。それが必要な対策に結びつかなかったのはなぜか。
▼審査会は「最高経営責任者として巨大津波襲来の可能性について報告を受けていたと考えられ、安全確保を第一とする指示が必要だった」「やるべきことをやっていれば事故は回避できたのだから、対策を指示しなかったことで事故を起こし、死傷者を出した責任は問われるべきだ」という結論である。
▼東京地検の不起訴処分理由は「巨大地震を具体的に予測できたとは言えない」としたものだった。津波予報の報告に対して経営陣がどんな判断を下したのかなど、もう一度綿密な捜査が求められる。

 2014年  8月  6日 ―ガザで妊婦も犠牲に―
 1948年にユダヤ人がアラブ人居住のパレスチナに、イスラエル国を創建。以来、双方は居住地をめぐり対立。多くの犠牲者を出しながら武力衝突を繰り返し今に至っている
▼双方の少年少女計7人に密着した記録映画「プロミス」(米国・2001年)は、子どもたちの言葉によって対立の根深さと平和への願望を浮き彫りにしている。祖母の代に故郷を追われたアラブの少年は「いつの日か仕返ししたい」と言う
▼ユダヤ律法の「神がユダヤ人にパレスチナの土地を与えた」という言葉を信じるイスラエルの少年は、「アラブ人を皆殺しにすればいいんだ」と息巻く。過激ムードの中、アラブの少女は「お互いに話し合って許し合うことが大切よ」と力説する
▼双方の感情と理性の縮図を描いたのだろう。今年6月にユダヤ人少年3人が遺体で発見された事件を機に、双方はまた空爆とロケット弾による攻防を続け、多くの民間人も死傷している。パレスチナ自治区ガザでは女性や子どもも犠牲になった
▼妊娠8カ月の若い母親も死亡。テレビでは病院に運ばれた遺体を医師が帝王切開。女児が誕生する生々しい場面を伝えていた。祖母がその子に亡き母の名を付けたという。だが女児は7日後に母を追い亡くなる。戦争はこうして1組の3代の女性の幸せも奪ってしまう。

 2014年  8月  5日 ―8月が来るたびに―
 今年の夏は、灼熱(しゃくねつ)の夏といった方がぴったりの感じがする。昭和20年8月15日の「終戦の日」の暑い日を思い出している。あの日、正午にラジオから流れる玉音放送は、よく聞き取れなかったが、日本が敗戦したことは分かった。
▼上空で金属音を響かせる爆撃機が恐ろしく、防空壕に逃げ込むより道がなかった。子どもながら、日本が劣勢に追い込まれていて、どうすることもできないことは分かっていた。
▼8月6日には広島に世界初の原爆が投下された。今年の7月29日に広島原爆投下機「エノラ・ゲイ」の乗組員が93歳で死去したという。昭和20年の酷暑を思い出しながら、南方の戦地では軍備、食料、飲料水に至るまで、ないない尽くしのなかで戦わねばならなかった日本兵士のことを考え、空しいというか気の毒な気持ちになってしまう。
▼7月30日、第60回盛岡市戦没者追悼式が盛岡劇場メインホールで開催されたので列席した。国歌斉唱、盛岡市長の式辞、全員で黙とう、社会福祉協議会会長、市議会議長、遺族代表などの追悼の言葉の後、参列者全員が献花をした。ごく簡潔な戦没者追悼式ではあるが、遺族にとっては挙行されたことに意義を感じていたようだ。終戦後すでに69年の歳月を経ている。明年は70年の大きな節目を迎える。

 2014年  8月  4日 ―後期高齢制が6年経過―
 小泉元総理が長老の中曽根元総理らに次は公認しないと告げ、引退を促したのは03年の秋。世論は老害を除いたとか先輩に無礼とか騒然となる。ちまたの長老世代の高齢者たちはこの永田町の権力闘争劇には、高みの見物を楽しむ風情で傍観していたらしい
▼その高齢者たちが歯切れのいい政治指導者の冷徹さに慌て、反発するのは小泉政権下で「後期高齢者医療制度」導入の法案が、06年に強行採決された頃からだろう。それまでは世間でも長老として遇され、お年寄りとして敬愛され親しまれてきた高齢者が多かった
▼それがあたかもお引き取りを願うように、75歳という年齢で線引きをされたのだから反発は当然であろう。この呼称には確かに「あなたはきょうからは後期、その先は末期ですよ」と念を押すような冷たさがある
▼膨らむ高齢者医療費に対応する制度の事情は分かるが、呼称が事務的すぎる。制度は非難を浴びたまま08年4月に施行。既に6年が経過したが甘利大臣は先月、新名称を「熟年高齢者」で検討中と語った。悪名周知の今頃にと違和感を覚える
▼それよりほぼ定額の年金生活者が、控除減額により所得が僅差で基準を越え窓口負担1割が3割になる人がいる。こうした家計に響く事案を改善するなど、高齢者の社会保障に目配りを急ぐべきだろう。

 2014年  8月  3日 ―盛岡城跡の活用―
 南部藩志会の定期総会が7月28日、盛岡市の櫻山神社で開催され、会員40人が参加して今年度の事業計画や予算案などを審議し、原案通りに承認された。今年の総会には、南部家第46代当主の利文氏も出席され、会員と親しく懇談をされた。
▼今年度の事業は、第25回となる文化講演会の開催、第5回南部藩のルーツを訪ねる旅の開催、年2回の会報発行などのほか、開館4年目となるもりおか歴史文化館 の支援などを行っていくこととした。
▼今年は、盛岡城築城開始から417年、上の橋架橋405年に当たっている。特に節目となるものはないが、よく先々をにらんで盛岡南部の歴史遺産などを地域の観光や活性化に生かしていけるように支援していくことを誓った。
▼総会の中のフリートーキングでは、盛岡城跡整備委員会の動向が話題に出されて、南部中尉銅像台座の移転、本丸復活などの期待論が話し合われた。
▼特にも2016年岩手国体後の盛岡圏の活性化策として、盛岡城跡整備委員会の計画を盛り込んではどうかとした意見が出された。
▼美しい盛岡城跡の石垣は全国的にも価値のあるものだが、お城には「盛岡のシンボルとなるものが欲しい」といった希望者が多くいて、修学旅行生や観光面などで城跡に天守閣などの復活が望まれている。

 2014年  8月  2日 ―米軍、原爆投下の残忍―
 来夏は原爆投下70年。この節目に過日は久しぶりに広島平和記念資料館を見学してきた。何度か見た展示も新鮮に迫ってくる
▼改めて印象に残ったのは米軍が原爆投下に備え開発した、原爆似のかぼちゃ(パンプキン)型模擬爆弾だ。「パンプキン爆弾」と呼ぶこの模擬弾は、45年7月を中心に東北の福島を含む国内30都市に投下されている
▼形と重量は原爆とほぼ同じだが中身は火薬を主成分とした高性能爆薬だ。当然、投下先では多数の死者や負傷者が出た。米軍は模擬弾投下で原爆爆撃機乗員を訓練。投下後の弾道の特徴など各種データも集めている
▼展示を見ながら日本人をより多く殺し街を壊滅するため、周到に準備する米当局の血も涙もない非情さが浮かぶ。実際に模擬訓練を生かした原爆で広島、長崎は地獄と化す。直径2百b超の火球となった原爆の表面温度は、7千度に達した
▼爆心地で熱波を浴びた人々の最期は蒸発的即死と言われ、遺体も骨片すらも残らなかった。犠牲者は無念だったろう。それを免れた人たちも大やけどで息絶えていく。助かっても原爆症で長く苦しみ続ける。残忍な兵器使用の罪は重い
▼だが69年間、広島、長崎を訪れ、わびた現役米大統領は一人もいない。希望したオバマ大統領も動かない。せめて来夏には霊に頭を下げる姿を見たい。

 2014年  8月  1日 ―盛岡さんさ踊り開幕―
 今年の夏は酷暑で、夏ばての状態になっている。西日の入る窓際では室温が35度を超える暑さで、ガラス窓の反射で温度が高くなっている。
▼水田の稲は既に花を咲かせて順調に生育している。ヤマユリは峠を越して、今はオニユリやキキョウが満開になっている。真夏だが、早くもお盆が近づいていることを知らせている。ヤマユリなどの球根は、来年も良い花を咲かせるためには、晩秋にお礼肥(おれいごえ)を施しておかなければならないとうかがった。愛情がなければいい花を咲かせてくれないと言うことだろう。
▼盛岡恒例の夏祭り、第37回盛岡さんさ踊りが1日から4日まで開催される。世界一の太鼓パレードが見ものだが、4日間で延べ256団体3万4500人が乱舞するさんさ踊り大パレードも迫力満点である。各地域に伝わる伝統さんさ、ちびっこさんさ、ミスさんさ、職場や町内会ごとのさんさチームなど、それぞれに晴れ姿、真夏の熱気あふれる大パレードである。
▼さんさ踊りは「来て、観て、魅せられて、加わるさんさ」の合言葉のように、参加して踊るのが良い。今年の夏祭りの機会にさんさ踊りを覚えておきたいものだ。
▼さんさ踊りが終わると、七夕祭り、そして、お盆に備えて、昔から墓掃除をする日とされている七日日(なのかび)である。

2014年 7月の天窓へ