2015年 4月の天窓


 2015年  4月  30日 ― この国の治安レベル ―
 英国の週刊新聞エコノミストは、総合的調査を基に「世界治安の良い都市ランキング」を毎年まとめている
▼年頭発表の「15年版」では東京が安全都市として世界1位となり大阪も3位。日本の治安度の高さが裏付けられたわけだが、この国に相次ぐ怖い事例を思うとズレも感じる。通り掛かりの人が刃物で襲われたり若い女性がさらわれ、監禁されたり暴行を受け埋められ殺されたりとおぞましい事件も続く
▼東京も放射性セシウム搭載の小型無人機が、総理官邸屋上に襲来降下したまま13日間も放置されていた先頃の事件を勘案すれば、今後英紙もセキュリティー(保安・警備)レベルを大幅に減点するであろう。その意味でも日本高位に浮かれてはいられない
▼現に物騒な国と心得て暮らしている人が多い。警戒し過ぎた珍事も起きている。今月24日に滋賀県大津の幼稚園近くの歩道で桜の枝切りをしていた男性が、園児を迎えにきた保護者から刃物を持った不審者と勘違いされたのだ。通報を受けた県警は70人余の警官とヘリコプターを出動させた
▼周辺が騒然とし枝切りの手を止めた男性が警官に何かあったのかと尋ね、その容姿が通報と一致し誤解と判明したのである。このところ女児の拉致監禁などの事件も多発しているから、保護者も過敏になってしまうのだろう。

 2015年  4月  29日 ― 統一地方選後半にあたって ―
 26日投票の統一地方選後半戦が終わった。自民党は知事選があった前半戦と同じように堅調に勢力を維持することができた。2年ほど前から選挙を重ねるごとに、政府与党の自民党が復調してきているように思われる。
▼その半面、投票率の低迷と1強多弱などといった言葉が定着し、国民の政治意識は必ずしも活性化しているとは言い難い。消極的支持によって政権が継続しているだけにならないよう、貴重な一票の行使が必要だ。本県では4年前の東日本大震災津波の被害によって知事・県議選等が秋に繰り延べられ、約半年ほどずれた日程で予定される。秋には知事選と絡んで参院の補欠選挙が見込まれ、夏に満期を迎える盛岡市長選・盛岡市議選も含めて、今年は選挙の年になりそうだ。
▼26日には16年ぶりの選挙戦となった矢巾町長選は、無所属新人同士の争いとなり、町助役や県議を経た高橋昌造さんが、元副知事の宮舘寿喜さんに大差をつけ初当選された。
▼現職の川村光朗氏の後援会がスムーズに後継に一本化されなかった事情もあるようだが、盛岡市のベッドタウンで、医大移転など県内で最も活力のある町とみられている矢巾町である。選挙のあとはノーサイドで、町の発展に力を合わせてほしい。盛岡広域圏全体からも発展が期待されている。

 2015年  4月  28日 ― テロまがい無人機 ―
 米大統領官邸敷地に無人小型機ドローンが墜落したのは、今年1月のこと
▼諸国でも警戒体制が問題になり日本も直後に警察庁が対策協議に入る。だが「あすにも起こり得る」という意識は乏しく先進事例も調査し5月までにまとめる予定だった。それを見透かすように総理官邸屋上に向け無線操縦で小型機ドローンを飛ばした男がいる
▼屋上でそれが発見されたのは今月22日。機体に取り付けた容器から微量の放射性セシウムも検出された。官邸屋上はその日まで約1カ月間、誰も点検をしていないことも判明したのだから驚く。官房長官の怠慢なのだろうが、総理自身も「わが軍」出動の夢に酔いわが邸宅自衛は上の空だったのかもしれない
▼無人機飛ばしの犯行は自分がやったと警察に出頭した福井県小浜市の男は、ブログに経緯を書いている。それによると昨秋には操縦の練習を始めている。安倍政権が衆院選で圧勝した昨年12月24日夜にも、官邸を狙いドローンを飛ばそうとした
▼「21時。離陸準備」の記述もあるがこの時は効果に迷ううちに電池が切れ断念。「気が狂うほど後悔」と書く。執念で官邸屋上に降下させたのは今月9日で発見が22日。危険な小型機の13日間放置も恐ろしい
▼男の動機は反原発だというがテロまがいでは、エネルギー論を語る資格はない。

 2015年  4月  27日 ― 春の山田線に乗って ―
 宮古市で24日開催された「宮古港開港400周年記念事業」の開会式に泊まりがけで参加した。宮古駅前の周辺や末広町辺りを歩くと3・11津波から復興が順調に進んでいるように見受けられるが、夜になるとまさに工事現場に変身してしまう。
▼浄土ケ浜パークホテルで夜に開かれた交流会に出てからバスで市内に戻ったが、鍬ケ崎地区や市役所付近、そして市街地の海よりの地域は工事中のランプが至る所にともされていて、道路は幾重にも迂回(うかい)して宮古駅前に至った。まだまだ復興工事は途上に過ぎないと思った次第である。
▼翌日はJR山田線を利用して上盛岡駅まで帰った。宮古駅9時34分発の快速「リアス」に乗車すると約2時間で盛岡に至る。途中は上米内、山岸に停車しているから盛岡市内の乗客にはとても便利である。新聞とお茶を駅売店で買い求めて2両編成の気動車に乗ったが、車内は40%程度の乗車率で、ゆったりとしてとても良かった。駅の売店も必要限度のものを販売していてすっきりしている。車内では車窓から景色を眺めるのに忙しかった。
▼雪解けで閉伊川の清流が激しく流れ、山桜、ヤマブキが咲き誇り、新緑のブナやナラなどの自然木、原始林の芽が吹き出ている。まるで別世界のように山田線の旅で心を洗われた。

 2015年  4月  26日 ― 出馬続けた羽柴秀吉 ―
 きょう幕を閉じる統一地方選では前半も後半も、全国的に無投票選挙区が目立つ。なり手がないのだ。そんな折だけに昭和から平成にかけて、東京・大阪などの知事選や夕張などの市長選にも衆参院選にも出馬を続けた人物がいたことを思い出す
▼青森の旧金木町出身で中卒後に出稼ぎをして貯金。21歳で運送業を始めた苦労人だ。27歳で青森県高額納税者番付に載るほど稼いだ手腕に、周囲は目を見張ったという。その自身の生き方を重ねたのだろう。本名は三上誠三だがある時期から豊臣秀吉にあやかり「羽柴秀吉」を名乗っている
▼事業も広げ温泉会社や建築会社も傘下にし羽柴企業グループに発展させた。一時は自社ビル屋上に「青森の大ばか者で終るか 天下を取るか」などと大書したネオン看板を掲げていたが、そこに政治家志望が単純明快に示されている。選挙には羽柴秀吉名で14回出馬し全て落選
▼「超泡沫(ほうまつ)」などとやゆされたが当人は本気だったようだ。07年夕張市長選も次点だったがわずか342票の差だ。閉鎖予定市営温泉再開など政策に期待する市民も多かったという。統一選の無投票続出に秀吉の出馬ぶりが恋しくなるが、その人は今月他界した
▼奇抜さや落選のまねは不要だが、出馬の心意気などを参考に政界に挑む後進がいてもいい。

 2015年  4月  25日 ― 岩手の情報発信 ―
 NHK朝のテレビドラマは、この春から「希(まれ)」が放送されている。ストーリーがどのように進んでいくのかが楽しみであるが、能登半島の輪島などがロケ地になっているのでローカル色がよく出ている。
▼3月14日には北陸新幹線が長野−金沢間で開通したが、その石川県への関心の高まりを狙ってのものだろう。加賀百万石、金沢観光のお客さまもかなり増えているとかで、しばらくは北陸ブームが続くのではないか。
▼北限の海女をテーマにした13年度上期のNHK朝のドラマ「あまちゃん」は、三陸鉄道と合わせて人気を盛り上げ、今でもその人気が衰えていないようだ。
▼NHKでは放送開始してから来年は90年を迎えようとしているようだが、現在はラジオ番組などでローカル番組を数多く編成している。本県の歴史を伝えるような人物伝や、歴史ものなどのテレビ番組を製作して全国放送してもらえれば、観光客誘致などに生かせるのではないか。NHKの創設に関わったといわれる後藤新平、同時期に国際舞台で活躍された新渡戸稲造など、本県は著名な人材を輩出している。文学の分野でも石川啄木や宮沢賢治など、生誕130年と120年が近づいている。
▼いわて国体・スポーツ大会も来年に迫り、岩手の発信力を高めなければならない。

 2015年  4月  24日 ― 刺し子で張り切る被災女性 ―
 布地に糸で絵柄を刺しゅうする手工芸は東北各地にも伝わる
▼近世以前から一針一針の糸の縫い目が、美しい模様を描くような工夫も生まれていたという。民俗学者の柳田國男も全国の女性生活史を考察した「木綿以前の事」(岩波文庫)の中で、農家の女性が作業の休憩時にも針を動かし色の取り合わせも美しく仕上げようと「力と心を籠(こ)めていた」と書いている
▼被災地の大槌ではこの伝統手工芸を担う「刺し子」と呼ばれる女性たちが活躍している。推進母体は「大槌復興刺し子プロジェクト」事務所だ。発災直後に東京から支援にきたボランティアの人が、被災男性はがれき処理など仕事があるが女生は仮設や自宅にこもっている人が多いと気付く
▼何かやりがいのある仕事はないかと仲間と検討を重ね、「刺し子」が浮上。伝え聞いた仮設などの女性たちも目を輝かせる。刺し子各自がデザインを刺しゅうした布は、事務所が買い取って販売もしてくれる。始動は速く11年6月には女性たちが制作に着手。直後には運営体制も強化した
▼現在の刺し子は約30人(4年間累計180人)。毎週火曜と水曜が「刺し子会」の日で納品や懇談などでにぎわう。近い将来には「大槌刺し子プロジェクト」と名称から「復興」の2文字を外し、企業化を目指しているという。

 2015年  4月  23日 ― 紫波町60周年を祝う ―
 紫波町がこの4月で合併60周年を迎えた。記念式典と地元木材をフルに活用した3階建て、木造庁舎では日本一といわれる規模の新庁舎も姿を現わし、落成式が19日、町内で盛大に開催された。
▼紫波町は1955年のいわゆる「昭和の大合併」によりかつての日詰町、古館村、水分村、志和村、赤石村、彦部村、佐比内村、赤沢村、長岡村の1町8カ村が集まって誕生した。町史をたどってみると「志和」「斯波」とも言われる由緒があり、中世から栄えてきた土地柄。多くの歴史や産業遺産をかかえ、今日においても本県を象徴するがごとき田園風景が広がる。農林資源が豊かで常に発展が期待されてきた。
▼10年ほど前からは、公民連携手法によるオガールプロジェクトが始動し「PFI」などと呼ばれる先駆的な手法によって発展計画が積極的に進められている。野村胡堂や巽聖歌らの文人を輩出した風土からか、産業面では環境によく配慮している。森林資源の活用、リンゴやブドウなどのフルーツパーク、伝統の地酒蔵元、もち米、ワイン、志和牛など地場産品も豊富である。
▼1998年に紫波中央駅が開業して以来、駅前都市整備事業の推進によって、都市と農村の一体性を図りながら新たな発想で町おこしに努めている。ますますの発展を祈念する。

 2015年  4月  22日 ― 楽天もハムも応援する心情 ―
 東北楽天誕生以来、熱烈ファンの友は言う
▼楽天応援に専念すべきか。花巻東高出身の大谷翔平選手が活躍する日本ハムも援護すべきかと。楽天には盛岡中央高出身の銀次選手もいる。巧打者で「安打製造機」とまで言われる彼は、今季も19日現在で0・319と高打率を挙げている
▼友は二者択一に神経質になった時期もあったが双方支援を決めたという。同様の心情なのだろうか。「銀次、打て!」「翔平、落ち着け!」と場面ごとにまるでわが子を励ますように、声を張り上げる人もよく見掛ける
▼19日に仙台で対決したハムと楽天の試合の時に、そんな懐の深い人がたくさんいることを知った。敵地に乗り込んだハムはエース大谷が登板。開幕以来の立ち上がりの悪さがここでも露呈し、初回先頭打者に初球をぶつけるなど乱れたが、大谷は冷静に自己修正
▼直球から変化球中心に切り替え2回以降は4安打に抑え点を与えず完投。3対0で4連勝を決め今季初完封も手中にした彼を楽天ファンも喝采で祝福した。銀次はその大谷を捉え4回と6回に安打を放ち場内を沸かせている
▼東北の観衆が県ごとに集う企画で「岩手の日」の12日は楽天がオリックスと対戦。銀次は3対3の9回裏2死満塁の局面でサヨナラ安打をかっ飛ばす。彼への称賛の声も垣根を越えていた。

 2015年  4月  21日 ― 台湾との友好関係 ―
 東日本大震災津波に対する義援金は、金額では米国がトップだが、国民一人当たりでは台湾がトップになっていることを知った。
▼PHP岩手県支部の例会が先日開かれ、奥州市立後藤新平記念館の高橋力館長が「後藤新平と新渡戸稲造」について講演された。その講演の中での話であったが、今、台湾では至る所に後藤新平と新渡戸稲造の顔写真が掲出されているそうだ。
▼いわて花巻空港と台湾の台北空港との間で今春のチャーター便も運航されている。本県出身の2人の先人が戦前の台湾勤務時代に産業振興や教育文化向上などに多大な業績を残されたとして国民から尊敬されている。こうした日台の友好関係を大事にしながら、岩手はこれからも友好交流を盛んにしていきたいものである。
▼台湾の総統選が来年1月に予定されている。2008年に就任した国民党の馬英九総統が中国大陸との関係拡大を積極的に取り組んできたが、今期で交代期を迎えている。今のところ最大野党・民進党では蔡英文首席を公認する見込みとなっている。
▼蔡氏が当選すれば台湾初の女性トップになるわけだが、前回12年の総統選では敗れている。敗因は対中政策にあったとされているが、今回は経済、賃金、雇用、税制、原発などの施策で国民に問いかけていく模様である。

 2015年  4月  20日 ― 観桜遠のく福島の名所 ―
 桜前線も各地で観測史上最速の開花が相次ぎ、光春の景観を広げつつ北へ駆け抜けていく
▼桜はらんまんと咲き見る人は感嘆する。「咲き誇る」という言い方もあるが、そこには桜にも意志があるような響きがある。人を感動させたいという意志で誇らかに咲いているのだろうか
▼「きれいだなあ」という人の褒め言葉に、桜が「ありがとう」と応じているのかもしれない。ただ意志があるとすれば美しく咲かせても、誰も見ない桜たちが気の毒になる。古今和歌集に作者不詳の歌がある。「山高み人もすさめぬ桜花いたくなわびそわれ見はやさむ」と。《山の高い所で誰にも称賛されない桜さんよ、そんなにわびしそうにするなよ。私が見て褒めたたえてあげるから》という趣意になろう
▼福島では咲き誇る桜と褒める人が原発事故で、引き裂かれてきた地域が幾つもある。富岡町の「桜のトンネル」と呼ぶ観桜の名所もその一つだ。原発の近くで放射能の濃度が高く全町避難が続く。町は今春こそ花見ができるようにと懸命に除染したが、安全宣言には至らなかった
▼避難先の町民の多くは行政の努力に感謝しつつも、高濃度下の桜並木には恐怖を抱いているという。「花より命」と自問し満開の映像を見詰め涙して郷里の桜をしのんだ人もいる。原発事故の罪深さを痛感する。

 2015年  4月  19日 ― 岩手山に誓い復興 ―
 岩手山頂がワシの羽ばたく姿 になってきた。20日は二十四節気の「穀雨」に当たる。春の季節の最後の節気になり、春雨けむり田畑を潤し、種まきの好期をもたらすと言われている。
▼東北自動車道を北上して来ると矢巾あたりから盛岡市に入る頃に見る岩手山の雄姿はひときわだ。富士山よりも素晴らしいと思うこともあり、それはお国自慢かもしれないが、それにつけても、残雪のシルエットは誉れ高い。
▼先日、陸前高田市のキャピタルホテル1000で会議が開かれたので初めて同ホテルを訪れた。小高い山を切り開いて新築されたホテルのロビーからは陸前高田市内の様子が一望できた。姿を消してしまった高田松原に変わって、海沿いには防潮堤の建設や気仙川の向こうから山を切り崩して土砂を運搬するベルトコンベヤーの姿、途中までかさ上げされた土砂の山、その下を行き交うダンプカーの姿などが手に取るように見えた。
▼盛り上げた土砂の山をいずれは均等にならして台地が築かれる。高田松原の造成、道路や電気・通信・ガス・水道等の配線も高台に敷設していくことになるのだろうが、全く想像すらできない大規模な復興工事と見てきた。帰り道、宮城県気仙沼市の工事も視察したが、防潮堤の工事手法などには岩手と異なるものも見受けられた。

 2015年  4月  18日 ― 統一地方選前半で無投票続出 ―
 昨日の続きになるが選挙といえば、候補者も支える陣営もねじり鉢巻きをしたり土下座をしてお願いしたりと、激しく競い合う光景が目に浮かぶ
▼だがそれも様変わりしていくのであろうか。今月12日に投開票を実施した統一地方選前半の道府県区レベルの選挙でも、無投票に終わった選挙区が続出。現実に様変わりを露呈している。従来は選ぶ側の無気力がよく指摘されたが、今度は選ばれる側に名乗り出る人が少ないのだから深刻である
▼今月は4年前の大震災など特殊事情で日程が異なる本県など、6都県を除く41道府県が統一日程で臨んでいる。12日はその前半として知事や県議レベルを選んだわけだが、具体的には41道府県議選挙で全選挙区の3分の1が無投票に終わり、総議員定数の21・9%が無投票で当選しているのだ
▼結果的には有権者が選ぶ機会を奪われたわけだから、異常事態というほかない。選挙区定数などに問題があるのか、現議員の劣化や時代の風潮が人を遠ざけているのか。政府は事態を重く見てこれを一過性にとどめるよう、対応を急ぐべきだろう
▼後半は19日告示の市長選等と21日告示の町村長・町村会議員選が全国統一で26日投開票となる。県内でも北上市長選、矢巾町長選、軽米・西和賀・矢巾の町議会議員選は統一に合わせて実施される。

 2015年  4月  17日 ― 統一地方選の結果 ―
 わが国の地方自治は大丈夫なのだろうか。12日に投開票が行われた第18回統一地方選前半戦はあまりにも低調であった。「地方創生」が叫ばれている中での選挙であり、地域活性化の道筋を問うには絶好の機会であったはずだが、過去最低の「投票率の低さ」や「無競争」に近いほど現職当選に至ったことは、何のための選挙であったのかと疑いを持たざるを得ない。
▼巨費とも言える大変な経費を掛けての選挙であったが、10道県知事選では現職が全員当選した。政党対決では、自民党が「1強」の中央政界の勢いで地方議会でも議席を伸ばして、24年ぶりに過半数に達した。41道府県議選では総定数2284のうち、1153議席を獲得している。
▼選挙後の道府県議会での活発な議論が交わされるのだろうか。民主党は党勢低迷を脱することができなかった。共産党は議席を伸ばした。
▼対決型が良しとするものではないのだが、地方自治の先行きが危ぶまれる姿を現してはいないか。
▼こうした中、一つの光明は道府県議選で女性が最多の207人当選したこと。ただし、これだけで多彩な人材が呼び込めたとするのは早計であろう。女性が増えたことで、地方自治がプラスへ作用されるよう求められてくる。総合力で自治体を強める対策を急がねばならない。

 2015年  4月  16日 ― 「津波防災の日」の風化 ―
 「忘却とは忘れ去ることなり。忘れ得ずして忘却を誓う心の悲しさよ」
▼これは大戦末期に出会う男女の悲恋を描く昭和のラジオドラマ「君の名は」のナレーションだ。忘れることができないのに忘却を誓う悲しみを詠んでいる。このせりふに大津波で家族を亡くした知人が「天国で心配するから早く忘れなきゃ」とつぶやいた姿が重なってしまう
▼そんな深刻さとは別世界のように、大切なことをケロッと忘れてしまう人もいる。それにしても安倍総理が「津波防災の日」を忘れていたことを知った時はあ然とした。2月の衆院予算委員会で黄川田議員からその日はいつかと問われ、総理は「寡聞にして存知上げない」と答えている
▼「津波防災の日」の見聞が乏しく知らないと述べたわけだ。実際は昨年のその日は官邸で津波防災会議を開き総理は中心者として出席している。それも忘れていたことになる。「津波防災の日」は11年6月に施行した「津波対策の推進に関する法律」により「11月5日」と定められた
▼江戸後期の嘉永7年11月5日に発生した大地震の際、村のリーダーが火を付けた稲わらを目印にして住民を高台に誘導。大津波から命を守った逸話にちなみ「11月5日」にしたのだ。素早い避難が命を救う。それを確認し合う11・5が風化し総理も忘れている。

 2015年  4月  15日 ― 今年の啄木忌 ―
 国道4号渋民バイパスは12日、盛岡市玉山区渋民大前田から同区馬場川原に至る5・6`が全通した。愛称「渋民ロード」の呼び声が高い。
▼その翌13日、第104回啄木忌法要が午前10時から、玉山区渋民の曹洞宗萬年山宝徳寺で執り行われた。啄木年表によると啄木は明治19年(1886)2月20日、現在の盛岡市玉山区日戸の常光寺に生まれ、明治45年(1912)4月13日午前9時30分、東京で友人の若山牧水にみとられて亡くなった。26歳の若さであった。
▼104回忌では、僧侶による読経がなされた後、参列者全員によるご焼香が行われた。その後、献歌としてコールすずらんによる「ふるさとの山はありがたきかな」と「己が名を」の2曲の合唱、献吟として玉山吟詠会が「春まだ浅く」を祭壇の前で朗々と吟詠した。
▼法要後、国際啄木学会理事の山下多恵子氏が「啄木と宮崎郁雨」と題して講話された。山下氏は「宮崎さんは啄木を世に送り出すために生まれてきたような人だ」「この人を知らずして啄木の真実を知ることはできない」など、阿部たつを、野田宇太郎らの書評を紹介しながら、啄木と郁雨の緊密な関係を解説された。
▼参加者は昼食会と懇談で、啄木碑のことや6月6日の啄木祭のことなどを話題にしながら、啄木の遺徳をしのんだ。

 2015年  4月  14日 ― 天も恐れぬ犯行 ―
 昨今はお天道様も神仏も怖くないと言う悪党が目立つ。監視カメラが急増する由縁だ
▼今月は奈良・東大寺大仏殿などよく知られる寺社に油状の液体をまく事件が相次ぐ。台座と欄干に点状に液体が付いた国宝の大仏殿には、以前から監視カメラが設置されていて当局が分析をしている。大仏受難にカメラ頼みだから犯人は得意顔をしていよう
▼この報道に被災地大槌のさい銭泥棒を思い出す。大津波は町役場ものみ込み町長はじめ町職員計40人が犠牲になる。慰問の人が多く旧役場庁舎前に長テーブルを並べ献花台を設置し対応。花を供えるだけでなく紙幣や硬貨を置いていく弔問者もいる
▼浄財は献花台維持費に当てることにし管理を担う「献花台を見守る会」も結成。お金は寺社のさい銭箱風の受け方を考える。交流のある秋田五城目の人たちが事情を聞き、さい銭箱を寄贈してくれたのが13年7月だ
▼管理は当初順調だったが14年1月に最初の盗難に遭い箱の全額が消えてしまう。以来、旧盆送りの8月16日にさい銭泥棒に箱ごと持ち逃げされるまで盗難は5度に及ぶ。これを機に役場首脳の法的判断もありさい銭箱設置は終了し献花だけにする
▼所在不明の箱は後日、吉里吉里海岸で発見されたが浄財泥棒は姿をくらます。やがて監視カメラより怖い天の裁きがあろう。

 2015年  4月  13日 ― たたら山と石炭生産 ―
 鑪(たたら)という語句は何を意味しているのか。岩手古文書学会会員でたたら製鉄研究家の菊池正則氏によれば「鉄山」が一般的使用語とされているようだ。
▼川口月嶺の画「盛岡八景」の一つに「鑪山秋月」があり、標高390・5bの盛岡の景勝地であった。たたらとは、砂鉄・木炭原料にして鞴(ふいご)を用いて行う製鉄場を指す言葉である。この山に製鉄場が設けられたことにちなんで鑪山と呼ばれていたのであろう。
▼そのほかに、県内のたたら山には九戸郡の多々良山、下閉伊郡の多田羅山がある。岩手県が木炭生産量日本一だとするならば、木炭とたたら製鉄の関係をこれからの産業に生かす方法があろう。特に、北上山地における山林資源と鉄鉱石を原料に活用し、炭焼きを基盤にたたら製鉄の展開が考えられる。
▼盛岡市鶴ケ池畔にある時鐘は盛岡市指定有形文化財として市民に愛されている。これは延宝7年(1679)に小泉仁左衛門が鋳造したとされ、書物によれば鑪山で鋳造したように書かれている。
▼火の消えかかっている岩手木炭産業を赤々と燃やせないものかと願っている人たちがいる。日本近代製鉄の礎を築いた盛岡藩士大島高任が釜石に洋式高炉を建造し、現地で鉄鉱石を原料とする鉄の連続出銑(しゅっせん)に成功した先進県でもある。

 2015年  4月  12日 ―パラオでの両陛下 ―
 皇后さまは3年前の元日に、津波で両親と妹を亡くした宮古市の昆愛海(こんまなみ)ちゃんを詠んだ歌を発表されている
▼「『生きてるといいねママお元気ですか』文(ふみ)に項(うな)傾(かぶ)し幼な児眠る」と。4歳で被災し祖母と暮らす愛海ちゃんが、ある日ママ宛てに書いた手紙の上で寝入ってしまう。その様子が写真入りで読売新聞に載り皇后さまはそれをご覧になり詠まれたという
▼被災各地を慰問される天皇、皇后両陛下は海に向かい合掌をされたこともある。10年前には先の大戦下のサイパンで追い詰められた多くの邦人が、海中に身を投げたクリフ(崖)の現場を慰問。深く冥福を祈られている
▼先頃はお風邪気味の中を大戦惨劇の地パラオに飛び船舶で宿泊され、約1万人の日本兵が命を落とした現地の慰霊碑に献花し礼拝。犠牲者の多かった島も遥拝し霊を慰められた。敵軍だった米兵戦死者の慰霊碑にも哀悼の祈りをささげている
▼両陛下の行動から誓願のような信条を感じる。長女紀宮さま(現黒田慶樹氏夫人)が、03年にそれに触れた一文を記者会に寄せている。陛下に学び心に刻んでいるのは「『皇室は祈りでありたい』という言葉であり『心を寄せ続ける』との変わらない姿勢です」と
▼それが慈愛の行動になり国民の胸を打つのだろう。

 2015年  4月  11日 ― 花咲く春 ―
 東京の上野公園あたりでは桜の満開が過ぎているが、盛岡でも9日、気象台から観測史上最も早くソメイヨシノの開花宣言が出された。
▼開花宣言に先立ち、18日から始める予定であった盛岡さくらまつりを1週間ほど早めて10日からに変更している。盛岡城跡公園に120基のぼんぼり、高松の池に100基のぼんぼりが取り付けられている。
▼昼の時間にはおにぎりを買うために出掛ける。道すがら近所の仁王小の校庭にさまざまなサクラの木が植えられている。その木々のつぼみを確認しながらコンビニや時にはそば屋さんに向かう折、昼の運動を兼ねてわざわざ遠くの店に向かうことにしている。
▼学校や公園、近くの民家にも何かの木々や草花が植えられているので、足を止めて拝見させていただいている。今はヒュウガミズキの花が満開になっている。清楚(せいそ)で淡黄色のすがすがしい明るい花である。マンサク科の植物のようで、実にかわいらしい花である。
▼ 会社の前の小さな庭にもいろいろなツツジなどの木々を植えていたが、駐車場の拡張でツバキと桃の木を残して伐採してしまった。庭の片隅にスイセンの花が咲き始め、八重のツバキが満開になってきた。暖かくなってきたので、小さな庭に草花を植えて季節感を醸し出していきたい。

 2015年  4月  10日 ― 大学の入学式の式辞に思う ―
 この時期は大学の卒業・入学式を受け学長らの祝辞が話題になる
▼信州大入学式の山沢清人学長の言葉も波紋を呼ぶ。日経紙が昨年、大卒者就職先企業の「大学のイメージ」調査を実施。信州大が「独創性」項目で第1位となったことを報告した学長は、豊かな独創性の人になるよう新入生を諭す
▼自ら考えることに時間をかけることが大切で、スマホ依存は独創性にとって毒以外の何物でもないと過激語を用い、賛否の波を招いている。スイッチを切り本を読もうと成長を期待したのだが複雑感を残す
▼一方、東京大教養学部卒業に伴う学位伝達式で石井洋二郎学部長が打ち明けた秘話にも驚く。1964年3月の卒業式で当時の大河内一男総長が語ったとされる「太った豚よりも痩せたソクラテスになれ」の部分は実際は語られていないというのだ
▼ただ草稿にはあり総長は読み飛ばしたが、報道記者が記事にして流布したらしい。このせりふは大河内氏の創作ではなく、英国の哲学者J・S・ミルの論文からの引用だ。草稿にはそう記載してあるが報道は「大河内総長の名言」として伝えてしまう
▼原文翻訳は「満足した豚より不満足のソクラテスの方がよい」(要旨)で、せりふは意訳としても問題がある。これら学部長の指摘で今回の伝達式は歴史に名を残すことだろう。

 2015年  4月  9日 ― 入学式シーズン ―
 各地で入学式が行われている。児童・生徒さんやご家族の皆さまに心からおめでとうとお祝いを申し上げたい。
▼一方で少子化によって閉校となる学校が毎年のようにあり、川目小も今年度で長い歴史に幕を閉じることになった。宮古方面の行き帰り、国道106号の盛岡の市街地の入り口に入ると川目小の明かりが一つの目印になってほっとするものがあった。子どもたちの歓声が消えてしまうのは寂しいが、少子化の波は何ともしようがない。
▼6日には県立大、7日には岩手大の入学式が行われた。4年前の東日本大震災津波が発生した年には入学式を取りやめた学校が多く見られたのだが、今年は挙行できて何よりであった。他県からの入学生もひやっと引き締まった盛岡の空気を吸いながら学生生活の第一歩を歩まれたことであろう。
▼7日朝の通勤時に岩手大前を通ったら正門前で記念写真に収まっている学生さんが見受けられた。記念写真を撮ってから入学式会場の県民会館に向かわれたのだろうか。晴れ晴れとしてこれからの前途を祝福しているようであった。
▼戦後、県内の同学年は2万人を超えていたのだが現在は1万2千人規模になっていて、近々1万人規模を割るのではないかと予測されている。この予測を打ち破るような対策が今求められている。

 2015年  4月  8日 ― 逆境が開く進路 ―
 多感な青春期に突如、深い悲しみや苦難が襲うことがある
▼その衝撃を機にあいまいだった「将来の仕事」など今後の進路が、鮮明に浮かび上がってくることもある。石川県能登で育ち岐阜の大学に進んだ山瀬俊貴さんの場合は、大学2年19歳だった12年4月に母(44)の事故死に直面する
▼群馬の関越道で早朝、高速ツアーバスが運転手の居眠りで側壁に激突。乗客7人が亡くなる惨事が起き、お母さんも犠牲になったのである。彼は悲しみの中で遺族に献身的に寄り沿う警察官の姿に胸を打たれる。以後何度も現場に足を運ぶが許可を願うと、毎回その警察官が送迎までしてくれる
▼一緒に合掌もして「一生かけてサポートするからね」と、優しく励ましてくれたという。彼はありありと進路が浮かぶ。母が最期にいたこの群馬で被害者らの心のケアのできる警察官になると。今春、その夢が実現。彼は群馬県警採用が決まり今、警察学校で研修を受けている
▼大震災津波で多くの市民が犠牲になり、街も壊滅的被害を受けた陸前高田市の田村結(ゆい)さんは、発災直後に大学進学のため北海道へ旅立つ。惨状を背に複雑に波立つ心を抑え「新しい街造りのため絶対戻る」と決心
▼その思いで環境科学を専攻し先月卒業。帰郷して1日から市職員となり一歩を踏み出している。

 2015年  4月  7日 ― 釜石の地域振興と素材 ―
 三陸鉄道の全線再開から6日で1年を迎えた。宮古―釜石間55・4`のJR山田線は、4年前の東日本大震災津波で破壊されて以来、復旧の見通しすら立っていなかったが、三陸鉄道に経営移管することとして、ようやく3月7日、JR東日本によって復旧工事に着手された。山田線はおいおい盛岡―宮古間になるのだろう。
▼鉄路の方は方針が速やかに決まらず、復旧はなかなか進まなかったが、釜石線の終点の釜石駅構内へのJR系のホテル建設は見事な早さであった。
▼鉄路の復活を望んでいたものから見れば、時代の変化というか、鉄路よりも事業優先の時代になったということを感じる。近代的なホテルと前近代的な「SL銀河」の組み合わせで地域振興を図っていく考えだ。
▼20年前だったろうか、イギリスなどの民家宿泊を実地見学してヒントを得て、釜石線遠野駅2階の事務所を改築してフオルクローロ遠野が開業した。3月で閉店したのは残念であったが、遠野エリアを含めての沿線活性化策が望まれる。
▼釜石湾の観光船が復活するかどうかは未定のようだが、期待している。陸、海、宿の3点セット、それにラグビーワールドカップ、これに橋野鉄鉱山跡などの世界遺産登録が実現すれば国際化が進むだろう。あとは、災害復興を急ぐことではないか。

 2015年  4月  6日 ― 後絶たぬ特殊詐欺 ―
 衰える気配がない特殊詐欺の魔手が、ついに近隣のお宅にまで伸びてきた
▼先月末、独り暮らしの80代女性宅に息子を装う男から、電話が掛かってきたのである。この女性は法律事務所に長く勤務。今もかくしゃくとしていて全国紙を2紙購読。全nに目を通し政局ものから事件事故に至るまで時流を把握している
▼その電話は「あ、母さん?俺だけど」と始まり、実は会社の金を700万円も使い込んでしまい、きょうあすに戻さないと解雇されちゃうから助けてほしい、という趣旨。女性には2人の息子がいるが長男は医師で次男も会社員ではない。女性は基本データも掌握できていないお粗末詐欺と見抜き答える
▼「じゃ、お金を用意しておくから取りにいらっしゃい。警察にも来てもらうわよ」と。ガチャンと電話が切れる。関わりたくなくてだまされたふりもしなかったという。冷静対応で未遂に済んだが、慌ててだまされてしまう事例は後を絶たない
▼当方地元町内会では見守り隊が独居高齢者を訪問し事例を挙げ「大金用意の前に本人確認を」と徹底している。だがこれが意外に難しい。今月1日に北上市では70代女性が「市内居住の孫」を装う男に誘導され1千万円を手渡ししている。その後に女性が孫家族に確認し詐欺と判明する
▼この確認順序を逆にしたい。

 2015年  4月  5日 ― 冬終わり岩手に慶事を ―

 盛岡市内の桜の木の新芽が緑色になってきている。月めくりのカレンダーも既に3枚を使って4枚目に入った。八幡平のアスピーテラインの除雪が急がれていて、雪の回廊が開通する日も遠くない。
▼先ごろの休日、滝沢市の相野沢牧野を経て雫石町の網張温泉に行こうとしたが、途中のお山の湯(滝沢)に入った。周りはいまだに雪が深く、バッケの芽が雪の下で眠っていたのが、一気に暖かくなった。
▼朝、県営体育館前と岩手大学工学部前を通って出勤している。窓の外では、黒っぽく口をつぐんでいたような桜の枝に少しずつ膨らみがきている。このままいくと20日前後には満開の桜の花が見られるのではないか。
▼岩手にも明るいニュースが飛び込んできている。JR釜石駅の隣に3月29日、ホテルフォルクローロ三陸釜石がオープンした。地上7階の本格的なホテルで、1階のカフェ・レストラン、屋上には展望露天風呂があって宿泊客以外の市民も利用できる。宿泊料金も手頃のようだ。25日からは釜石線で「SL銀河」の運行が再開されるから活気がみなぎってくるのではないか。
▼夏には橋野鉄鉱山を含む産業遺産の世界遺産登録の可否が決まり、ラグビーW杯と併せて二重、三重の慶事に預かりたいものだ。沿岸もそうだが、内陸にも何か良い話がほしい。

 2015年  4月  4日 ― NHKドラマ「まれ」 ―
 今年は「地道にコツコツと」が流行語になるかもしれない
▼先日来宅した親族一家の3歳女児までが、何度も「地道にコツコツ」と叫んでいた。小6の兄や小4の姉のクラスでも流行。家の中でも飛び交うので覚えてしまったらしい。先月末に始まったNHK連続テレビ小説「まれ」は、好ダッシュをしている
▼先の「地道〜」はヒロイン津村希(まれ)の決めぜりふでもある。希役は土屋太鳳(たお)が主演。5歳時は渡邉このみ、少女期は松本来夢が演じている。ドラマでは冒頭に「希」の字には夢という意味があり、人生には大きな夢が必要だというナレーションが流れた
▼だが希は夢が嫌いな少女に育っていく。自分の夢を書いた作文を発表する授業でも「私は夢が大嫌い」「当てにならない夢は家族を不幸にするだけ」と述べ地味な公務員を志すと言う。そこにも「地道にコツコツ」のモットーが芽生えている
▼父の事業倒産で東京から追われるように石川県に移転。目下、一家のドタバタ劇が続く。希は5歳の誕生日に、父が贈ったケーキに乗っていた魔女姫の人形を今も大事にしている。人形が平穏な家庭を象徴するケーキを思い出させるからだ
▼地道コツコツ主義の希が、世界一の洋菓子職人を夢見る場面も織り込むこの物語。彼女は今、その門口に立っている。

 2015年  4月  3日 ― デジタル時代の手書き ―
 携帯電話の普及していない時代。外での待ち合わせで待ちぼうけをくった経験のある方も多いのではないか。約束の時間に現れない待ち人を連絡が付かないと諦めていいのか待ち続けていいのか判断が難しい。誰もが携帯電話やスマホを持つような今日では考えられないことだ
▼携帯「先史」時代に東京で暮らしていた頃、待ち人と連絡を取る手段に駅の伝言板があった。黒板に白墨で用件と名前、日時などを書いて伝えた。関わりがなければ気にとめないので他人の文面は記憶にないが、書く人によって筆跡に個性があっただろうと想像できる
▼伝言板のある駅の光景を呼び覚ましたのは、JR盛岡駅改札口に設置された卒業生宛ての手書きメッセージボートを伝える1日の本紙記事。女性の駅社員の発案は、わずか3日の設置期間ながら、投稿ツイッターの反響が全国に広がった
▼盛岡駅に先立ち、久慈駅には今年も3月に三陸鉄道のメッセージボードが登場。大震災という経験を経て高校を卒業する若者へお祝いの気持ちを手書きの言葉で伝えた。両駅の手書きの言葉に込められた気持ちは旅立つ人たちの心に響き、帰ってこよう、戻ってこようという思いの種がまかれたかもしれない
▼デジタルで拡散したアナログの持つ良さを日々の生活に増やしてはいかがだろうか。

 2015年  4月  2日 ― 欽ちゃんが駒澤大入学 ―
 「欽(きん)ちゃん」の愛称で大人にも子どもにも親しまれるタレントの萩本欽一さん
▼「良い子悪い子普通の子」「欽ちゃんのどこまでやるの」など、引き込まれるように見た幾多の番組を懐かしく思い起こす。ずっこけを演じ笑わせこの人が引っ張る番組は、視聴率がぐんぐん上がり「高視聴率の男」とも言われる
▼司会者としても面白く急所を突く進行で大受け。1971年から12年間続いた歌手オーディション番組「スター誕生」では、初代司会者の大役を8年半も務め上げている。79年に始まり今も続く長寿番組「全日本仮装大賞」でも名司会ぶりを発揮中だ
▼71年1月にスイス在住の喜劇王チャップリンを訪ねた逸話もある。3日連続で通うが守衛が拒否。4日目は冷遇に大声で抗議。それを上階で耳にし降りてきたチャップリンは「寒いだろう。お入りよ」と迎え入れ面談が実現。喜劇役者の心掛けを問うと「大きな声を出すといい」と助言したという
▼真面目な面会が王のユーモラスな言葉で、喜劇風に展開するのも欽ちゃんの人徳だろう。もう73歳だから面白い引退宣言でもするかと想像していたら、駒澤大学仏教学部を受験。2月に合格が発表され来週の入学式に出て学業に励むという
▼意表を突く進路だがこの人生仕上げの姿は、同世代を勇気づけるだろう。

 2015年  4月  1日 ― 地域に関心持ち地方創生 ―
 4月の卯月(うづき)を迎えた。十二支の「卯」の月、また、「ナエウエツキ」と読んで「苗植月」に転じたとも言われている。
▼厳しかった今冬を無事に乗越えて新年度を迎えた。農耕の始まりであり、官公庁や会社の新年度、学校の新学年、新入社員となられて社会人としての新生活のスタートである。夢や希望にあふれて駆け出された人も多いことと思う。
▼役所や企業にとっては新会計年度としての事業の始まりのところが多い。どのような目標や事業計画をたてて臨まれているのだろうか。未曾有の被害をもたらした東日本大震災津波から4年が経過し、沿岸被災地の復興のために引き続き最大限の努力がいる。
▼ここに来て本県は人口の急減、超高齢化といった大きな課題が表面化してきている。理想論に向かうのも大事なことだが、地に足をつけた現実的な改善も成し遂げていかねばならない。
▼今年度の最大の課題は「地方創生」に向けた取り組みではなかろうか。若者、女性、高齢者の活躍で地域の活性化に取り組むべきだろう。自分や職場のことなどいろいろな課題を抱えていても、目を開いて地域のことにも関心を持ってほしい。いつも内にばかり目を向けていると自分が小さくなりすぎてしまう。手を携えて前向きに歩む関係をつくり上げたい。
 

2015年 3月の天窓へ