2018年11月の天窓


 2018年  11月  11日  ― 雫石の深谷さんをねぎらう ―
 雫石町長の深谷政光さんが2期8年の任期を終えた。残念ながら深谷さんとお話しする機会があまりなく、ときに会合で温顔を拝見した。
▼自分がかつて担当したので、雫石町政と議会運営の難しさは存じ上げている。今も盛岡市内から見て、どうしてそうなるのか当惑する場面がある。だから昭和の末から平成の終わりまで32年間、町長4代が2期で交代を繰り返した。
▼侃々諤々(かんかんがくがく)たる町政の宿命かもしれないが、それだけ雫石の政治風土は活気がある。人口減少などで議会の存在意義すら危うくなる町村が全国に出てきた。議員や有権者が町の政権選択の意思のもと、熱心に運動する雫石はある意味すごい。
▼旧松尾村出身の深谷さんは、スキー場支配人が長く、民間から雫石の光と影をつぶさに見てきた。政争に強いタイプの政治家ではなく、和を尊ぶ姿勢で手腕を発揮されたと思う。町内の小学校統合に粘り強く合意を図る住民の姿に、深谷町政の深慮が見えた。しかし今の雫石町にはどうしても閉塞感が漂う。温泉やリゾートがさらに活気づくよう次の猿子恵久町長へバトンを。
▼スキーヤーで山に生きた深谷さんはまだ若い。そのお名前にふさわしく、故山と郷土のサミットに立った知見で、今後の盛岡広域に大局からご指導願いたい。

 2018年  11月  10日  ― 涙して「椰子の実」歌う被災の友 ―
 3・11大震災までは三陸沿岸在住だった友人は、営んでいた漁業も順調でたまに訪ねると会話も弾んだ
▼だがあの大津波は詳細は省くが彼の家族も家も奪ってしまう。62歳だった彼は漁業も辞めて首都圏に住む子息宅に身を寄せ現在に至っている。携帯電話で会話はできたが上京後はなかなか会えないでいた。ところが先日、彼の方から誘いがあり都内の喫茶店で久しぶりに懇談できた
▼だが彼がコーヒーを飲みながら「なんだか一曲歌いたくなったよ」と、真顔で言い出した時には意表を突かれた。でもふと、彼が歌いたいのは前にも聞いたことがある「名も知らぬ遠き島より」と歌い出す島崎藤村作詞の「椰子(やし)の実」だなと直感した
▼彼は茶店であることに配慮しながらも、予感通りに「椰子の実」を涙して歌う。震災により郷里の三陸を離れ、幾年月を世間の荒波に漂うように生きている彼。その感傷と感慨を思えばその選曲には、生きることへの切なさが反映している
▼その心情を察しながら改めて歌詞を読み直してみた。「故郷の岸を離れ幾年になろうか」「私も渚(なぎさ)を枕にした孤身の浮き寝の旅だ」「いったいいつの日に故郷へ帰れるだろう」と訳してみると、この歌は「彼の今」そのものと分かる
▼茶店で静かに歌う彼の涙がそれを物語っている。
  

 2018年  11月  9日  ― 岩手競馬の早期再開へ ―
 岩手競馬で再発してほしくないことが起きた。7月から数えて3頭目の出走馬の禁止薬物陽性反応。厳正な公正さが求められる競馬の信頼性が担保できない状況に、県競馬組合は今週末から3日間の開催を中止した。以降もいつから再開できるかは決まっていない
▼昨年9月のカヌースプリント選手権では、男子選手がライバルの飲み物に禁止薬物の筋肉増強剤を混入し、飲んだ選手がドーピング検査で陽性となる事件が発生した。自身の能力を高めるための摂取がドーピングの常だったが、この事件ではライバルを陥れるための手段だったことに衝撃を受けた
▼競走馬への薬物投与は注射による投入や餌への混入が、まずは考えられる。故意、無作為を問わず人為以外は考えにくい。今回は陽性馬の出た厩舎(きゅうしゃ)が馬の能力を高めるために投与した事実は出ておらず、関係者の中にはカヌーのように他者が悪意を持って起こしている疑念もあり、事件というべきなのだろう
▼開催中止は少なくとも4日となり、まだ増える可能性がある。冬競馬となれば天候による中止もあり得る。組合の収支だけでなく、レースがなければ厩舎や騎手の収入も減る。関連業者も同様。水を差すどころか、致死を招く劇薬となりかねない。一刻も早い原因特定とレース再開が望まれる。

 2018年  11月  8日  ― 滝沢市の新市長 ―
 滝沢市の新市長に元参院議員の主浜了さんが無投票当選した。お祝い申し上げたい。
▼主浜さんは自分が県政担当の頃に県広聴広報課長で、大変お世話になった。西暦2000年のY2K騒動の頃。報道陣も大みそか県庁に泊まりがけで、職員と異変に備えたものだ。だから主浜さんには親近感が湧き、政界への転身を聞いたときびっくりした。
▼民主党から参院議員に2期当選し、当時の滝沢村内で約1万4千票を得た。だから無競争といえ、現在の滝沢市民のうち1万人以上は主浜さんの名を投票用紙に書いたことあり、堅い支持者はいる。しかし現在の選挙人の数は約4万5千人。有権者の過半は主浜さんに対して白紙のまま。無投票には不戦勝なりの難しさがあり、信任を得たとしても、政治的な立脚点はまだない。
▼県職員として中期の増田県政をつぶさにご覧になってお分かりだろうが、首長と議会の関係で、「オール与党」はすぐ「オール野党」にひっくり返る。翼賛議会では本来のチェック機能を果たせない。民主主義においては体制への異論があって当然。まずは最大公約数的に住民の要求を吸い上げる市政を。市民がおおむね了とするような。
▼当選の日は原敬忌だった。滝沢市とは湖山図書館に縁あり。日本の議会政治のご本尊も、岩手山を仰いでます。

 2018年  11月  7日  ― 改めて読む「修善寺物語」 ―
 「修善寺物語」は岡本綺堂が明治時代に書いた戯曲である。表面に死相が表れる能面にまつわる物語だ
▼青春時代に初めて読んだ時には舞台となる静岡県の修善寺町(かつて存在した地名)に、いつか行ってみたいという願望を抱いたことを覚えている。以後、この町には一人旅で1度訪ねたほか、団体の伊豆半島旅行でも立ち寄っている。「修善寺町」は新歌舞伎の代表的な作品の一つとも言われている
▼友人らがそのストーリーに魅了されたせいか、会話の中で物語に触れることがある。修善寺で暮らすお面の作り手である夜叉王が将軍・源頼家の命令でその面を造るのだが、なぜなのか面の表面には死相が現われてしまうという筋書きだ
▼どうしても夜叉王は満足できる面ができない。だが頼家は夜叉王の面が気に入っていて、それに対し夜叉王が反対しても言うことを聞かないのだ。それだけではなく頼家は、気位が高く殿上人に憧れていた姉娘を召し抱えて去って行ってしまう
▼こんな不気味さを織り込んだ物語が、明治以来読み続けられていることも興味深い。この世の中には理路整然とした次元とは異なる姿・現象があるということなのだろうか。著者は文脈の中でそんなことも示唆しているのかもしれない
▼今、そんな視点も加えて改めて本書を読み直している。

 2018年  11月  6日  ― 地方政治の行方は ―
 市町村行政を担当していた頃は全国的に議員定数削減の流れにあった。人口何人なら議員何人という正解はなく、今のように人口減少が深刻に叫ばれる時代でもなかった。平成の大合併もあって、総体の自治体議員は減り今日に至る
▼盛岡広域で行われた雫石町と滝沢市の選挙。滝沢は市長選も市議補選も無投票当選となった。来夏に任期満了の補選に立候補が1人というのは分からないでもないが、現職勇退の市長選が有権者の投票なく新市長が決まるというのは、当選者が誰かに関係なく残念に思う。雫石は町長選、町議補選とも一騎打ちとなったが、町議補選は候補2人が従来からは考えられない手法を取り、投票の3分の1が無効という驚きの結果となった
▼両市町の選挙から透けてきたのは、地方選挙に出ようという意欲を持つ人が今後じり貧になってしまわないかという懸念。議員では立候補者減を計算したかのような定数削減も見られる。任期満了選挙でも立候補が定数を充足しない事態はもちろん、市町村長選に誰も立たない事態が訪れるかもしれない。あるいは泡まつ候補と呼ばれるような人物が行政の長になることもあり得る話
▼明治維新後に戦争を経て成熟させてきた民主主義の地方自治。今までの考えとやり方で住民自治は成り立っていくだろうか。

 2018年  11月  5日  ― 琴線の「ことポップ」 ―
 10月に県調理師会会長を務めた加藤綱男さんの日本調理師会会長就任祝賀会があった。「料理はおいしいだけではだめ。人を感動させるもの」という加藤さんの厨房の心が紹介されていた。
▼外食産業だけでなく流通業についても感動を売る点において、最近は「ことポップ」という販促が盛ん。盛岡市ではさわや書店が走りと思うが、店頭の値札に価格や品番だけでなく、スタッフお薦めの一言や文章を書き加える。雑貨なら「サザエさんの会話でいっぱいの鍋」とか。
▼ポップ作りの担当はどこの社でもバックアップ的に見られ、花形部門とは言いがたかったが、「ことポップ」で売り上げのフロントランナーに躍り出る店も出てきているという。
▼「IT社会にサインペンの手書きでは」と思われるかもしれない。しかし今の若い人は、スマホで絵文字情報のやりとりが大好き。肉声を介した対面販売がはやらなくなり、売り場は味気ない。そこに肉筆で視覚に訴え、顧客とのコミュニケーションを復活する営業努力が「ことポップ」に現れたのだろう。
▼「モノよりコトを売れ」と、体験や感動を商品化する動きはあったが、それが耐久消費財レベルから消耗品レベルに降りてきたということか。「ことポップ」でお客さまの琴線に触れるところ、金銭の新しい動きがある。

 2018年  11月  4日  ― 新しさが待つ19年へ ―
 親族に今年95歳になったおじいちゃんがいる。関東大震災があった大正12(1923)年の生まれだが、今もかくしゃくとしてよくおしゃべりをする
▼小学4年で迎えた正月に近所に住む若いお姉さんのような担任の先生に、「おめでとうございます」と毛筆で書いたはがきを手渡ししたという。それを自慢話の一つにしている。今なら年賀状だが当時の小4の子にそれは無縁で、ただの淡い恋心さと本人は笑う
▼ただ使ったはがきは当人が生まれた年に発生した大震災を機に発行された「震災はがき」だ。一般家庭でも復興支援の精神で大量に買い求めたという。小4の彼もその歴史を知って家にあった一枚を、憧れの先生に胸を張って届けたのだ
▼時は移り平成も終わろうとしている。日本郵便は2019年用お年玉付き年賀はがきの販売を始めた。当初発行枚数は24億21万2000枚で、記録が残る04年以降で最も少なかった18年用をさらに7・2%も下回る
▼減少に頭を痛める日本郵便は、20年東京五輪・パラリンピックのマスコットを印刷した寄付金付き年賀はがきも用意。お年玉賞品に五輪のペア観戦チケットを追加。くじの抽選も例年と同じ1月20日のほか、新たに発表される元号を記念し4月20日にも実施する
▼例年にない新しさが待っているような気配がする。

 2018年  11月  3日  ― 「文化の日」の原点 ―
 盛岡さんさ踊りも出演し達増知事が見てきた「ジャポニズム2018 響きあう魂」が開かれたパリ。青森県の五所川原立佞武多(たちねぷた)なども出演。どれもパリッ子に好評だったようだと知事も感じていた
▼フランスには文化への好奇心が高い国民性を感じる。印象派のドビュッシーの作曲へ浮世絵が影響したのは周知の事実なのをはじめ、日本の伝統文化にも関心が高い。伝統文化だけではない。日本のアニメ・まんがのファンも多い。フランスだけではなく世界各地で愛される現代日本文化となり、クール・ジャパンの象徴的ジャンルとなった
▼きょうは「文化の日」。あやかって「まんがの日」や「レコードの日」と関連団体が制定している日でもある。多様な分野を持つ文化の具体として、まんがや音楽(レコード)など作品の生まれるものは、文化として分かりやすい。半面、精神性や歴史性なども文化と言われると説明が難しくなる
▼「文化の日」は46年11月3日の日本国憲法公布を記念して国民の祝日に制定された。その趣旨は、自由と平和を愛し、文化をすすめる日とされる。表現の自由があってこその豊かな文化だが、戦前・戦中の各種統制は文化を強奪した。平和も欠かせぬ環境だ。改憲意欲の安倍首相、「文化の日」に照らしても説明してみては。  

 2018年  11月  2日  ― 中国人の本音は ―
 会社の蔵書を整理したら故・奥寺一雄社長時代の日中友好運動の記念品があった。心のこもった物ばかりで、現在の両国関係に隔世の感。
▼安倍総理が訪中して習近平主席と会談した。この前までの強面が突然ニコニコ。米中関係悪化に、あわててすり寄られたと日本の世論は冷ややかだった。
▼中国が日本に高飛車になったのは経済大国化したからとの見方がある。それは確かだが、かつて山西省からもらった書画を眺むれば、したたかで老獪(ろうかい)な政治大国であったと思う。今は軍事と金の力でもって他国を威圧してばかり。
▼日本経済の低迷と比例するように、中国の国際政治力もひどく劣化した。逆に日本は世界に対して主体的になった。「メード・イン・ジャパン」がちょう落し、「第3世界のリーダー」に幻滅が広がり、日中の政経パワーが裏返るような焦りで、互いに疑心暗鬼になったのか。
▼毎日新聞盛岡支局にいた工藤哲氏著「中国人の本音」(平凡社新書)に「正面から向き合い、じっくり耳を傾けてみれば、多くの人は日中の対立のエスカレートは本意でなく、安定した関係を維持しながら発展させたいという思いを抱いていた」。自分も日中友好で北京や上海を取材した記憶に、そうあれかしと思う。両首脳は関係改善を。パンダの談判からでも。

 2018年  11月  1日  ― 晩秋 ―
 かつて子どもの頃に老いた祖父母がよく、「月日の流れは速いなあ」と嘆くようにつぶやいていたことを思い出す
▼「あ、また同じこと言ってる」と手をたたいて言うと「いいか。覚えておけ。お前がやがてじいちゃんと同じ年になった頃に、必ず同じことを言うようになるぞ」と祖父は言い放った。今、予言的中を演じるたびに祖父の高笑いが天国から響いてくる
▼ここ数年「11月1日」になるとそのせりふを繰り返しているのだ。きょうも何度か言うだろう。でも祖父にはわびながらも、地上のこの季節のすてきな光景も伝えるようにしている。晴れれば昼は太陽が夜も月が星がひときわ輝いて見える季節の到来だ
▼今月は月齢が15・4となる23日の「勤労感謝の日」が満月となる。今年の生産と収穫を祝福し勤労をたたえ合い、国民が互いに感謝し合うこの祝日をできれば昼夜ともに、太陽も月も輝く晴天で迎えたいものだ
▼一方、冷気は日々深まり虫の声も寂しげに聞こえる。奈良時代の歌人湯原王は詠んでいる。「夕月夜 心もしのみ白露の置くこの庭にこおろぎ鳴くも」と。《月が浮かぶ夕暮れは心が打ちしおれるほど、白露が降りた庭の草木の陰でコオロギが鳴いているよ》という趣旨だろう
▼新米を食べ虫の声を聞き紅葉と冠雪の山々を仰ぎつつ晩秋を過ごしたい。

2018年10月の天窓へ