2019年4月の天窓


 2019年  4月  30日  ― 平成時代にお別れ ―
 きょうで平成が終わる。政治は混迷、経済は低迷、隣国の脅威、繰り返す天災、原発事故、どうも内憂外患の時代だった。しかし学術文化スポーツは、世界に冠たるほど開花した。
▼科学はノーベル賞ラッシュ、村上春樹にハルキスト、北野武にキタニスト、音楽、演劇、美術、漫画アニメなどあらゆるジャンルで、東西の若者が日本を夢見るようになった。スポーツもこの岩手から大谷、雄星、小林陵侑とスーパースター続々なんて、昭和の終わりには夢のまた夢だった。
▼この力は今後の世界に重要。平成不況で日本はだめだ落ち目などとぼやくうち、外はもっと状況が悪化しつつある。つい3年ほど前まで中国の世紀来たると盛んに吹聴されたが、やはりそうはさせじと米国が立ちはだかり、北朝鮮の核を含め日本が「新冷戦」の板挟みになれば大変。欧米も排外主義が台頭し、海外で県人が巻き込まれるほど宗教テロは苛烈だ。
▼「わが国まだまし」と安心してなどいられない。東日本大震災では各国が東北を助けたが、もうどこも自分のことで手いっぱい。「日本は日本でやって」となるかも。
▼来年は東京五輪。国際社会の平和と安定のため、日本の文化力に一層の期待が集まる。「HEY SAY」と世界が日本の声を求めた平成がゆく。しっかり令和につなげよう。

 2019年  4月  29日  ― 新紙幣に郷土の顔を ―
 新紙幣の肖像が渋沢栄一、津田梅子、北里柴三郎に決まった。みんな新渡戸稲造とゆかりあった人物。平成から令和初めへと、お財布にたすきを渡す。
▼当地に生まれ育てば盛岡は名だたる文学者や政治家や軍人が出た街と、それこそ耳にたこができるほど聞かされる。経済人は三菱の郷古潔や鹿島建設の鹿島精一などいるが、実業家というより工業界の先達のイメージ。盛岡人はあまり強引に商売しないし、文学や政治に比べて経済は、偉人の山並みが平坦な感がある。
▼しかしかつて同僚の荒川聡記者がまとめた「盛岡の老舗」を開けば、戊辰の苦難をくぐり日本資本主義の勃興から、昭和に兵馬の山坂越えて、戦後の高度経済成長を引っ張った地場企業がたくさんある。投機的にバブルで成長し、弾けて消えるような会社は少なかった。論語をひもとき経営を説いた渋沢精神に感化された人が多かったのか。2度、渋沢は盛岡を訪れ、名士と交わった。
▼紙幣の肖像の変遷を見ると、聖徳太子など歴史上の人物から維新の元勲に、さらに明治大正の文化人らへ顔ぶれが移ってきた。盛岡も新渡戸に続く先人が額面を飾りたい。
▼ただし賢治は銀河鉄道に銅臭はちとそぐわない。啄木では国債がもっと増えるやもしれず、やはりその名にあやかり金田一京助あたりが本命かな…。

 2019年  4月  28日  ― 棄権者の言い分 ―
 統一地方選が終わり、「平成の一票」も入れ納め。この30年は政治の混迷とともに投票率が下がり続けた時代。知り合いの棄権者に、なぜ投票に行かないのか聞いたことがある。
▼1人は「有権者になってずっと、つい行きそびれている。この歳になって投票の仕方を聞くに聞けなくて、行けない」。納得した。社会的な活動で目立つ人だが、どこか発言や行動に核心を欠いているようだった。きっと何らかの形で政治参画したことが一度もないからだ。自分に自信を持つためにも行ったら良い。
▼もう1人は「毎日忙しい。一瞬でも気を抜いたら社内外のライバルに出し抜かれる。自分の専門を究めるだけで精いっぱい。国政選挙ならテレビに出る政治家の、与野党どっち側に入れるかは判断できるから行くことはあるが、地元の政治家はテレビであまり見ないので、知事と盛岡市長の他は名前も知らない」。
▼「それでも行かなきゃ」と責めると、「わけ分からない者が鉛筆を転がすように適当に入れたら、ちゃんと判断材料持って投票する人たちの迷惑になる。だから静観して行かないだけなのに、棄権が悪いと言われると本当に頭にくる」と逆ギレ。
▼いわば「良心的投票忌避」だと。教養ある人がそれでいいのかなと思いつつ、ちょっと意表をつかれる一票の悩みだった。
  

 2019年  4月  27日  ― 悪法も法、だが悪である ―
 「悪法も法なり」の言にならえば、憲法のある国は全て国の規範で秩序を守ろうとしている。どんなに人権がないがしろにされようとも法が機能≠オていれば法治国家となる。一応は
▼ギリシャの哲学者ソクラテスが、死刑判決を受け、不当と唱える弟子たちから脱獄を求められるも、冒頭の言葉を発し刑死を受けた。彼にとって判決は不条理と考えていたはずが、死をもって法は絶対正義でないことを知らぬ人に知らしめようとしたのではなかったか
▼法は他の法律に優先される憲法に関心が向くのは当然だが、刑法や民法をはじめ種々の法律が定められている。日本でかつて施行された悪法の代表格として治安維持法が思い浮かぶ。治安を守る名前はもっともらしいが、国体を維持するため異議異論を取り締まるものだった。戦後も改正だけでなく新法も生まれ続け、国民が全てを把握するのは困難だ。民主社会だからといって信頼し切っていいものか。例えば、死刑制度の維持か廃止か、無期懲役か刑期の数字化か、あるいは婚姻は男女間だけが認められるかなど論議は出ている
▼ソクラテスが刑死した紀元前399年のきょう4月27日は哲学の日とされる。法は絶対ではないということを前提に、毎年の憲法週間ならずとも、不断に問わなければ悪に占有されかねない。
  

 2019年  4月  26日  ― スリランカの悲劇に ―
 スリランカでISが犯行声明を出したテロがあり、350人以上が亡くなった。ニュージーランドのモスクへのテロに対する報復だとしたら、これほどの理不尽はない。北上市出身の高橋光さん夫妻が死傷し、県内に大きな衝撃が広がる。
▼スリランカと言えば印象深いのは1964年東京五輪の長距離走のカルナナンダ選手の話。3週遅れの最下位ランナーが1人、最後まで走り抜いた勇姿が国民の感動を呼び、小学校の国語教科書に載った。
▼当時はセイロンの呼称だったが、のちスリランカが正式な国名に。地球儀を回すと欧州と英国、米国とキューバ、アフリカとマダガスカル、豪州とNZ、インドとスリランカ、中国と日本。大陸や大国の脇にちょこんと島国があり、日本人に親しみが湧く。
▼しかし島国だからといって世界にはびこる無差別テロを逃れられなかった。NZやスリランカの事件を見ると、わが国も決してエアポケットの安全地帯とは言い切れまい。
▼敬けんな仏教国のスリランカは、タリバンがバーミヤンの大仏を壊したときから、日本のお坊さんたちとともに強く非難してきた。以来18年もこんな蛮行の時代が続く。テロリストにはまともな理屈が全然通じない。まさに正論が踏みにじられる世界にしないため、テロには断固たる態度がいる。

 2019年  4月  25日  ― ジュール・ルナールの至言 ―
 児童虐待は現代に生まれた社会病魔でないことは、ジュール・ルナールの「にんじん」を読めば理解する。このフランス人作家の半自伝的作品と言われる児童文学では、母親ににんじんのあだ名を付けられ、何かといじめられる。ただ、にんじんは一方的にやられるだけでなく、そりの合わないのが問題。対抗するしたたかさがある
▼今日の日本においては虐待と言われるべきことが出てくるが、以前ならしつけという名で通っていたようなことも。虐待は許されぬという前提の上だが、ルナールのこの物語が、親の望む、親にとってのお利口さんである以外に大人へ成長する道があることを教えてくれるように思う。両親と子どもの家族5人がそれぞれ異なる個性を持ち、衝突もある。それが社会の縮図と気付かされる。ならば均一化された没個性の集団こそが不気味な世の中なのではないかと
▼27日から例年より長い10連休の黄金週間。学校が休みで家族と過ごす時間が多くなる。児童虐待の被害者には怖い10連休では、というのは飛躍しすぎか。深刻な事態を抱える家庭は少なくない
▼ルナールは「幸福とは、幸福を探すことである」の言葉を残す。問題のある家庭に限らず、家庭の単位よりもまず家族個々を尊重して幸福探しを始める機会としてみてはいかがだろうか。

 2019年  4月  24日  ― 平成うまれのカリスマ ―
 平成うまれのカリスマが溢(あふ)れる世の中についてけない―は人気シンガーソングライターあいみょんさんの曲「夢追いベンガル」の一節。メジャーデビュー後あっという間に人気沸騰。24歳と平成生まれで「令和」の日本音楽のカリスマ候補が作詞するところが興味深い
▼J―POP(ジェイポップ)という言葉が誕生したのは1989年、平成元年のこと。FM局のJ―WAVEが洋楽大半の放送の中で邦楽も流そうと局の独自基準で都会的でハイセンスな邦楽のくくりに局名からJを取り命名。やがてJ―POPという音楽ジャンルを指すような市民権を得た
▼それに伴い生まれたのが昭和歌謡。歌謡曲は戦前からの流行歌を引き継いだ呼称で流行歌は歌謡曲に取り込まれた。そして昭和のニューミュージックなどが今J―POPに取り込まれる
▼一般化したJ―POPは分野が肥大化しすぎて音楽ジャンルの概念を変えてしまった。J―WAVE局の使い出したイメージの統一性は失われている。平成の音楽を語るに便利なJ―POPだが、平成のヒット曲は挙げられても、平成の邦楽はJ―POPと言われても具体的に想像する音楽イメージは千差万別だろう。あいみょんさんの歌詞には平成音楽としてのJ―POPの現状に秘めた思いがあるのかと邪推する。

 2019年  4月  23日  ― ブラックホールとILC ―
 「復興より大事」の桜田発言のお粗末にあきれ、盛岡絡みの政局だったのでどうしてもそっちに気を取られていたが、同じ日に報じられた世界初のブラックホール撮影成功は大ニュースだった。奥州市の国立天文台水沢観測所の本間希樹所長ら国際プロジェクトの快挙。5500万光年はるか、想像した通りの奇怪な影が写っていた。
▼遠い昔の天文少年の頃の知識では、恒星が膨張して赤色の巨星になり、大爆発して白色わい星になる。それでも現在の太陽くらいの大きさで熱を放ち続けるが、あくまで星の余生で、死ねばブラックホールになる。
▼恐ろしい重力で光線や電波さえのみ込み、目の当たりにできないと思われていた。もし近づけば太陽系など一瞬で全て破壊し消すだろう。いわば星の怨霊だ。変な例えかもしれないが、今回のブラックホールの画像は、デジタルカメラで心霊写真撮影に科学的に成功したようなものでは。まあ、そっちの方がブラックで難しいかもしれないけど。
▼いずれノーベル賞級の成果というから、国際リニアコライダー実現にきっと追い風になる。まさに奥州市の面目躍如。ILCで北上山地に構想している最先端科学のホールは、宇宙の果てへの入り口だ。
▼SMAPの懐メロ風なら、世界に一つだけの穴、一生懸命に掘〜るといい。

 2019年  4月  22日  ― 菊池投手メジャー初勝利 ―
 今年から活躍の場をメジャーに移したマリナーズの菊池雄星投手(盛岡市出身)が現地時間20日のエンゼルス戦でメジャー初勝利を挙げた。日本での初登板から6登板目。地元も待望していた日が来た。まずはおめでとうと祝福したい
▼花巻東高の後輩大谷翔平選手所属のエンゼルス戦に先発した試合は、調子が一番悪かったように中継では感じた。5回97球で10安打を喫し4失点。2点のリードで降板したが、何とか1点差で逃げ切った。メジャーの先輩¢蜥J選手の前で納得できない投球だったろうが、調子が悪いながらもリードを守り勝利投手となったことで何とか面目を保ったというところか。両者が調子のいい状態でのメジャー初対戦を見たいものだ
▼試合後のインタビューで「内容的に苦しい展開だった」と振り返り、野手と救援陣のおかげと感謝。「首位にいるのでチームの力になりたい」と勝利へ貢献を第一とする。勝利は「うれしいが、まだまだ課題はある」。内容に納得できる勝利を念頭に置く
▼菊池投手は先月、父の雄治さんが亡くなる悲しみに見舞われた。本来なら勝ち投手になる姿を見せたかっただろうが、かなわなかった。だが悲しみを乗り越えて勝利を重ねていくことが供養になるはず。墓前への報告は今シーズン活躍した成績であってほしい。

 2019年  4月  21日  ― 子連れ狼に桜花散る ―
 漫画家のモンキー・パンチさんが亡くなったと思いきや、かつて「ルパン三世」と人気を分け合った「子連れ狼」の原作者、小池一夫さんの訃報に接した。秋田県大仙市出身なのでお隣の人。盛岡市の刀匠の山口清房さんの白刃が、シリーズの表紙を飾ったことがある。
▼今年は市原悦子さんと樹木希林さん、内田裕也さんと萩原健一さん。似たような味のライバルが相次いで世を去って行く。まさに昭和と平成が遠くなっていくごとし。
▼小池さんは花巻市も拠点に創作する、さいとう・たかをさん門下にデビュー。1970年代に「子連れ狼」が大ヒットし、萬屋錦之介主演の時代劇にもなった。80年代に英訳されると米国で熱狂的に受けまくり、ハリウッドに大きなインパクトを与え、日本漫画の世界進出の先陣を切った。
▼江戸を追われた元公儀介錯人、拝一刀が子の大五郎とさすらい、諸藩のいさかいに巻き込まれ、刺客となる筋が多い。「殿を諫めるため奉行の拙者が切腹するから、代わりに悪家老を斬ってくだされ」とか。架空の名前の小藩が出てくると、「おらが国の昔だべが」と思わせる節が、広く読者を引き寄せたのだろう。
▼父子の流浪の背景に風雪をよく用いるシーンは、東北人ならでは。ペン一本で勝負した士魂で、ふるさとの桜花見ながら逝ったのか。

 2019年  4月  20日  ― ルパン3世の賛否 ―
 「ルパン三世」作者のモンキー・パンチさんが亡くなった。今でこそ名作だが、テレビで盛んに放映された1970年代後半に、暴力的でお色気過ぎると岩手県内で教育系団体による反対運動が起きた。
▼通っていた中学のみんなが騒ぎ出した。しかし自分はちっとも理解できなかった。確かにルパンはたまに見れば面白いが、放映できなくなったからって泣くほどのことか。アニメは好きでなかったのだ。
▼小中学生のときはプラモデルの「ウォーターライン」に熱中していて、ドイツの戦艦「ビスマルク」を作る難しさに比べたら、ルパンなんて怪盗一味の話が何だい。しかし同世代のアニメ熱は過熱する一方だった。
▼高校でもっと驚いた。「ガンダム」を見たい余り、わざと手をけがして医務室に行き、「早退しろって」と言い訳して帰る同級生が現れた。そこまでするのはおかしい。もう自分はロックだの何だのに関心が移り見る気にならなかったが、80年代は日本アニメが大きく開花し、やがて世界を席巻する。ガンダムさえ今年40周年だ。
▼プラモの船は今「艦これ」に。アニメ界では「君の名は。」の製作など、盛岡出身者が活躍する。ルパンも代表作にしアニメは、平成を象徴する文化に語られるだろう。かつて反対した団体も、今ならルパンに賛成かな。  

 2019年  4月  19日  ― 矢巾町の高橋町政2期目へ ―
 矢巾町長選で現職の高橋昌造さんが無投票で信任された。1期目の手腕が評価され、続投を望む民意の表れだろう。それを十分に体して2期目に臨んでもらいたい。
▼ただ統一地方選で気になるのは全国各地の首長議員選の無投票。政治そのものを忌避し、趣味に没頭するたぐいの人が増えるのは都市化の必然で、先進国に相通じるが、投票率低下と並び各種選挙の無風化も深刻になってきた。統計を取ってみたら、落選者が次また挑戦する「再起率」も下がっているのでは。
▼帰属する国家や社会をより良くしようと政策を実現するには、反対派があってもそれを上回る賛成派を集め、物事を進める。これが政治の本質だ。4大文明の昔から現代まで、封建の世から議会制民主主義へ、思想や制度が進歩しても変わることはない。
▼そうした政治の営みを人々が放棄するようになったら文明の危機である。全国の首長さん方は、協調したり対立したりする存在になるかもしれないが、地方政治家が育つよう人づくりをしてほしい。
▼矢巾町議選の方は少数激戦で、秀でた人材により盛んな論戦だ。有権者は町の将来に大事な一票を必ず行使してください。高橋さんにはその名の通り、立派な郷土の肖像を描くよう、盛岡広域圏においてしっかり町の舵取りを願います。

 2019年  4月  18日  ― 子育て世代の10連休の悩み ―
 オリックスグループの第3回働くパパママ川柳で「10連休 預け先無し 金も無し」が大賞に選ばれた。改元に伴う今年ならではの旬の話題を盛り込んだ作品だ
▼あと10日ほどで10連休が始まる。仕事や学校が丸々お休みになる国民には、すでに計画を立てて待ち遠しいことだろう。改元という節目と私的な楽しみの重奏で、高揚感も次第に高まってくるか
▼半面、自明なのは行楽・レジャーを支える仕事があること。今回の10連休に限らず、暦の休日とは無関係に仕事している人がいて社会経済が回っている。公共交通機関、商業などサービス業などが代表例。学校の部活動も練習だけでなく、大会や試合が組まれる。また医療などもしかり
▼休日が増えたため事業所は人のやりくりを一層悩んでいるに違いない。24時間営業のコンビニも大変さが増していることだろう。前述川柳の大賞からは、川柳と笑えない切実さが浮かび上がってくる。幼児を育てている家庭は、連休中の出勤日に希望通り、わが子の保育を頼めるのか、あるいは優先して休日とできる職場の支え合い態勢ができるのか。まだ見通したたない家庭があるかもしれない
▼国は休みを増やせば国民が喜ぶと考えただけではあるまい。当然、就労課題も承知で決めたのだろう。10連休過労死などの起きぬよう。

 2019年  4月  17日  ― 89歳穐吉敏子の終わらない旅 ―
 ジャズ・ピアニスト穐吉敏子さんが体調を崩して緊急入院し、途中でキャンセルになった昨年の日本ツアー。できなかった5都市を回るツアーが今年組まれ10日には盛岡市民文化ホールでコンサートがあった。89歳の現役レジェンド。正味90分ほどをソロで演奏し快復した体調を喜ばしく思った
▼昨年4月17日、米寿記念の88歳88鍵ソロコンサートが同じ会場で組まれていた。開演時間に舞台へ現れたのは開運橋のジョニー店主の照井顕さん。来場者に事情を説明し、何人かが急きょ演奏し幕を引いた
▼一年越しで同じ会場、客席に着き、元気な穐吉さんが出てくることを祈る思いで待っていると黒いドレスの穐吉さんが登場。演奏が始まるや、直前まで心配していたことも忘れピアノ演奏に聴き入った
▼ステージは2部構成で第1部は穐吉さん自作の代名詞「ロング・イエロー・ロード」、最も感化されたバド・パウエルの曲や渋いスタンダードと、長い演奏家生活を短時間でたどるような構成。第2部は穐吉さんいわく懐メロプログラムで「A列車で行こう」「浮気はやめた」「ポルカ・ドッツ・アンド・ビームス」など、スタンダード中心に違う曲想を次々と弾いた
▼ピアノには最大108鍵の仕様もある。終わりなき旅―88鍵を超えた先もロング・ロードを進んでほしい。

 2019年  4月  16日  ― かたずを飲んでかたづの ―
 直木賞作家の中島京子さん原作で、漫画家の里中満智子さん描く「かたづの!」(集英社)が出版された。
▼南部藩の草創期に八戸から遠野に国替えした女領主の清心尼が主人公。八戸市内の書店ではすごい売れ行きだそう。盛岡市内の書店でも平積みになっている。
▼清心尼については本紙も盛岡市の作家の松田十刻氏の作品を連載し、単行本化した。「かたづの!」と松田作品の違いは、憎まれ役の南部利直の描き方。前者は利直を魔物に描き、権勢を満たすためなら身内を刃に掛け、平気で毒を盛る。
▼松田作品の利直は、清心尼一党と骨肉の争いを繰り広げつつ、陰では「自慢のめいじゃ」と高く買っている。清心尼の知略と胆力に南部の血筋を見てとり、あえて鬼となって女領主ながらの試練を与え、遠野に藩の太い支柱を立てようとした。やがて清心尼も利直が傑出した藩主であることに気付く。両作品を読み比べると面白いが、ここに少女漫画の巨匠である里中さんの絵も加われば、とても想像力が膨らむ。
▼2027年には清心尼の一族郎党が八戸から遠野に移って400年になる。前も書いたが、そのとき八戸、盛岡、紫波、遠野の4市町で何かできるよう、そろそろ構想してみたい。里中漫画はその助けになる。コマ運びにかたずを飲んで読み切れます。

 2019年  4月  14日  ― 改元知らぬ石川啄木 ―
 盛岡市渋民の宝徳寺できのう第108回啄木忌が営まれ、天才歌人がしのばれた
▼啄木は明治45年4月13日に亡くなった。この年7月30日、元号が大正になる。26歳で早世した啄木は明治のみに生き、改元の立ち会いはかなわなかった。大正デモクラシー、大正ロマンと語られる時代に啄木が創作していたならと思わずにいられない。何より貧しさや病に見舞われていた啄木に新しい時代の空気を吸ってほしかった
▼「かの旅の汽車の車掌がゆくりなくも我が中学の友なりしかな」。渋民駅に「啄木のふるさと」の副駅名が導入され、命日に駅で記念セレモニーが行われた。2月に啄木が縁で東京都文京区と提携した友好都市の記念事業の一環で、背景には渋民地区自治会連絡協議会の要望があった
▼渋民駅は1950年開業。啄木が帰郷や旅立ちで利用したのは好摩駅で、ゆかりを残す。「霧ふかき好摩の原の停車場の朝の虫こそすずろなりけれ」と詠んでいる。県外の啄木ファンには好摩ではなく故郷としての渋民(村)にこそ、なじみ深いので、渋民駅の副駅名に落ち着いたのか。だが、好摩駅の知名度も上がり両駅間の車窓の風景を見てもらいたい
▼松任谷由実さんの曲「緑の地に舞い降りて」には空港のある花巻ではなく盛岡が出てくる。令和の啄木が両得になれば良い。

 2019年  4月  13日  ― ご当地時代≠フ先取り ―
ズーズー弁で語られる医事漫談を少年のころ面白おかしく見た。白衣のケーシー高峰さんのお色気ある漫談は、どこか乾いてあっけらかんとしていた。今なら倫理コードからテレビで見られない芸か
▼平成に入って地方の時代が唱えられ、ご当地グルメをはじめ地方色を売りとする戦略が当たり前になった。テレビのバラエティー番組も地方にスポットを当てる企画が人気あるようだ。だが、昭和50年代ごろまでは、地方に劣等感が根強かったのも事実。東北地方もかなり強いと感じながら東北で育った
▼東北人が寡黙で口数が少ないと言われたのは、上京した東北出身者がお国なまりを恥ずかしいと思い込まされていた≠ケいではなかったか。大阪弁のインパクトが大きい漫才や漫談の世界で、山形弁もろ出しの漫談は異彩を放っていたと今にして思う。人気の半面で残念だったのは、ズーズー弁イコール東北弁の認識が全国に広まったこと。方言はもっと地域が細分化されて使われ、雑な分類になるが山形弁や津軽弁、福島弁などは盛岡の人にとって別物の方言。逆もまた真なり
▼メディアにはお国なまりで語るタレントが多数出ている。その多様性が自然になった現況は社会の成熟といえようか。ケーシーさんはご当地℃梠繧先取った。惜別にグラッチェと送りたい。

 2019年  4月  12日  ― 桜田五輪大臣の変 ―
 桜田義孝五輪大臣が盛岡市地元の衆院議員の高橋比奈子さんを、「復興より大事」とパーティーの席で持ち上げ、大失言で辞任した。どんな人か調べると、千葉8区選出で柏市出身69歳。明治大夜間部卒、若くして建設会社を起こし、千葉県議から衆院7期。
▼たたき上げで、世襲議員が多い自民党の中じゃ苦労人だ。建設業の安全対策などに功労があり、東日本大震災では千葉県も被災したので、復興軽視は本心でないかもしれないが、政治家としての資質がひどすぎ。失言迷言のオンパレードで、世界の祭典の担当相は最も不適任だった。
▼こんなことでは国際的信頼も失われる。何だか最初からボタンの掛け違い、準備にぎくしゃくしている東京五輪だから、安全にそつなくやれる人でなければ。内閣改造時の下馬評を見ると、やはり総裁選にまつわる派閥人事だったようだ。
▼大臣ポストには前任の鈴木俊一さんが返り咲いた。父の善幸さんは前回1964年大会の際に官房長官だったので、親子2代の信念で成功させてほしい。
▼忖度(そんたく)の塚田発言から、口の軽い人が多く舌禍による政変が起こりかねないと思っていたら、やはり今回「桜田の変」となった。失言のたび言い直す件で、名残雪の東京に散らざるをえなかった。安倍総理の任命責任は重い。

 2019年  4月  11日  ― 移動販売の時代来たる ―
 今年は「男はつらいよ」の第1作から50周年にあたり、山田洋次監督が新作を公開する。どんな映像で渥美清に再会できるか楽しみだが、心配なのは今の若い人、寅さんのなりわいを見てもピンとこないのでは。昔ながらの露天商をあまり見かけなくなった。
▼JA新いわてが車両型の金融窓口を導入し、雫石町のまちさぽ雫石がJTの助成でオーダー制の移動販売を始める。一関市では移動型の投票所を運用する。
▼通販経済の浸食により、お店は大小問わず厳しい状況に置かれている。これからは消費者が車で出向くより、店が車で顧客のところに行く業態が伸びるのではないか。やはり衣料は見て選びたい、医薬品は相談して買いたいだろう。県内には書店がない町村が多い。移動販売に需要のある品目はたくさんありそうだ。
▼行商のトラックがコンボイを組み、整備された三陸道や地域高規格道を通じて山間や漁村を回れば便利。高齢化社会でもう自動車に乗れない、公共交通が不便で困るお年寄りは増加する。移動販売の車両が集まり、空き地に定期的に市が立つようになれば人口減少に歯止めがかかる。
▼コンビニや全国チェーンの看板のように、ブランド化して展開したら。その名も「風店のトラック」。車寅次郎の顔の絵柄を商標に、あの節回しをCMに。

 2019年  4月  10日  ― 天皇皇后両陛下のご結婚60年 ―
 60年前、皇太子明仁親王と正田美智子さまがご成婚なされた。今上天皇と皇后さまはきょうダイヤモンド婚の記念日となられる。敗戦で天皇が象徴となり、戦中と異なる皇室のあるべき姿の実現に努められる中、民間の美智子さまを皇室にお迎えし、開かれた皇室の将来が文字通り大きく開けたというべき出来事だった
▼昭和天皇は在位の途中で象徴天皇となる難しさを経験なされたが、完結の答えなどない中で天皇を継承された陛下は、象徴としてのありようを絶えず自問され公務に当たられてきたと思われる。それはお一人だけでなく、皇后さまとの共同作業だったと理解する。お二人はご公務で国民にお姿を見せられるときの車の乗り降りなど、ふとした瞬間に自然に手を貸されるなどの関係は、多くの国民の尊敬につながった
▼ご夫妻は子育てにおいても伝統を尊重する一方で新たな価値観を注ぎ込んだ。5月1日に即位される皇太子殿下、秋篠宮さまにはご夫妻の影響がうかがわれる。国民の抱く親しみは平成になって両陛下をはじめ皇室の肉声が多くはメディアを通じてではあるが、国民に伝わる機会が増えたこともあろう
▼両陛下の歩んできた象徴天皇のお姿を多くの国民が受け入れている。皇太子ご夫妻はどのような象徴天皇をと考えられているのだろうか。

 2019年  4月  9日  ― 舌禍の身体検査を ―
 自民党の塚田一郎参院議員が、道路事業の安倍・麻生への忖度(そんたく)発言で国土交通副大臣を更迭された。
▼話の録音をテレビで聞けば明らかに、ウケ狙いのイントネーションだ。同世代なので分かる。忖度をまるで流行語に使ってみせたのか。「東日本大震災で東北自動車道は健全に動いた」とか、とんちんかんなことばかり口にする桜田五輪大臣にしろ、政権の舌禍が絶えない。
▼塚田議員が取り上げた下関北九州道路は関門地域の悲願だった。安倍・麻生の地元でなくとも、西日本豪雨に改めて必要が叫ばれたそう。福岡県知事選候補の足も引っ張ったろう。野党は安倍総理の任命責任を問い、統一地方選に影響が出た。
▼閣僚選びには金銭や私生活のスキャンダルの他、国語力やボキャブラリーの品位も、いわゆる身体検査がいる。桜田大臣など、堅実にやっていた鈴木俊一代議士の後釜があれでは。東京五輪は来年に差し迫り、これぞ適材適所でそつない人を当てねばならない。党内力学でばかりポストを回すとこうなる。
▼塚田発言に戻れば、会場のムードでどうしてもウケたいと思ったなら、どっちみちつまんない冗談だが、「玄界灘の限界を超えたい」くらいでよかったのに。まあ、そんたなくだらないこと無理にしゃべらなくてもよがんすよ。

 2019年  4月  8日  ― 残り少ない平成の日々 ―
 3月31日にはSNSで「きょうが平成最後」の誤解が飛び交った。新元号の発表が改元の1カ月前というのが、不慣れなゆえに起きたのだろう。大昔なら天皇の代替わりでなくとも改元はあったが、近代からの日本は大正、昭和、平成へ天皇の崩御と即位によって改元され、勘違いの挟まれる状況にはなかった。生前退位は近代日本が初めて体験する
▼平成への改元しか経験していないが、崩御という哀悼と自粛を伴う現実を経た平成の始まりの雰囲気とは、今回まったく違う。退位に寂寥(せきりょう)の感は否めなくとも、長きにわたって皇后さまと象徴天皇をつとめられてきた陛下への感謝と退位後に平穏な生活を送られるようにとのねぎらいの思いも国民の中にあるだろう。それらが新天皇即位と合わさり慶祝ムードを広げているのではないか
▼発表直後から巷間(こうかん)では「令和」の文字に多く遭遇するようになった。令和が新しい時代として、未来への期待感を伴い書かれ、語られる
▼一方、「平成」は改元への高揚感もあって平静さが失われたわけでもなかろうが、話題になる頻度が下がった。とはいえ、本当の平成最後の日がさらに近付くにつれ、頻度が上がってくるだろう。平成最後の冠もまた。1カ月を切った平成との残された日々をかみしめたい。

 2019年  4月  7日  ― 氷の首相の迷走 ―
 盛岡舞台の名作「馬」監督の山本嘉次郎は、戦意高揚に「ハワイ・マレー沖海戦」を撮った。太平洋で開戦3日後のマレー沖に、英国が不沈を誇る戦艦「プリンス・オブ・ウェールズ」が日本の海軍機に沈められるとき、乗組員たちは「ドイツの飛行機にやられた」と言い張った。
▼あり得ぬ脅威を信じ込む集団心理のなせるわざとして、例に出される。英国が日本ごときに負けたとは到底、認められるものではなかった。しかし艦隊率いるトーマス・フィリップス提督は、事態を正確に見抜いていた。
▼傾く艦上に「よく戦いたり」と傷ついた将兵をねぎらい、「日本機は性能、技量、闘志すべて恐るべし。帰ったら負けるな。敗軍の将として自分は艦に残る」。ジョン・ブルのリーダーかくあるべし。
▼戦にあらず死ぬことはないが、英国のメイ首相。EU離脱の混迷は、わが国毎度の決められぬ政治よりひどい。合意なき離脱で大混乱に陥っても日本への影響は限定的だろう。心配なのは英国の転落を先途に、「さて先進7カ国のたそがれ」と、よからぬ勢力が民主主義と自由経済の世界を切り崩しにかかること。
▼離脱が間違いと悟ったなら、国民にUKの進路が本当にそれでいいか、自分の破滅賭けでも問い直すべしと思うが、つるつる滑り「氷の首相」は迷走するばかりだ。

 2019年  4月  6日  ― 国土交通副大臣の忖度発言 ―
 森友・加計≠フ再燃かと思いきや、新元号発表当日に塚田一郎国土交通副大臣の口から出た「忖度(そんたく)」だった。福岡県知事選の集会で、下関北九州道路の事業化調査に安倍首相と麻生副総理の地元であり「国直轄調査に引き上げた。私が忖度した」と耳を疑う発言をし問題となり、辞任した
▼国民的騒動となった忖度を持ち出し利益誘導を疑われかねない発言をしてしまうのは、物忘れがひどいのか政治家の自覚の欠如か。巨額の公共事業を所管する国交省なら誤解や疑義を招かぬよう人一倍、留意しなければならぬはずが、まるで権力の誇示に映る
▼巨費の公共事業では、かつて特に地方で国会議員の名を冠した○○道路などと別称を付けられることが多々あった。田中角栄元首相も批判の的となったが、高速道路や整備新幹線でもルートや停車駅の決定などには有力議員の名前がもっともらしく上がった。贈収賄という犯罪は論外だが、地方の声を聞き地方に事業をもたらす政治家は地元民にとり頼もしい存在だった
▼統一地方選の最中だが夏には参院選がある。岩手も夏から秋に知事選など選挙が集中する。時に現職候補は「○○を実現しました」と自身の実績や功績との訴えもするが「○○が実現しました」と一歩引く方が、疑義を持たれぬ当世かもしれない。

 2019年  4月  5日  ― 皇太子殿下のシュプール ―
 お上にあまりに畏れ多く決してだじゃれなどではないのだが、皇太子殿下が5月に即位し、令和の天皇陛下になられれば、「いわて」の3文字をたてまつる。皇太子妃雅子さまは皇后陛下となられ、曽祖父の山屋他人の出身地として盛岡、岩手は皇室とのゆかりが一層深まるだろう。
▼皇太子殿下の取材で大変などじを踏んだことがある。平成初め頃に雫石のスキー場で滑られ、宮内庁記者団とともに写真を撮った。当時フィルムの一眼レフオートフォーカスが出たばかり。初期の機種で耐水性が低かったのか、雪中に落としたら濡れて故障した。
▼真っ青になり、慌ててホテルの売店に走り「写ルンです」を買って撮影した。宮内庁付きの皆さんには、「殿下をそれで取材するの」と言われたが、「雪に滑ってう、つるんです」なんて笑ってごまかした。現像プリントすると白銀の露光に助けられたのか、壊れた愛機で写すよりきれいに撮れていた。
▼皇室には、われわれにあずかり知れぬ大変な苦労がおありになる。昭和天皇が終戦後、九州の雲仙に登られた。「あれが阿蘇でございます」との侍従長の説明に、「あ、そう」と答えられ、人間天皇のユーモアとして国民に広まった。
▼皇太子殿下にも令和の御代になって、ご夫妻でまた雪の岩手山をご覧になっていただきたい。

 2019年  4月  4日  ― 謎だらけの縄文時代 ―
 岡本太郎なら縄文式土器との初対面に「なんだこれは」と驚嘆の声を上げただろう。岡本の現代アートには縄文の魂ではないかと思わせる作品が多い。巨匠を揺さぶったのが縄文人の造形に対する無比の執着ではなかったか。元号どころか文字誕生以前の縄文メッセージを岡本は受信したと思わずにいられない
▼ところが、弥生式土器は一転、表面の表情も造形も大人しくなり機能性が優先された印象が強い。岡本の心は揺さぶられた様子はない
▼映画「縄文にハマる人々」には岡本ほど有名ではなくても、縄文文化に取りつかれた人々が多数出演する。それぞれの視点で執着心と好奇心を持ち、謎だらけの縄文や縄文人、土器や土偶、遺跡に近付こうとしている。では、弥生時代へはどうか。専門分野とする研究者や学者はいても、縄文のように素人を熱中させるような訴求力は持ち合わせていないのが現状だ
▼映画に出てくる人を見て気が付いたのは、縄文への関心や解釈が極論すれば十人十色なこと。特に縄文の種々への解釈が自由で、専門家でなくても許されるのが人を引きつける要因の一つ。謎だらけなことが発想を豊かにする。一つの正解を求めるのとは違う学びも人間の根源的な探究意欲。子どもの発想力や創造性を伸ばすには縄文に触れさせるのが一案かもしれぬ。

 2019年  4月  3日  ― 令和の岩手 ―
 「令和」は県民にとって良い元号だ。「れいわ」「いわて」とつながる。明治、大正、昭和、平成より本県に郷土色のある名前ではないか。
▼東洋思想的な配慮があったなら周到だ。元号に初めて中国の古典でなく、万葉集を出典に求めた。今は日中関係が微妙なので中国側は、聖徳太子と煬帝の「日出る処の天子」式に、いわゆる「華夷秩序」における歴史の挑戦と受け取るおそれがある。
▼そこをきちんとたしなめるため、梅の花を持ちだしたなら、なかなかの深慮である。梅は中華の花だから、「漢字と儒教のルーツは忘れていませんよ」と、和魂(にぎたま)のメッセージが伝わり暗黙のうちに向こうも了解するだろう。台湾の国花でもあり、きっと香港とシンガポールの人も一緒。新元号に紅梅が香れば、漢民族は日本に親しみを持ち直してくれるかもしれない。
▼中国や北朝鮮や韓国の話になると普段むちゃくちゃばかり書くくせにと言われそうだが、やはりこういうときは同文同種のよしみ、漢字文化の母国にそっと礼は尽くしておいた方が良い。そこを習近平さんあたりもうまく分かってもらいたい。
▼せっかくだから、上海と台湾から定期便が来るようになった花巻空港に梅と桜の木を植えよう。観光シーズンに続けてほころび、令和に岩手のもてなしが咲く。

 2019年  4月  2日  ― 新しい元号は「令和」に ―
 5月1日の改元を前に新元号が「令和」と1日発表された。645年の「大化」から数え、公式には248番目の元号になるという。安倍首相は発表直後の記者会見で「人々が美しく心を寄せ合う中で文化が生まれ育つという意味が込められている」と説いた
▼出典は現存するわが国最古の歌集「万葉集」の梅の花、32首の序文にある「初春の令月にして、木淑(きよ)く風和らぎ…」という。漢籍ではなく国書からの由来は初めて。東アジア圏特有の元号は発祥の中国でも採用されなくなった。そんな現在の事情も考えれば国書由来もさもありなんか
▼奈良時代末期に編集された「万葉集」は漢字表記されている。だが、和歌には大和言葉のリズムが重要になり、漢字の意味を離れ音訓を借りて表記する工夫がなされた。この1文字1音節の表音式の使い方が万葉仮名と呼ばれる。渡来した漢字を日本に適合させ、片仮名や平仮名という固有の文字をやがて編み出していった
▼仮に邪馬台国の頃からの日本の歴史の長さから見れば、万葉仮名の使用はわずかな時間。どの元号も歴史の歳月から言えば短いのだろうが、一人間の寿命に照らせば短くはない。安倍首相は会見で「希望に満ちた新しい時代」を国民と切り開く決意を示した。一元号に限らず、希望に満ちた生涯でありたい。

 2019年  4月  1日  ― 元号のイフ ―
 大正から昭和に改元する間際「光文」という元号案が新聞に報じられた。大御心(おおみこころ)に対していわゆる新聞辞令は不敬なりと政府が怒り、急きょ昭和に差し替えた、完全な誤報とか諸説ある。
▼もし光文が採用されていたら。「光文ひとけた」と呼ばれる一世代を形作ったろうか。東北農村の窮乏に憤った青年将校は「光文維新」を叫び雪をテロの血に染めたか。光文20年8月15日正午のラジオは。庶民は東京五輪や大阪万博に「光文元禄」を謳歌したのか。盛岡バスセンターは「光文レトロ」の名所として惜しまれ…
▼想像はつきないが、元号は時代精神に深く刻まれる。明治は明朗はつらつ、大正は大らかに、昭和は太陽に召される字形の通り、民族の生滅を乗り越え日本が発展する時代だった。
▼平成を端的に言えば、伸び悩んだが何とか平和が成った時代として記憶されるのでは。隣国には脅かされても、諸国を巻き込む戦が起きず良かった。政治経済はひどく混迷したが、学術文化で堂々たる大国となったのは、国民の努力もさりながら、今上陛下のご仁徳に感謝せねばなるまい。
▼新元号はきょう発表される。どんな時代になるのか、誰もがまさに平静ではいられないだろう。平成の平和はしっかり引き継がれるよう、吉祥に満ちた2文字となるよう願う。

2019年3月の天窓へ