2024年
4月15日(月)

全文を読む

がれきの中にあったギター弾く 「あの日」忘れないため 山田町の佐々木健児さん 縁に感謝し日々大切に

2024-03-09

ギターとの出合いを縁に、音楽活動を再開した佐々木健児さん

 「そんな無駄なことやめたら?」―。東日本大震災発災の翌日から、佐々木健児さん(50)=山田町在住=は、勤務するカーショップ「ロータス倉本」のがれき撤去作業に奮闘した。諦めの言葉を投げ掛ける人もいた。自身と従業員の無事を知らせるため、真っ赤なつなぎの作業着で汗を流し、1日でも早い復旧を目指した。

 数週間後、解体業者のトラックにギターケースが放り込まれるところを目の当たりにした。津波で流されたフォークギターだった。「捨てるくらいなら」と引き取り、ケースを開くと、損傷はあるものの直せばまだ使えそうだった。

 「YAMAHA FG―201B」。さびた弦を張り替えチューニングすると、澄んだ音色を響かせた。あの日のことを忘れないために。ギターのメロディーに乗せて佐々木さんは県内各地で歌声を届けている。

 「あの日、津波が来るなんて、全く予想もしていませんでした。波が押し寄せるのを見て、慌てて逃げだした。もう少し遅れていたら流されていた。縁あって出合ったギター。持ち主が健在なら手渡したいと思い、修理後は店に展示しました」と語る。


勤務する店舗で紹介しているギター

 佐々木さんは、高校進学を機に盛岡へ転居。18歳の頃、盛岡市の「カラオケバーTAKE5」のマスター、司幸二さんから指南を受け、腕を磨いた。1992年に行われた「第16回長崎歌謡祭」では、県代表として出場し決勝へ進出した。

 釜石での転職を機に、音楽活動からは長らく遠ざかっていた。盛岡市内のイベント「中津川べりフォークジャンボリー」に出演した先輩から、「佐々木君が弾いてあげた方が、ギターの供養になるよ」と背中を押された。

 震災から13年。まちに平穏な風景が戻った。

 一方、「当時の話をする人もいなくなってきた。このギターを弾くことで、再び関心を持ってもらえる。あの日のことを風化させないよう、役に立てれば」と佐々木さん。
 昨年11月6日、自身の50歳の誕生日に念願のCDアルバム「半世紀(未来への軌跡)」を、ささきけんじ名義でリリースした。「もう一度音楽を始めようとするきっかけになったギター。CDで思いを形にすることができた」と感謝する。

 収録曲では、大船渡市三陸町越喜来のホタルを歌ったオリジナル曲「ほたるの里」で、東京から同地に移住した工藤栄子さんの思いを歌詞に込め、里山の風景を歌い上げた。

 シンガーソングライター、あんべ光俊さんの「遠野物語」のカバー曲も収録。昨年10月のステージでは、あんべさんとの共演がかない「遠野物語」を一緒に歌った。

 佐々木さんは「震災以来、海が怖くなった。まだ見つかっていない親戚もいる。けれど、がれきの中からギターと出合ったことで、こんなにも輪が広がっていくとは。一つ一つの縁に感謝し、日々を大切に過ごしていきたい」と話した。

 CDは盛岡市内の3店舗(フォーク酒場天がえる、カラオケバーTAKE5、コーヒールームDAN)で販売している。



前の画面に戻る

過去のトピックス