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癒えぬ悲しみ抱きつつ人は生きる 3.11大槌取材 応答なき「風の電話」に 国内外から人々絶えず

2024-03-13

亡くなった人と残された家族をつなぐ「風の電話」を設置した佐々木さん

 春の訪れを告げるような温かく柔らかな風を受け、海は穏やかに波打つ。東日本大震災から13年目を迎えた11日。甚大な被害を受けた大槌町内では、朝早くから墓参りや献花をしに、まちを歩く人の姿があった。癒えぬ悲しみや喪失感を抱きながらも、人々は命を大切に生きていく。当時、内陸に住んでいた入社2年目の記者2人が初めて被災地を取材した。

 東日本大震災前に開設された「風の電話」(大槌町浪板、ベルガーディア鯨山内)には、自然災害や病気、事故などで亡くなった人への思いを伝えようと国内外から多くの人々が訪れている。管理者の佐々木格(いたる)さん(79)は「喪失感を補うのは、話す、書くなど表現すること。話したり書いたりすることで、欠落した部分を補うことになる」と思いを語った。

 風の電話は2010年に設置された、電話線がつながっていないダイヤル式の黒電話。電話のそばには、A5サイズのノートも置かれている。

 きっかけは、震災の2年前にいとこが末期のがんになったこと。佐々木さんは以前、親類の女性が交通事故で息子を失い、心の病になった出来事を思い出した。いとこががんと宣告された際、あとに残された家族を思い、大切な人が亡くなっても遺族が伝えられるものとして、風の電話を作った。その翌年に、震災が起きた。

 「震災から13年がたつが、まだ悲しみというものはある。いつまでもなくならない。震災当時の悲しみは心の奥底に残っていて、節目には思い出す。ケアをする臨床心理士や心療内科の先生、寄り添う活動をしているNPO、私が個人的にやっている風の電話などは、いまも必要とされている。これは何年たってもなくならない」と佐々木さん。

 震災後、新聞などで取り上げられたことにより、風の電話は一気に広まった。これまで、国内外から5万人以上の人が利用。多いときには、行列ができるほど。

 佐々木さんは「家族を亡くした悲しみは、抱えて生きていかなければならない。だが、この三陸は明治や昭和の初めにも、震災があった。犠牲者を出しながらもそれを乗り越え、たくましく忍耐強く脈々と命をつないできている。だから、私たちはいまここにいる。震災で(大切な人を)亡くして悲しいけれど、前を向いて生きていかなければならない。先祖がそうやってきたように、次の世代につないでいかなければならない」と力を込めた。

 利用できるのは、ベルガーディア鯨山が開園している午前10時から午後4時まで。月曜定休。

 4月29日には、体験型セミナー「『風の電話』によるグリーフケア」がベルガーディア鯨山内の森の図書館で開かれる。セミナー終了後には、懇親会も行われる。午後1時半から4時半まで。定員20人で、参加費は5000円。申し込みは佐々木さん(電話0193―44―2544)まで。(佐々木ほのか)



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