2005年 8月 23日 (火) 

       

■ 〈自転車びより〉5 斎藤純 脱クルマ社会を考える

 交通問題に関する二つの市民活動の勉強会に参加した。

  一つは「盛岡にLRTを走らせ隊」である。LRTは次世代路面電車と訳されることが多いが、路面電車のみを指すのではない。中心市街地への一般車両の乗り入れを制限することが大前提であり、そのうえで人々の足代わりにLRT(昔ながらの路面電車とは似て非なる新しい乗り物)を走らせるという総合交通政策だ。

  LRTの導入によって活性化した都市としてストラスブール(フランスの小都市、盛岡と規模が似ている)がよく知られている。世界各国から視察団がひっきりなしに訪問しており、まちづくりに取り組んでいる人たちの必読書となっている『地域再生の経済学』(神野直彦著/中公新書)でも紹介されている。

  ヨーロッパにおける地域再生のキーワードは「環境と文化」だと同書は分析している。日本では「文化」はお金にならないと思われがちだが、実はそうではない。文化は産業と同義であることを教えてくれる。

  私は必ずしもLRTが盛岡に必要だとは思っていないが、今後も勉強をつづけていくつもりなので、またご報告する機会があろう。

  もう一つは「盛岡自転車会議」である。第1回の集まりでは盛岡の交通問題や課題、将来像などを自由に語りあった。そのうえで、会の目的を「歩行者ならびに自転車を中心とした総合交通政策案の作成」と定めた。

  私は自転車愛好家の一人として、この二つの集まりに参加した。まちづくりに取り組んでいる方や教育関係者、それに行政からも参加者があり、有益な意見を聞くことができた。

  この二つに共通するのは、「脱クルマ社会」の理念である。

  大急ぎで断っておくと「脱クルマ社会」は自動車を排除するものではない。自動車に過剰に依存している現状(この認識がないと話は進まない)を見直し、必要最低限な自動車利用に改めようというものだ。

  この背景には、これまでの自動車優先の道路政策やまちづくりが「人々が安心して暮らせるまち」、「豊かな暮らし」を本当に実現してきたか、という反省がある。

  さらには、京都議定書の発効に基づく「地球温暖化対策」の大きな柱のひとつに「脱クルマ社会」が掲げられている。こうなると好むと好まざるにかかわらず我々は新しい交通システムとそれに伴うまちづくりを実践していかざるを得ない状況に追いこまれているといっていい。

  冒頭に「交通問題に関する二つの市民活動」と記したが、問題はそこに留まらず、多岐にわたる。そして、今後「自転車」が重要な役割を担うことは明白だ。

  こういう活動は上からの押しつけでは成果が上がらないし、また、そういう時代でもない。市民から行政に提案していくだけの力を我々はすでに持っている。官と民との新たな協働の進展に注目したい。
(作家、盛岡市在住)



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