2005年 10月 30日 (日) 

       

■ 〈自転車びより〉7 斎藤純 ルールが乱れた原因は

     
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  機会があるごとに、自転車の交通ルールが乱れた原因は「自転車の歩道通行を可能」としたことだと指摘してきた。これは交通問題の専門家らも指摘してきたことだし、そもそも歩道を自転車が走っている国なんて日本くらいのもので、国際的にみてもきわめて特殊かつ異例な方策と断言できる。

  これが結局、自転車の左側通行という基本ルールの壊滅させ、ひいては歩行者にとってもクルマにとっても自転車を迷惑な存在とさせてしまうことになった。

  この愚策(と、あえて書く)は、しかし、一方で大変な効果を挙げた。つまり、クルマと自転車の事故が明らかに減ったのである。ただし、歩道上での自転車と歩行者の事故はもちろん増えた。クルマと自転車の場合、事故が起きれば死亡事故に直結するが、自転車と歩行者の場合は速度が遅いせいもあって、大きな事故にはならない。だから、問題として目立たない。

  もっとも、歩行者と自転車の事故でも、打ちどころが悪くて死亡事故になったケースがある。その事故が悲劇だったのは、自転車側が保険に入っていなかったことだ。そのため加害者も被害者も、自動車事故以上の負担を強いられることになった。

  自動車は強制的に保険に入らなけれはならないし、任意の保険に入っている人も多い。ところが、自転車となると保険に入っている人はごくごく少数だろう。自転車利用を促進することは日本の(あるいは世界の)流れだが、保険について言及されることはあまりない。自転車も重大事故の加害者になるのだということを肝に命じておきたい。

  話を戻す。

  自転車を歩道に上げたことで確かに交通事故は減った。だから、この愚作は有効な手段として大手を振っている。いわば「悪法とて法」なのだ。本来なら「悪法」は改められなければならないはずだが、なにしろ現実問題として交通事故は減ったわけだし、「自転車を車道に戻せばまた交通事故が増える可能性がある」と警察は認識しているのだから、「自転車の歩道通行」はますます進められるだろう。

  それで迷惑を被るのは、いうまでもなく歩行者だ。この国では歩行者が安心して歩けない道を「歩道」と呼ぶことに何の疑問も感じない。これには憤りを通りこして、ただ呆れるばかりなのだが、嘆いていても仕方がない。さらに一歩進めたルール作りとその徹底が急務だと私は思う。

  なにしろ、現状では「歩道を走る場合、自転車は歩道の車道側を走る」というルールさえ徹底していない。また、「歩道はあくまでも歩行者優先」というルールも忘れられている。自転車を下りれば誰もが歩行者なのに、なぜか自転車に乗ると歩行者の立場を忘れてしまうのは不思議な現象といっていい。これは我々ひとりひとりが問われている課題なのである。

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