2009年 3月 3日 (火)

       

■ 〈夜空に夢見る星めぐり〉227 八木淳一郎 ガリレオの贈り物

 1609年、イタリアのガリレオ・ガリレイが人類史上初めて天体に望遠鏡を向けて、今年は記念すべき400年目に当ります。

  ガリレオから3年後、ドイツのケプラーが現代の屈折望遠鏡のひな型ともなるケプラー式望遠鏡を考案し、1668年にはイギリスのニュートンによって反射望遠鏡が発明されます。

  こうして天文学の発展に不可欠とも言える望遠鏡の基礎が出来上がっていきました。それもこれもガリレオの知的探求心があったればこそです。屈折望遠鏡は、昔のものは筒の先端にある対物レンズというものが1枚のガラスから成るもので、これには「色収差」といって像に赤や緑の色が付いて星がボヤけ、大変見にくくなるという大きな欠点がありました。

  色収差を少しでも解消するために対物レンズの焦点距離が極端に長いものになりましたが、この代表的なものに「空気望遠鏡」というものがあります。

  筒を省いて、代わりに沢山の絞り板が取りつけてあります。昔は人工灯火がほとんどありませんから、夜は本当に真っ暗闇です。周りから余分な光が入ってくることもなく、コントラストに影響は受けません。そこで筒を省略して製作し易くし、しかも重量も軽くできるのでそれでよかったのでしょう。

  望遠鏡のイメージにはほど遠い格好ですが。17世紀ポーランドのへベリウスという人が口径15センチ焦点距離45・4メートルという長大な空気望遠鏡を作りました。

  これを復刻させた世界的なスケールのものが小岩井農場まきば園の「まきばの天文館」にあります。一度ご覧になって下さい。

  小岩井のスタッフが作ったのですが、大きなレンズは花巻市のレンズメーカーの製作によるものです。ご存じない方が多いかもしれませんが、花巻にはレンズや望遠鏡メーカーがいくつかあって輸出もしています。知る人ぞ知る世界的なブランドのライカのカメラに組み込まれるレンズさえ作られているのです。

  さて、18世紀に入りますと、イギリスのアマチュア天文家で弁護士のホールという人が色消しレンズを発明します。これによって望遠鏡の色収差が軽減し性能が飛躍的に進歩します。

  また焦点距離も短くできるために軽量コンパクトなものとなり、このためイギリスのドロンド商会などから小型で優秀な量産品が売り出されるようになっていきます。

  フランスのシャルル・メシエが、18世紀後半にかの有名な星雲星団の「メシエ・カタログ」というものを発表しますが、この観測に用いた望遠鏡はドロンド製の口径9センチのものだったと言われます。貴重なドロンドの望遠鏡の一つが確か盛岡の先人記念館にあったように思います。

  かつての作人館が教育のために購入したものかもしれません。とすれば、ただしまっておくのももったいないですし、ぜひ常設展示をされてはいかがでしょう。

(盛岡天文同好会会員)

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