2009年 4月 1日 (水)

       

■ 〈わが歳時記〉高橋爾郎 4月

 天気がいいので書き物はやめ春を探しに付近を散策する。ビニール袋とショベルと鋏(はさみ)を持って出掛ける。土手に浅葱(あさつき)や野蒜(のびる)やふきのとうが出ている。ふきのとうを20個ばかり摘む。ほろ苦い香りがまさに春の味である。半分は酢みそあえに、あとの半分はてんぷらにしてもらい、今夜の酒の肴にしようと思う。

  雑木林に向かう。猫柳を切る。シルバーグレーの芽にははや緑や紅が差している。大きな花瓶に無雑作に入れて玄関にデンと置く。来客が「もうこんなに伸びているのスカ」と驚いている。庭は福寿草とクロッカスが花盛だ。中旬ごろになるとレンギョウにはじまり木蓮、梅、杏、桜、桃とつづきにぎやかになる。大船渡はいま椿が盛りだが、わが家の椿はまだ蕾が固い。

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  わが家から望む岩手山の表情もやさしくなった。いま富士山の様子はどうだろうか。かつて用事で東海道新幹線富士駅で降り、富士市から身延線を経て甲府市に行ったときのこと。季節は4月だった。雲ひとつない素晴らしい天気の日だった。富士山の全容に接したのは初めてだった。身延線は富士山を軸にして沿うように半円を画き甲府につづいている。どこから見ても均勢のとれた円すい形の独立峰が天に接するようにそびえ立っていた。肩に白雪を載せていて息をのむばかりだった。

  右は裾野に深々と樹海が広がっていた。左には一面の葡萄畑がひろがり、ほつほつと芽吹いた葡萄は浅葱色(あさぎいろ)のじゅうたんのようだった。3776b、日本一の秀峰は深田久弥の「日本百名山」のとおりだった。「八面玲瓏(れいろう)という言葉は富士山から生まれた。東西南北どこから見ても、その美しい整った形は変わらない。どんな山にも一癖あって、それが個性的な魅力をなしているものだが富士山はただ単純で大きい。わたしは『偉大なる通俗』と呼んでいる。あまりにも曲がないので、あの俗物め!と小天才たちは口惜しがるが、結局はその偉大な通俗性に甲(かぶと)を脱がざる得ないのである。小細工を弄しない大きな単純、それは万人向きで何人も拒否しない。しかし又何人もその真諦をつかみあぐんでいる|富士山は万人の摂取に任せて、しかも何者にも許さない何物かを備えて、永久に大きくそびえている」忘れ難い思い出である。

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  今日もいい天気だ。「長流」の編集にちょっと間がある。庭に出て落葉や花殻を熊手で掻き寄せる。枯葉の下にはさまざまな山野草が芽を出している。湿った落葉の下から、ミミズがたくさん出てくる。みなぬめぬめとした肌がピンクの色を帯びてつやつやしている。ミミズらも春が来て血が甦るのだろうか。生きとし生きるもの、みなそれぞれに季節を敏感に感じとっていると思うと感動する。

     ※

  うららかや猫にものいふ
  妻のこゑ
日野 草城

 首長ききりんの上の春の
  空
後藤比奈夫

 けふもまた花見るあはれ
  重ねつつ
山口 青邨

 年寄の一つ年とる花見し
  て
平畑 静塔

(歌誌編集者)



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