2009年 4月 19日 (日)

       

■ 〈胡堂の父からの手紙〉212 八重嶋勲 百難越えずば目的達せず

 ■280半紙 明治41年6月23日付

宛 東京市麹町区飯田町四丁目三十一、
                日松館
発 岩手縣紫波郡彦部村
前畧送金請求ニ対シ未タ貳十五円不足ノ為メ定メテ困難シ居ルナラン、目下養蚕ノ為メ日詰ニ貸方無之、県税完結ノ場合ナルカ故ニ金員ノ切迫年中ノ第一ニ候、先達ノ三十円モ高橋収入役ヨリ□□□シテ借受タル程ニ候、此内ニ出金ニナル向キモアリ必ラス心強ク待タレヨ、
大学受験モ受クル次第ニモ無之候ハゝ東京ニテ一日壱円ノ費消スルモ無益ナラン、一日モ早ク帰ルベシ、帰ルトキ夜具衣類悉皆持帰ルベシ、
一モ試験受ケサル事ハ実ニ気ノ毒ニ候、九月ニ至リテモ見込ナキモノナラバ一層止メル方如何ナルヤ、身体ノ弱キモノ勤学スルハ生命ノ毒ナリ、ムリニ大学ヲ卒業セントシテ病気重リタラバ何ノ効ナカルベシ、
一日モ早ク親子対席シテ家政ト将来ノコトヲ相談致度モノニ候、
此頃肺患者流行畧等ニ有之候、橘彦吉六月上旬死シ、佐藤庄兵衛岩手病院ニテ去ル廿日死亡セリ、正養寺モ前年之様ニアラス、当夏ハ家出モ六ヶ敷様ナリ、定内ノ高橋宗次郎ノ長男勇(十三才)肺ナリ、日詰ニモ二三名有之様子ナリ、
幸福ニモ手前ノ耕次郎、章ハ人並勝レ強健ナリ、又其許モ梢ヤ全快セントスルハ何よリ幸福ナリ、今金員充分ナリセバ根治スル迄治療為致度モノニ候、
柏屋ノ一件ハ家内ノ承諾容易ナラサルベシ、其許ハ肺病患者ニ覧ヘ居ル様ナリ、併シ全快ノ速カナル為メ今ハ半信半疑ナルモノゝ如シ、去リナカラ花子其人カ確心セン上ハ少シモ心配ノコト無之ルベシ、前ニモ申セシ如ク男三十以上女廿五以上ナル上ハ自由婚姻スルコトモ出来ルナラン、左ナクトモ承諾スルナラン、併シ人ハ百難ヲ戦ヘ(ヒ)勝ツアラザレバ目的達シ(ス)ル不能モノニ候得バ、此場合即チ戦闘□ナラン、症ニ勝ツ、財政ニ勝(ツ)、心気ニ勝ツニアラザレバ目的ヲ達スル不能ハコトハ万ニ承知ノコトゝ思ヘ居相候得共此場合何分ノ苦戦セラレ度候、若シモ病症ニ勝ツノ見込ナキトキハ断念シ、他ノ見込、方法、計画スル方可然候、右用事旁々、早々
    六月廿三日     野村父よリ
     野村長一殿
 
  【解説】「前略、送金請求に対し、まだ25円不足のため、きっと困難しているであろう。目下養蚕の時期のための日詰町に貸すところがない。県税の納期であるので、金の切迫すること年中で一番である。先だっての30円も高橋収入役より借り受けたほどである。その内に金が出てくる向きもあるので必らず心強く待つようにせよ。

  大学の試験を受けないのであれば東京で1日1円の費消をするのも無益であろう。1日も早く帰るべし。帰るときは夜具、衣類をことごとく持ち帰るべし。

  一つも試験を受けないということは実に気の毒である。9月になっても見込みないのであれば、いっそやめてはどうか。身体の弱い者が勤学するのは生命の毒である。無理に大学を卒業せんとして病気が重くなるのであれば、何の効もないだろう。

  1日も早く親子で家政と将来のことについて相談したいものである。この頃肺疾患が流行している。橘彦吉が6月上旬死亡、佐藤庄兵衛が岩手病院で去る20日死亡した。正養寺(石ケ森教全)も前年のようではない。この夏は家を出て歩くことも難しいようである。定内の高橋宗次郎の長男勇(13歳)も肺疾患である。日詰にも2、3名あるようである。

  幸福にも、わが家の長一の弟耕次郎、章は人並み勝れ強健である。また、長一もやや全快しようとするはなんとも幸福である。今金が充分であれば根治するまで治療させたいものである。

  柏屋の1件は家族の承諾は難しいであろう。長一が肺病患者と思っているようである。しかし全快が速かであるので、今は半信半疑のようである。そうであっても花子本人が確心しているのであれば少しも心配なことはない。前にも申したように、男30歳以上、女25歳以上である場合、自由婚姻をすることが出来る。しかし人は百難をこえなければ目的を達っすることができない。この場合即ち戦闘である。病気に勝ち、財政に勝ち、心気に勝つのでなければ目的を達することができないであろうことは、万に承知のこととは思っているがこの場合何分苦戦されたい。もしも病気に勝つ見込みがないときは断念し
、他の見込み、方法、計画をする方がよい。右用事かたがた早々」という内容。

  国民病といわれた肺結核の蔓延の様子がわかり、いかに恐ろしい病気であったことであるかが伝わる。この時点で長一の肺疾患は快方に向かっており父はいかに安堵しているかがわかる。そして橋本ハナとの結婚についても、柏屋家の承諾がいまだ取れていないが、法律上はなんら支障がないと父は励ましているのである。

(県歌人クラブ副会長兼事務局長)

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