2009年 4月 23日 (木)

       

■ 〈保阪嘉内の短歌〉7 望月善次 燈籠にに桜の花は

 燈籠に桜の花は散りかゝる、友七は友
  禅をきれぎれにして
 
  〔現代語訳〕燈籠に桜の花が散りかかるのです。友七は、友禅を細かくして。

  〔評釈〕「春日哀愁篇」十七首〔『アザリア』第1号〕の六首目。こちらも芝居のひとこまか。その方面に暗い評者の手に余るところではあるが、あるいは、岡本綺堂の「京の友禅」を背景に置いているのであろうか。綺堂は、その著書『創作の思ひ出』(青蛙房)の中で、「京の友禅」について、「きれぎれにしていつまで調べてゐても際限がないので、わたしは少し焦れて來て、友禅の身許調べは先づ好い加減にして、思ひ切つて筆を執ることにした。職人といひ、絵法師といひ、両様の説があるから、私はそれを折衷して、最初は職人で後に絵法師になるといふことに作り替へた。随つて職人の友七が失恋の結果剃髪するといふやうな筋に、わたしが勝手に作り出したもので、事實の詮議などをされては困る。」としている。「友禅」の誕生話を、友七の失恋とその結果の剃髪に求めている。抽出歌は、少し説明不足で、強引であるが、評者の方も、この芝居は嘉内好みだなどと勝手に思ったのである。

(盛岡大学長)

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