2009年 7月 4日 (土)

       

■ 〈賢治の置土産〜七つ森から溶岩流まで〉115 岡澤敏男 「ゴブラン織」の裏側

 ■「ゴブラン織」の裏側

  「遠足統率」の詩が書かれたころの時流に気になることがある。軍事教練が中等学校以上に実施されるという動きに大正13年秋ごろ学生社会科学連合会(学連)はアムステルダムの国際排戦連盟に加盟し、同年11月12日に全国学生軍事教育反対同盟を結成しています。そして14年1月「軍事教育反対デー」のデモを組織し警視庁の禁止命令のなかで東京の学生たちがデモを強行して警察隊と衝突し検挙者を出したという。

  また同年3月19日に「治安維持法」が議会を通過し4月22日に公布されている。この「治安維持法」というのは従来の社会運動や政治活動の規制よりきびしい天皇制への反逆取締法で、思想・信条の自由まで侵害する超国家主義的法制でした。

  「遠足統率」の詩は、表面的には平穏な小岩井農場物語を刺繍したゴブラン織のように見えます。しかし裏側からみると虚実をないまぜにした極めて風刺的な風物が織り込まれていたのです。
 
  いつか騎兵の斥候が
  秣畑をあるいていたので
  誰かがちょっととがめた
  ら
  その次の日か一旅団
  もうのしのしとやってき
  て
  大演習をしたさうです
 
  盛岡に騎兵第3旅団の営舎があったから、いかにもありそうな逸話だが、騎兵第3旅団が実施した明治、大正年間の演習記録には小岩井農場の名は皆無です。常識でも三菱財閥の統帥岩崎男爵の経営する小岩井農場で予告なく演習をするとは考えにくいし、まして第23連隊、第24連隊で編成される1旅団(騎兵第3旅団)となれば何百頭の軍馬による大演習が予想され、とても農場敷地内での実施は不適当です。

  この挿話は学生の「軍事教育反対デー」デモの蹂躙(じゅうりん)を暗喩した虚構とみられなくはない。また「陸軍現役将校学校配属令」により花巻農学校に配属された「中尉」↓「少尉」を登場させ、その風采や行動を批判し「少尉め」と呼び捨てている。しかし先駆稿で「中尉」を「少尉」に虚構化したこと、定稿で「少尉」の存在をも削除したのは「治安維持法」への配慮だったのかも知れない。
 
  〈から松の一連隊は/青く荒んではるかに消える〉
  〈七つ森ではつゝどりどもが/いまごろ寝ぼけた機関銃〉
  〈それからこんどは鶯が/三八式に啼いたので〉
 
  このように随所に挿入した軍隊用語の比喩は、平和な学園が殺伐化する未来を予告するかのようです。また「こどものときの肺炎で/みな演説をしませんでした」とは、学園が軍国インフレで肺炎をおこして演説(批判)不能に陥る懸念を隠喩したものとみられる。しかしゴブラン織り(下書稿・三)の裏側の最終の一こまには、軍事的風潮への激しいプロテストが象徴的に織り込まれているのです。
 
  くらい羊舎のなかからは
  顔ぢゅう針のささったやうな
  巨きな犬がうなってくるし
  さすがの少尉も青ざめて

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