2009年 7月 8日 (水)

       

■ 〈口ずさむとき〉132 伊藤幸子 「写真機」

 世話ばかりやいて写真の 隅にゐる
岸本水府
 
  時代とともに物価は上昇するばかりだが、写真は安くなったといつも思う。先日、テレビ「徹子の部屋」で黒柳徹子さんがゲストに「あなた、散歩のとき、いつも写真機持って歩くの?」と聞かれ、老いを感じさせない方の「時代のことば」としておかしかった。

  それこそ、写真機と言っていたころの写真代は高かった。そして「記念の日」しか撮らなかった。終戦っ子の同級生が集まると、みんな幼年期の写真が少ないことを言う。少ないからこそ丁寧に保存して、何回でも同じ写真を眺め同じ物語を楽しんだものだ。

  テレビがカラー画面に移行したころには、写真機にもカラーフィルムが普及するがやはり貴重という感覚があった。それが今や、カメラの形態も変わり、撮る、プリント、焼き増しなどの手順もコンピューターがしてくれる。保存も機器の中では永久保存だという。そしてそのころから私は写真整理をしなくなり、カメラも持ち歩かなくなった。

  そんな中、今日はうれしいお手紙を頂いた。6月28日の「岩手人名辞典・出版祝賀会」の出席者Aさんより、パーティーの写真がどっさり送られてきた。著者浦田敬三先生と藤井茂様ご一緒の最高の場面が撮られてある。

  思えばこの席で頂いた「岩手人名辞典」には、安倍貞任の時代を除いてはほとんどの人々に顔写真が付けられていて、大変親しみのある内容になっている。そして20年ものご労作を世に出されたお二方の笑顔をみごとにとらえたこのカメラマンの腕のすばらしさ。

  あんなに盛り上がったパーティーに、Aさんはカメラを手に会場内をくまなく撮影され、ごちそうも召し上がられないようだった。「世話ばかりやいて写真の隅に」さえご自分は入られず、周りも気がきかないことで気の毒なことをした。

  「孔雀おもふにこれは自分の尾ではない」同、水府さんの川柳。なんとまあ、恩師浦田先生の横でこんなに太ったおばさんの「これは自分の絵ではない」と言いたげな一葉に笑いがふきだす。とはいえ、真を写す写真機の産物。一生の、この一瞬はこの中にしかないのだと、今あらためて見入っている。

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