2010年 4月 5日 (月)

       

■ 〈風のささやき〉19 重石晃子 花を描く

     
   
     
  花屋の店先は色とりどり、とてもきれいだったので、つい切り花を買った。ピンク色のゆり、白い小菊、ストックなど、両手いっぱいに抱えて帰った。部屋中はたちまち花のよい香りでいっぱいになり、それだけでも春になった幸せな気分である。

  大きな花瓶に花を差し換えて、改めて眺めてみる。どの花も生き生きとして濃緑の葉と共に呼吸している。何と美しいことか、花の命というものであろう。キャンバスの上で、この美しい花々をどのように表現するか、これはわたしの考えるべき楽しい事の一つである。

  目に見えない生命力を、そしてあふれる香りまで、描き切れなければ絵を描いたとは言えないだろう。写真のように写実的に描いたとしても、その中に命がなければ絵とはいえない。生命は現実にそこにあるのに、手に取って「これだ!」とは言えない。それは絵を描く難しさだ。

  神様が創り出した自然の造形は、しょせん人間には逆立ちしたってかなわない。神様が下さった形の中に小さくてもよいから法則性を何とか知りたいと思うのは、画家も彫刻家も同じであろう。

  かつて深沢紅子野の花美術館に在籍していたころ、花と真剣に向き合い描いた深沢紅子先生のために私は「花を描く展」を企画した。例え画家でなくても、花の美しさは誰の心をもとらえると思ったからである。

  企画に当たって日本国内の展覧会を調べて見たが、意外なことに花をテーマにした展覧会はなかった。日常生活の中に何気なく飾られている花、絵を描こうと思ったらまず花であろうに、花の展覧会がないことに驚きもし、やって見ようと勇気を得た思いでもあった。

  しかし、花ほど絵にするのに難しい物はない。下手をすると「こぎれいで俗っぽい」という言葉が返ってくる。人の心をわしづかみする生命力の表現は難しい。深沢紅子の花、三岸節子の花、ルドンの花、それぞれが創り上げた個性的な美しい花々を思い浮かべて「花を描く展」は全国に向けて公募された。これは盛岡市で開く初めての全国公募展であった。

  買ってきたばかりの花々を眺めながら、過ぎた出来事をふと思い出す。初めに花あり最後に花ありであろう。描く難しさを裏返せば、大きな喜びと幸せがあると私は思い続けている。
(画家。盛岡市在住)

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