2010年 4月 29日 (木)

       

■ 〈肴町の天才俳人〜春又春の日記〉3 古水一雄 「第三のからくり」

     
  「若き看護婦」の表紙絵に予定した絵(盛岡てがみ館収蔵)  
 
「若き看護婦」の表紙絵に予定した絵(盛岡てがみ館収蔵)
 
  『第三』は、次のように始まっている。
 
ズタズタニ切リ捨テラレタ反古ノ内ニ/二三ノ小説ガ出タ、/コレハ三十五年頃余小説ニ憂キ身ヲヤツシタ/時代ノ形見デ「猪塚」「柿渋丸」「米山越」ナド「紫草/紙」(注)ニ写シテ保存シタカ(ガ)コノ「「看護婦」ノ一編ハ駄目ト/ミナサレテ鼻紙ニナラントシタノデアツタガハカラズ出タノデ昔ヲシヌブ料トナツタ、左ニ写ス事ニスル、

      「若キ看護婦」草稿
        明治三十五三月拾四起稿
  (注)春又春が盛岡中学校時代に発行していた回覧雑誌
 
  その構想については、学校帰りに黒と白の斑犬を見てきれいない犬だと思ったことや犬から犬の皮を思いだし犬殺しを連想したこと、さらには、新平民を思い出したからと自注している。新平民とは、明治4年(1871年)太政官布告によって平民に編入された江戸時代には賤民(せんみん)扱いされていた人々に対する差別的呼称である。

  二十二三の書生が山中で道に迷い、若い美人の女性の家に泊めてもらうが、その家では夜中に犬の皮をはぐのが通例となっていて、その夜も父親が皮剥(は)ぎ作業をやっているのを見る。その後、犬に吠えられたり蛇にまとわり付かれたりして、ほうほうの体で逃げ出す、といった泉鏡花(いずみきょうか)風の小説の草稿で、未完となっているものである。
  続いて「明治三十二年懐中日記」があり、その他には教訓めいた文章が抜き書きされている。
 
  「紫草紙(むらさきそうし)」にも触れておきたい。
  明治35年(1902年)、春又春17歳の暮れに「紫」会則を構想し、「杜陵紫会会則」として書き留めている。号は麦秀子(ばくしゅうし)となっている。
 
  一、同好同志の士相集リ文を修メ哲ヲ講シ、学識ヲ発達シ智能/交換ス事

  二、會(会)名 むらさきト名ズクル事

  三、會員ハ何人たるを問はず廣(広)く同志同好ノ士ヲ募ル
    但シ半途退會ハ確(かた)ク禁ジル事

  四、會ヲ、草紙発行、雑誌購読、講演談話ノ三部ニ分カツ

  五、役員ハ理事一名幹事一名トス
     但し理事は會務ヲ総理シ幹事ハ會費徴出及庶務ヲ掌ル事

  六、會費ハ毎月拾二銭草紙発行雑誌購買ノ費ニ充ツ
     甲、草紙発行、細則、

  一、草紙むらさきト題シ、會員ノ手ニナレル文章詩歌俳等を幹事之れを編輯○(一字不明)書シ綴装回覧セシムルモノトス、

  二、月ニ一回若シクハ二回発行スル事

      (後略)
 
     
  「紫草紙」第1号表紙(盛岡てがみ館収蔵)  
 
「紫草紙」第1号表紙(盛岡てがみ館収蔵)
 
  この「紫草紙」に集ったのは、春又春の弟たちと雲軒、それに親せきで1歳年下の高橋幸一郎(たかはしこういちろう)のものがあるだけである。

  回覧雑誌「紫草紙」のほとんどは春又春が陵谷、麦秀、愛石、紅東などの号を用いて書いていて、他にはわずかに雲軒のものと高橋幸一郎のもののみであり、級友・同窓生などに広がることはなかった。春又春の交友関係の狭さを示しているともいえる。
 
  話題を「若き看護婦」の前書きに戻そう。ここに取り上げられている三つの小説のうち、「紫草紙」にあるのは「渋柿丸」と「米山越」である。

  「渋柿丸」は明治35年(1902年)12月25日発行の第5号に、「米山越」は、明治36年1月20日発行の第7号に掲載されている。そうだとすると〓…紫草紙に保存した云々〓とあるのを信じれば、「若き看護婦」が日記「第三」に筆写された時期は明治36年(1903年)1月20日発行以降ということになろう。

  さらには後ほど取り上げる日記「第四」開始の明治38年(1905年)5月21日以前と考えるのが妥当だろう。しかも日記「第四」序なる文章に「第三」は2、3枚書いて紛失したと書き記しているから、現存する日記「第三」とは別の「第三」があったのである。

  では、なぜこのような紛らわしい日付を日記「第三」の表紙に書き入れたのであろうか。それは、おそらく「若き看護婦」は春又春の処女作となるはずのものであったが、中挫して最後は概略のみを記して終わっているために「紫草紙」には入れなかった。しかし処女小説と考えていただけに愛着も強く起稿した日付とともに残しておきたいという意図が働いたのであろう。

  日記といえども事実のみが記されているわけではない。虚構とまではいわないにしても、何らかの配慮がなされていることがあるはずである。そのようなことにも目を配りながらこの後の日記を読み進めて行かなければと意を新たにしたところである。
  (前盛岡てがみ館・館長)

    ◇     ◇
  【お知らせ】
  現在、盛岡てがみ館では第32回企画展「肴町の天才俳人 佐藤春又春とその時代」を5月23日まで開催中です。65冊の日記帖の実物展示は、資料保護のため今回が最後となるとのことです。お見逃しなくとのことでした。


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