2010年 5月 3日 (月)

       

■ 〈保坂嘉内の短歌〉150 望月善治 満足の心はいつか

 満足の 心はいつか 夕暮の風にまぢりて 街をさまよふ。
 
  〔現代語訳〕満足していると思っていた心は、いつの間にか、夕暮の風に交じって街を彷徨(さまよ)っているのです。(ああ、満足できない私なのです。)

  〔評釈〕「東京夕景集」十一首〔「東京雑信」、『アザリア』六号(大正七年六月二十六日)〕中冒頭歌。「まぢり」は「まじり」か。なお、嘉内のノートによれば、第三句の後半は「さすらひ」、結句は「街に出でにき」であった。「まじり」は、「同一・同質のものが多くある中へ異種・異質のものが加わって、その異質性を保ちながら一緒に存在する」が、また「さまよふ」は「サマは漠然たる方向。ヨヒはイサヨヒ・タダヨヒのヨヒ、揺れ動く意」がそれぞれの原義〔『岩波古語辞典』〕だが、抽出歌の場合にそのまま当てはめても不足がないようだというのが評者の解釈。ところで、抽出歌の解釈にとって最大の問題は「満足の心」が気が付いてみるとそうでは無くなっていたという客観的描写なのか、話者の止むに止まれぬ悲しみをこうした形で表現しようとしたのであろうかという点であろう。理念的には、純粋な客観的描写を否定できないだろうが、それでは作品は訴える力を持てないだろう。
(盛岡大学学長)

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