2010年 5月 4日 (火)

       

■ 〈保坂嘉内の短歌〉151 望月善治 夕暮は全市をつゝめ

 夕暮は 全市をつゝめ 坂の上の 電
  車通りが 光りて見えたり。
 
  〔現代語訳〕夕暮は全東京を包んでくれよ。ああ、坂の上の電車通りが(この夕暮れに) 光って見えていますが。

  〔評釈〕「東京夕景集」十一首〔「東京雑信」、『アザリア』六号(大正七年六月二十六日)〕中の二首目。「夕暮」が「夕暮れ」となっていないのは原表記のママ。また、嘉内のノートでは、第二句は当初「東京をつゝみ」であった。まずこの推敲(すいこう)のことから考えてみたい。抽出歌の「全市をつゝめ」と「東京をつゝみ」とを比べると、「全市」という表現の分明さが気にはなるものの、「つゝめ」の方がやはり切実感で上回ろう。話者の位置やそれに伴う感情の生起は、必ずしもの分かりやすくはないが一応次のように考えることとした。すなわち、話者は、坂の多い東京の坂の下にいるのであるが、そこから見上げる坂の上の電車通りには(電車通りは、当然のこととしてそこを通る電車と共に「都会(東京)」を示唆するものでもあったろう。)ちょうど夕方の光が当たっているのである。その明るい坂の上の通りを含めて、夕暮れはこの東京のすべてを覆ってほしいのである。それほどつらく悲しいのである。
(盛岡大学学長)

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