2010年 5月 8日 (土)

       

■ 〈保坂嘉内の短歌〉152 望月善治 朝はまた工場の笛に

 朝はまた工場の笛に 明けにしを 
  夕べは寺の鐘に 明け行く。
 
  〔現代語訳〕朝は再び工場の笛で明けたのですが、夕べは寺の鐘に始まるのです。

  〔評釈〕「東京夕景集」十一首〔「東京雑信」、『アザリア』六号(大正七年六月二十六日)〕中の三首目。嘉内のノートでは、当初、第三句は「明けゆきて」、結句は「閉ぢ行く」であった。第三句の場合、当初の「明けゆきて」と「明けにしを」を比べた場合、順接の「明けゆきて」に対して「明けにしを」は逆接となるから、対比される「朝」と「夕べ」の相違がより際立とう。感動詞に由来するという〔『岩波古語辞典』〕逆接の接続助詞「を」の面目躍如といったところか。結句の「明け行く」の「明け」は、「店をあける」などのような「始まる」の意味〔『広辞苑』〕。ただし、「明ける」には「夜が明ける」の用法があるし、「あかるくなる意に『明』、ひらく意では『開』、からにする意には『空』をふつう使う」〔『広辞苑』〕ということもあるから違和感を持つ方もあろう。いずれにしても、朝は「工場の鐘」、夕べは「寺の鐘」という対比が話者の心を動かしたわけであるが、重点は前者と読んだ。
  (盛岡大学学長)

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