■ 〈賢治の置土産〜七つ森から溶岩流まで〉161 岡澤敏男 「自然の順違二面性」

 ■「自然の順違二面」性

  さきに賢治が高農2年のときに三峯神社を訪れ狼の霊気を交感したことに触れたが、花巻の近隣にも三峯山信仰の民俗伝承があったらしい。賢治がよく利用する軽便鉄道(現釜石線)沿線の遠野市に三峯山の石碑が16基、宮守村(現遠野市宮守町)に10基が建立されている。

  金沢村における「オイノ祭り」の民俗儀礼を知る機会がなかったとしても、身近に三峯山信仰の習俗に接し得たと思われます。また全国に正式には一社しかないといわれる三峯神社の分社が衣川村(現奥州市)に存在するとのうわさを耳にして訪ねたことがあったかもしれない。

  鳥居の前に石造の狼がこま犬のように向き合っているのを目視し、かつて三峯神社で山の神の眷(
けん)属の狼像に接した感慨を回想したのかもしれません。

  童話には「狼(オイノ)森の九疋(くひき)の狼」を登場させているが、群馬県六合村には十二様とよぶ山の神の別称があり、山の神は十二人の子供を持つと信心され、眷属である狼も十二匹の仔をもつと習合されています。

  これは狼が多産だという理由なのでしょう。したがって童話の狼の九という数字は多産である山の神を隠喩した狼像であるのかもしれない。そのように考えると、農民から小さな子供を誘拐した狼とは山の神の使いとしての行為であり神意の伝達者だったとみられます。

  神意とは「人と森(山の神)との原始的な交渉」によって、森は農民たちに畑を拓き森の木を伐り家を建てさせて農耕と居住の自由を与えたにもかかわらず、農民たちは豊作は自分たちが「鍬をピカリピカリさせて」農作業に精励した結果と思い込んで、「森への感謝の気持ち」を忘れていることへの注意を喚起させるものだったと思われる。

  童話にもあるように、冬のあいだ森は「一生懸命、北からの風を防いでやった」が、それはほんの一時のことで、森はなによりも穀物の〈むすび〉の神だったのです。

  『古事記』冒頭にある創世の神「たかむすひ」「かみむすひ」のように古くは「むすひ」といわれ、〈ムス〉は〈草ムス、苔ムス〉にみられるように植物生成を表わす動詞で、〈ヒ〉は神霊の表わすという。したがって〈むすび〉の神は、天地万物の生成を支配する力をもつものです。

  すなわち、気温・日照・雨水を支配する山の神の〈むすび〉の力によって穀物は育成され豊作につながったのです。そのような山の神の恩恵に気づかない農民たちをめざめさようと、狼を使わして子供を誘拐し衝撃を与えたものとみられます。それに気がついた農民たちは、さっそく「粟餅をこしらへて」狼森の入り口にお供えしたのです。

  賢治がこの童話の作品梗概を「自然の順違二面が農民に与へた長い間の印象」と述べているのは、自然が豊作をもたらす順縁ばかりでなく狼による子供の誘拐のような逆(違)縁をももたらすことを指摘し、逆縁の神意によって農民は自然から多くのことを学んでいくのだと解されるのです。

  誘拐事件の翌春、子供が3人増えて11人になりました。里から二疋の農耕馬も連れてきたので畑には厩肥も犂(す)きこまれ粟も稗も青々と育って実を結びまた豊作でした。ところが、ある霜柱のたつ朝にまた怪事件が発生したのです。「どこの家にも山刀(なた)も三本鍬も唐鍬も一つもありません」という農具盗難事件に農民たちが巻き込まれたのです。

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