2010年 5月 26日 (水)       

■ 〈口ずさむとき〉178 伊藤幸子 夢かうつつか

 君やこしわれやゆきけむ おもほえず夢かうつつか 寝てかさめてか
  伊勢物語
 
  いつ読んでも、何度読んでもおもしろい「むかし、をとこありけり」の「伊勢物語」。いにしえのみやび男の代表格である在原業平の愛の歌物語である。私は中でも69段と70段の伊勢神宮の斎宮と、ある男の恋物語のくだりは暗誦するほどに親しく読み込んでいる。

  ある男とはもちろん業平自身であり、この時の斎宮は文徳天皇のむすめ、恬子(てんし)内親王といわれる。そもそも斎宮とは、7世紀から8世紀、伊勢神宮に奉仕した内親王のことで、飛鳥時代大来皇女(おおくのひめみこ)から660年間、斎宮制度が続いたとされる。斎宮が都に帰られるのは天皇崩御、または譲位のときのみで、若いみそらを神宮の森に埋められた皇女も多かった。

  さてある夜、都の勅使が斎宮寮にこられた。美丈夫で洗練された立居振舞に、斎宮は神に仕える身とはいえ激しいときめきを覚えた。男もその夜、寝つかれなかった。ふと、部屋の入り口がかげった。見るとそこに、少女を先立てて斎宮がおぼろ月夜を背に立っておられるではないか。男はわが目を疑い、まんじりともせず夜の静寂に耐えた。

  朝になると、昨夜の少女がふみを持ち来て男に渡した。それがこの歌。「あなたが来られたのか、私が行ったのか、それとも夢かうつつか。寝ている私だったのか、覚めてのことであったか|」という妖(あや)しくも謎めいた歌。

  男はすぐに返歌をしたためた。「かきくらす心の闇にまどひにき夢うつつとは今宵定めよ」意は「夢かうつつか、今宵もう一度お目にかかって定め合いましょう」と心のうちを伝えて、自分は仕事に出かけた。(結句諸説あり)

  しかし、今宵こそと期待して仕事から帰ると、その夜は国守の招待の宴が夜明けまであり、ついに二人だけの時間は得られなかった。斎宮は男を送るため大淀の港に行き「からびとのわたれどぬれぬえにしあらば」と上の句を詠み、男が「またあふさかの関は越えなむ」と詠んで悲恋の嘆きにうち沈んだという。昔も今もどんな結界があるにせよ、たゆたいやまぬ恋心は切なく美しい。そんな夢幻の舞台を確かめたくて、私は先年訪れた伊勢の旅路に求めた斎宮土鈴を秘めやかに振っている。

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