2010年 6月 17日 (木)

       

■ 参院選公示まで1週間 岩手選挙区には4政党が候補者

 第22回参議院通常選挙は、16日の臨時閣議で24日の公示、7月11日の投開票と決まった。通常国会は16日閉会し、各党、各候補予定者の陣営は事実上の選挙戦に入った。政権交代後の新政権下での初の全国国政選挙は、連立政権からの社民党離脱と鳩山内閣の退陣、菅内閣の発足という政局の動きの余韻が続く中で行われる。公示まで1週間。岩手選挙区(改選数1)には現職と新人の4人が立候補を予定しており、4人による争いがほぼ確実。全国比例区では岩手の地域候補と言える現職と新人の計2人が名簿登載される見通し。

  岩手選挙区に出馬表明しているのは民主党の現職主浜了氏(60)に新人の自民党の元県議高橋雪文氏(39)、共産党の県書記長瀬川貞清氏(60)、社民党の県幹事長伊沢昌広氏(63)の4人。公明党は比例区に全力を注ぐ。

  主浜氏は6年前に県職員から転身して初出馬し当選。政権交代後の今回は与党の強みを県民に訴えるとともに、単独過半数による「安定した政権運営」を唱え再選に臨む。党の公認が決まる以前の昨年12月ごろから県内の支持者や支持団体を精力的に回り4巡目。国会が閉会し公示までは街頭演説を中心に5巡目の県内回りを進め本番になだれ込む。

  主浜氏は内閣支持率について「私の支持率ではない。自分の支持率は自分の足で稼ぐという覚悟で一生懸命歩いている」と語り、初心に返って地道に活動してきた。それでも菅内閣になって支持率が回復したことに「上がってくれて、ほっとしている」と胸中をのぞかせる。新首相の首班指名の国会と重なった4日の県連大会と総決起大会では県連が難局を乗り越え死力を尽くして参院選を戦うべく、再スタートの結束を図った。

  自民党の擁立作業が難航したため、高橋氏の擁立が決まったのは4月4日と、大幅に出遅れた。盛岡市議、県議として11年余りの政治家経験を持つが、地盤の盛岡以外の知名度は低い。街頭演説、辻立ち、あいさつ回りなどで知名度不足の解消に力を注いできた。6月に入ってミニ集会などが開かれるようになり、出馬への思いなど中身の浸透を図っている。

  高橋氏は14日に県議を辞職し「退路を断って臨むと気持ちを新たにして、引き締めて選挙戦に向かう」と話している。大きな争点に政治とカネの問題を据え「表舞台が岩手であり、県民に政治とカネの問題について、これまでの状況のような政治で本当にいいのか、しっかりと問いかけてみたい」と意気込む。千葉伝県連幹事長も「(鳩山氏と小沢氏が)ただ辞職しただけで、その本質は何も変わっていない」と未解決を強調する。

  瀬川氏は昨年12月24日に出馬表明し、年明け早々から各地のつどいに出席。その後も県内の団体や党地区組織、後援会などを回り、各種のつどいには約3千人が参加。草の根の活動で本番への力を蓄えてきた。14日には参院選勝利全国いっせい決起集会で志位委員長が選挙戦の方針を示し、瀬川氏を先頭に、党や後援会などが一体となって支持拡大を図る。

  昨年の衆院選では建設的野党としての立場を打ち出したが、菅原則勝県委員長は「菅内閣は自民党路線になりつつある。鳩山政権が投げ出したことに自覚と反省がない」と警戒を強める。「内閣支持率の向上は脱小沢が要因で、政策の中身から支持されているものではない」とし、普天間問題などを含めて批判し、政権を追いつめる姿勢。「党の立場は日本にとって貴重な立場ということが浮き彫りになってくる」と話す。

  社民党が伊沢氏の擁立を決めたのは今月6日。3月の県連合定期大会では選挙区について政局を注視し対応する方針を決めていた。普天間問題で連立離脱も想定していたため、擁立への動きは速かった。平和環境県労組センターと一体となった選対組織は過去も短期決戦を経験しており、既に動いている比例区の総合選対に選挙区対応を乗せ、挽回(ばんかい)を図る。

  伊沢氏は擁立決定後、すぐにあいさつ回りに入り、公示前に県内をほぼ2巡する見込み。伊沢氏は「これまで選挙区候補のいない選挙を経験していなかったので、支援組織はやりがいがあると出馬を喜んでいる」と語り、各地の支持組織に活力が増す。争点として普天間問題など平和問題はもちろん、政治とカネの問題を隠すのは「駄目」と、対民主の野党の姿勢で臨む。

  全国比例区には本県関係で、民主党の現職工藤堅太郎氏(67)、自民党の県議小野寺有一氏(43)が名簿登載される見込み。2人は自党の選挙区候補と連動して、それぞれの票の拡大を図る。共産、社民も比例票を重視する戦いを進める。


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