2010年 7月 11日 (日)

       

■ 紫波町文化財准胝観音の胎内に箱入り巻物 修復X線検査で判明

         
   側面から撮影したX線で腕から腰にかけ、くっきりと映し出された箱入りの巻物。腰の付近に見える白い物は軸留めの水晶と思われる   准胝観音菩薩坐像  
   側面から撮影したX線で腕から腰にかけ、くっきりと映し出された箱入りの巻物。腰の付近に見える白い物は軸留めの水晶と思われる  
准胝観音菩薩坐像
 
  紫波町指定文化財の准胝(じゅんてい)観音菩薩坐像の修復作業が8日から10日までの3日間、観音像を借りている岩手県立博物館で行われ、修復過程で行ったX線検査で、幅4a、長さ24aの箱に納められた巻物が胎内にあることが判明した。観音像は同町土舘地内の八戸南部藩ゆかりの沢口観音堂に安置され、300年以上にわたって秘仏とされてきた。巻物には、八戸南部藩の飛び地だった同町志和地区と初代藩主・直房夫人霊松院、観音堂にまつられている霊松院の2男・直常とのかかわりが記されている可能性があるという。博物館では観音菩薩はその巻物を守るために作られたとみている。

 沢口観音堂は霊松院が、延宝8年(1680年)に数え18歳で亡くなった2男直常の供養のため建て、本尊として准胝観音菩薩像を安置。10石の寺領を寄進し、代々の藩主が訪れ観音像を拝観、修復、改修、再建するなどして保護してきた。

  准胝観音菩薩像は腕が8本ある像で、台座を含めて63a。制作年は貞享年間(1684年〜88年)で320年以上前に作られたことになる。

  昨年11月にX線で調べたところ長さ約10a、直径1・5aほどの軸が観音像の胎内に写っていた。正体をはっきりさせるため、沢口観音堂を管理する成海宥伊さん(72)と紫波町が修復費を負担し、京都科学に依頼して県立博物館で修復と合わせて取り出しに取り組んだ。

  京都から来県した仏師の那須川善男さんのアドバイスを受けX線画像を撮り直したところ、細い軸ではなく箱に納められた巻物であることが10日になって判明した。

  箱は幅4a、長さ24aほど、観音像の腰から首付近にかけて斜めに納められている。巻物は軸の端が水晶で留められ、長さ20a弱で、巻層から70aほどの巻紙と推定している。

  3日間にわたって取り出しを試みたが、観音像を損傷する可能性が高いことから断念した。佐々木勝宏学芸員は「ただ巻物が納められていると考えていたが、箱に入れられていることが分かり直常公に関係すること、この仏様を作る経緯を詳しく書いていると考えられる。それを守るために外側を仏様にしたと考えられる。何十年後かに修復で胎内から巻物を取り出すことができたら分かるでしょう」と残念そうに話していた。

  仏師の那須川さんは「奇跡的なほど状態がいい。通常なら金箔(きんぱく)はだいぶ落ちているはず、装飾品もほぼ完全な状態で保存されている。仏像としても素晴らしいが、納経箱という表現をしたくなる変わった構造、仏師に依頼した八戸南部家の執念を感じさせる。こうした仏像が残っているということは大変に貴重」と話し、300年以上前の仏師たちが技術の粋をかけて制作した観音像の仕組みに驚いていた。

本ページ掲載内容の無断転載を禁じます
ホームページに関するお問い合わせ、取材に関する情報は
E-Mail:hensyuu@morioka-times.com
盛岡タイムス宛てにお願いします