2010年 7月 28日 (水)

       

■ 〈口ずさむとき〉187 伊藤幸子 「岡本かの子」

 年々にわが悲しみは深くしていよよ華やぐ命なりけり
                              岡本かの子
 
  岡本かの子といえばこの歌。寂聴さんが美しいハードカバーの「いよよ華やぐ」を出されたのは平成11年。長寿社会を反映させて、80代から90代の超元気現役女性たち3人の恋物語で話題を呼んだものである。読み進めれば寂聴さん自身の体験らしい場面描写や、すぐそれと知れる古今東西の文人達が目にうかぶ。

  私はこの本にしばらく遊び、やっぱりかの子本人の世界に返りたくなって、彼女の昭和13年作の小説「老妓抄」を何十年ぶりに読んでみた。おもしろいのなんのって。昔、普通の主婦感覚で読んだときは、一般の常識的な生活とは違う粋筋(いきすじ)さんや花街の世界にアレルギーが先立った。幾重にもねじれ、継がれ折り重なって密々と織り上げられる「愛」という名の極上の反物を見る目が磨かれていなかったと省みる。

  平出(ひらいで)園子という老妓は語る。「何人男を代えてもつづまるところ、たった一人の男を求めているにすぎないのよね。いかに運の籤(くじ)のよいものを引いたとて、現実は切れ端は与えるが全体像はいつも眼の前にちらつかせながら次々と人間を釣って行くものではなかろうか」と言わしめる筆力。人間の業、渇仰(かつごう)の姿か。

  仕事であれ恋であれ混り気のない一途な姿を求めてきた老妓は、このところ和歌に打ち込み「いよよ華やぐ」の一首を添削してほしいと作者に頼む…という章で物語は終わる。

  もうひとつ私が掲げたい作品に「美しき容姿のみめでて夫としぬこのぜいたくにまさるものなし」かの子23歳頃の歌がある。大正昭和初期の漫画家岡本一平と大恋愛の末明治43年結婚、翌年長男太郎出産。「夫としぬ」の歌は兄大貫晶川にあてた書簡集に収録。かの子の美形好みと大空に言挙(ことあげ)している得意の顔貌が伺える。

  常々かの子は「芸術は生活の奴隷ではなく生活の王者の饗宴である」と主張し、後年はさらに仏教文学者としても名をなした。また一時期、夫の外に二人の若い男性とも同居して話題になったりもした。

  芸術至上主義を貫いたかの子は昭和14年、脳充血にて逝去、50歳。老を知らず、夫一平より9年も早く旅立った。多摩霊園の岡本家の墓には、太郎制作の「太陽の塔」に似た小像が建つ。氏も平成8年、85年の生を閉じられた。

本ページ掲載内容の無断転載を禁じます
ホームページに関するお問い合わせ、取材に関する情報は
E-Mail:hensyuu@morioka-times.com
盛岡タイムス宛てにお願いします