盛岡タイムス Web News 2010年 10月 6日 (水)       

■ 〈口ずさむとき〉197 伊藤幸子 カンナ眼にしむ

 ひとときの安らぎもなき 明け暮れに娘が求め来し カンナ眼にしむ
                                          林きみ

  盛岡市上田の岩大通りで、丈高いカンナのひと群が咲いている。そこを通る度、八戸に生きた女流歌人の歌を思い、思い出すことで長い交わりのご恩返しにでもなればと考える。

  歌集「カンナ眼にしむ」、平成14年11月刊行の濃紺絹貼り表紙に黄のカバー付美装本。

  この年は、それまで長編ミステリーを精力的に書いておられた高村薫さんが、全く路線の違う「晴子情歌」上下巻を出され話題を呼んだ。70年代半ば、遠洋マグロ漁船で働く息子に、母親晴子が百通をこす旧字旧かなの手紙を書いて圧巻だ。大阪生まれの氏がかくもみごとに青森弁を駆使してぐいぐいと迫る。私はついこの大河小説と、息の長い林作品をだぶらせて鑑賞していることに気付く。

  大正4年生まれの林さんの「あとがき」によれば「母の実家は岩手県の一小村で、元士族のせいか盛岡から師を招き、祖母は幼少から読み書き和歌などの教育を受けた人でした。」とあり、きみさんが生まれたのは八戸市の老舗の呉服屋だった由。大正ロマンの世情から、戦前戦後のめまぐるしい転変は、ことにも当時の女性達には堪えがたいものがあったと思われる。

  「追憶は悲しきものか年ふればなほ鮮やかに吾をさいなむ」思い出し、さいなむ記憶の辛さとは、掲出の「ひとときの安らぎもなき明け暮れ」の緊張感とも併せ、たじたじとなる。

  やがて5人の子を連れて離婚。「人生の半ばを過ぎて職を得し喜びすでに金にはあらず」と詠む昭和37年。青森日赤病院に勤め、老年まで働く歌がみえる。「心ひらき語ればすぐに入りてくる人の情もときにうとまし」人づきあいのむずかしさ、心の均衡を保つ修練を見る。

  私が親しくさせて頂いたころの林さんは、一切の苦を感じさせない大らかな明るい方だった。5人の子のうち中年男子2人までも急死という逆縁にも会われた。「逆縁は悲しかれども子の一生見届け死ねるを幸せとせむ」との覚悟。そして「他人はみなわれの年齢を知りたがる達者なことは不思議なことか」と笑い、「日々たまる雑事のメモを消してゆくこのささやかな老いの征服感」のいさぎよさ。一昨年、93歳の生を閉じられた。母の手紙を読むように、なつかしく情深い一巻である。
  (八幡平市、歌人)



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