盛岡タイムス Web News 2010年 10月 17日 (日)

       

■ 7万個の経石埋設か 盛岡市上飯岡の長善寺で出土確認

     
  長善寺の境内に竪穴住居や経塚が発見された館野前遺跡  
  長善寺の境内に竪穴住居や経塚が発見された館野前遺跡  
  盛岡市上飯岡の長善寺境内で16日、館野前遺跡の1次調査の現地説明会が行われた。館野前遺跡は長善寺の位牌堂新築に伴い盛岡市教委が9月から調査している。これまでに平安時代の竪穴住居跡や江戸時代の経石などが発掘された。長善寺を中心に古くから地域が発展してきた歴史を物語る。経石は法華経の文字数と同じ約7万個埋まっていたと見られ、寺が信仰のよりどころであったことをうかがわせた。説明会には約100人が参加した。

 館野前遺跡は飯岡山のふもとにあり、これまで発掘されたことがなかった。長善寺が位牌道を新築するにあたり盛岡市が調査した。竪穴住居跡、遺跡、柱穴、水場遺構などが発掘された。出土した遺物は平安時代(9世紀〜10世紀)の土師器(はじき)や須恵器(すえき)、江戸時代の経石、陶磁器、古銭、煙管、砥石(といし)など。

  説明会で長善寺の晴山弘己住職は「この寺はさまざまな人たちが護持してきたと思われる。地域の皆さんと地元の歴史を見たい」とあいさつし、寺を支えてきた祖先に感謝した。盛岡市遺跡の学び館の佐々木亮二文化財主任が説明にあたった。

  竪穴住居跡は平安時代の5棟が発見された。方形で壁際にはかまどが構築され、排煙の煙道が掘られ、当時の土器が残されていた。

  佐々木主任は「住居を使わなくなって移動するとき、かまどの中に土器を残している。かまど納めなのか、ぎっちりと詰まっていた」と話し、当時の営みを見ていた。

  古銭は江戸時代の寛永通宝と明道通宝が出土した。明道通宝は宋銭で、大陸からの渡来品。古くから貨幣経済があった。経石は経塚の中から発見され、小石1個ごとに経文1字を墨書した「一字一石経」が埋納されていた。経塚は現地保存するため埋め戻された。

  佐々木主任は「法華経の文字数ほどあるとすれば7万個近く。石は住職ひとりでは集められないので、村内のさまざまな人がかかわったと思われる。結縁で仏とかかわり、仏と縁を結ぶ。村の共同体の結びつきを深めたのではないか」と話していた。


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