盛岡タイムス Web News 2011年 1月 20日 (木)

       

■ 〈音読・現代語訳『あこがれ』石川啄木〉41 望月善次 ひとつ家

 濁った俗世間の嵐に怒りを覚え、荒磯の静かさの中にある寂しい一軒家に私は逃れたのです。今や沈もうとする入日は私を見つめ、私もまた入日を見つめながら「永遠の光よ。全てを葬ってください。」と叫ぶのです。
 
  ■ひとつ家
 
にごれる浮世の嵐に我怒(いか)りて、
孤家(ひとつや)、荒磯(ありそ)のしじまにのがれ入りぬ。
捲き去り、捲きくる千古の浪は碎け、
くだけて悲しき自然の樂(がく)の海に、
身はこれ寂蓼兒(さびしご)、心はただよひつつ、
靜かに思ひぬ、-岸なき過ぎ來(こ)し方、
あてなき生命(いのち)の舟路(ふなぢ)に、何處へとか
わが魂(たま)孤舟(こしう)の楫(かぢ)をば向けて行く、と。
 
夕浪懶(ものう)く、底なき胸のどよみ、
その色、音皆不朽(ふきう)の調和(とゝのひ)もて、
捲きては碎くる入日(いりひ)のこの束(つか)の間(ま)-
沈む日我をば、我また沈む日をば
凝視(みつ)めて叫ぶよ、無始(むし)なる暗、さらずば
無終(むしう)の光よ、渾(すべ)てを葬むれとぞ。
                 (甲辰六月十九日)
 
  ■〔現代語訳〕ひとつ家
 
私は、濁った俗世間の嵐を怒り
この寂しい一軒家、荒磯の静かさの中に逃れて来たのです。
巻いては去り、再び巻いてくる古い歴史を背負う波は砕け
砕けて、悲しい自然の音楽をなす海に向かい
ああ、私は孤独な寂しい人です。(行くべきめあての定まっていない)心は漂いながら
静かに思うのです。- (辿り着くべき)岸もない過去
(しっかりとした)当てもない生命の船路において、一体、何処に向って
私の孤独の魂の船は、舵を向けたら良いのでしょうか、と。
 
夕べの波は、物憂く、底も知れぬ胸に淀んで
その色や音は、朽ちることのない調和をもって
入日のこの瞬間にも巻いては砕けるのです-
ああ、沈んで行く日が私を見つめ、私もまた沈んで行く日を
じっと見つめて叫ぶのです。無限の闇よ、さもなくば
永遠の光よ、全てを葬れと。
                             〔明治三十七年六月十九日〕


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