盛岡タイムス Web News 2011年 2月 11日 (金)

       

■ 盛岡さんさが県文化財に 4団体を指定へ

 県文化財保護審議会(会長・大矢邦宜盛岡大教授)が10日、開かれ、新たに7件を県指定文化財にするよう県教委に答申した。答申されたのは▽木造六観音立像(もくぞうろくかんのんりゅうぞう)葛巻町▽木造青面金剛立像(もくぞうしょうめんこんごうりゅうぞう)二戸市▽盛岡藩「雑書」寛文六年(盛岡市)▽豊吉之墓(一関市)▽鵜鳥神楽(普代村)▽篠木神楽(滝沢村)▽さんさ踊り(盛岡市)|。今回の答申により、県の文化財は356件に。有形文化財の彫刻は73件、古文書は3件、歴史資料は8件、無形民俗文化財は27件となる見通し。

 「さんさ踊り」は、盛岡市の無形民俗文化財として17の保存団体が指定されているが、県の文化財指定は初めて。今回は特に古くからの踊り形態をきちんと伝承し、後継者育成など現在も活発に活動している三本柳さんさ踊り保存会(藤沢清美代表)、黒川参差踊連中(松本敏邦代表)、大宮さんさ踊り保存会(原田和子代表)、山岸さんさ踊り保存会(阿部利弥代表)の4団体を答申した。

  三ツ石神社の悪鬼退散を祝い、鬼が手形を押した大岩の周囲で踊り狂ったことを由来とする説が一般的だが、黒川さんさ踊りのように関東武士の先勝祈願の踊りが原点と伝えられているものもある。

  踊りの発祥は近世初期の城下盛岡の都市形成期のころとみられる。近世後期になると、神社の境内や広場で踊っていた者の中から「踊り連中」が編成され、旧の盂蘭盆に花笠や腰帯を付け、地域の家々を回って踊り供養する形態が登場。さらに市街の中心地域で、家ごとに門付けして踊る町流しの踊り形態も生まれ、これらが伝統さんさ踊りとして現在に伝わっているという。

  県教委などによると、毎年8月に「盛岡さんさ踊り」としてパレードが行われているのは、各地の舞を簡略化し、誰もが踊れるように統一したもの。観光イベントとしての側面が注目されがちだが「伝統芸能としての価値を改めて見直すきっかけに」と今回の答申に至った。4団体以外の団体も、調査の進行や団体の活動状況など条件が整えば順次、県指定の対象に加えていく方針だ。

  一方、滝沢村の篠木神楽は、坂上田村麻呂を祭る田村神社の奉納神楽。神職である社家の齋藤家が代々担ってきた神楽で、現在は篠木神楽保存会(堰合善一会長、会員27人)によって伝承されている。演目は天の岩戸開き、鳥舞など全部で30ほどあり、中でも12種類の印を結んで舞う山乃神舞は珍しい。 

  もともと岩手山の修験が担ってきた神楽だが「社風神楽(みやぶりかぐら)」として盛岡藩に保護されてきた歴史があり、藩政期の政治、宗教、芸能の関係を体現し、山伏神楽の変遷の過程や地域的な特色を示すものとしても貴重だという。

  保存会事務局の武田勝さん(62)は「県の指定を機会に活動をさらに大きく広げたい。演目の復活にも取り組まなければならず、若い人にどんどん参加してもらえれば」と話していた。

  有形文化財に答申された豊吉之墓(一関市真柴)は一関医師会の所有。天明5年(1785年)に斬罪に処された豊吉の遺体を解剖した一関藩医らが、その由来を刻して解剖の事績とし、豊吉の霊をとむらったもの。東北で3例目の人体解剖で全国でも2番目に古い人体解剖碑。大槻玄沢に代表される一関藩領の蘭学の浸透を伝える貴重な歴史資料と評価された。

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