盛岡タイムス Web News 2011年 7月 4日 (月)

       

■ 〈不屈の意志〉風月堂・小笠原章社長に聞く 競争の構図は変わらず

     
  風月堂の小笠原章社長  
 
風月堂の小笠原章社長
 
  盛岡市川目の風月堂は創業84年の老舗の菓子製造会社。9店舗を運営する。3代目小笠原章社長(62)は県菓子工業組合副理事長を務める。被災者支援などに力を入れてきた。震災から100日を経過し菓子業界は以前のように競争が激化しているという。小笠原社長に震災からの経過と菓子業界の現状などを聞いた。
(大森不二夫)

     -震災時はどうだったか。

  小笠原 地震のとき工場にいた。揺れは確かにあったが、この地域は地盤が強く、それほどの揺れではなかった。建物も大丈夫だった。建物や機械、人への被害はなかった。ただ2日間停電したため生菓子などはアウトで、大変なロスが発生した。額にすれば300万円ほどの損失。痛手だったが在庫もやられていたら2千万円ほどの被害額になったろう。

  冷凍庫は2日間でマイナス30度がマイナス20度に落ちた程度で、冷凍していた食材は大丈夫だった。停電中の2日間工場も動かないため、従業員を自宅待機させた。3日目からは通常通り働いた。問い合わせも殺到した。幸い震災前に3月、4月用の小麦、砂糖などの原材料を大量に仕入れていた。卵は被災を逃れた秋田県のキューピーの工場から仕入れた。

  入手が困難だったのは牛乳だった。盛岡やその周辺の牛乳製造会社などを走り回ったが、駄目だった。ほかの原料はそろっているのだが。牛乳を多く利用する企業などに目を向けた。あるホテルに行き当たった。そこのホテルは県外の牛乳製造会社から仕入れており、震災時も入荷していた。その会社を紹介してもらい、新たな牛乳ルートの確保ができた。灯油、原油などはたまたまあるルートから入り、工場で使用するジーゼル機も動き、配送用の車も使用できた。

  これまで取引のなかったところからも注文が入った。3月は前年同月比で0・1%ダウンだった。4月は40%増で一気に増加した。5月も20%増で、3月のロスの穴埋めができた。

  -被災地への支援は。

  小笠原 当組合で被災者への菓子の提供を行ってきた。当組合員数は220社だが、沿岸部や県南で被災した組合員はそのうちの60社ほど。沿岸部の被災した組合員は、被災状況はさまざまで、統一した支援はできないが再開の意思がある組合員には、当組合の上部団体も含め、義援金や菓子道具類などの支援をしている。

  仮設の店舗で再開した組合員もいるがまだまだ少ない。後継者がいない組合員は廃業も考えているようだ。後継者がいる組合員は復活を目指している。当社では近々、復活を目指す宮古の組合員に使用していないドラ焼き器を無償で提供する。仮設店舗を構えても営業が順調に行くには時間がかかろう。

  菓子はあくまで嗜好(しこう)品でもあるので。これから組合としては当面、被災地への菓子の提供はしない。地場の菓子店が困るから。

  -被災者の雇用にも力を入れるようだが。

  小笠原 最近、当社で被災者の面接をした。当社としては前向きに採用するつもりだった。しかし採用に至らなかった。当面盛岡で働くが生まれ育った沿岸部に戻り働きたいと言われた。故郷への思いは分かるが。なかなか難しい問題。

  -震災から100日以上が過ぎたが地場の菓子業界はどのような状態か。

  小笠原 震災後も県外大手との戦いの構図は変わらない。コンビニのスイーツも強敵。1個100円台で売っている。しかもうまい。ミスタードーナツも次々新たなスイーツを投入している。こちらも100円台。地場の菓子店のスイーツは300円台。当社も。これだけでは対抗できない。100円台のスイーツで対応しなければならない。

  地域経済は依然、デフレの状態。ファミレスでは4人家族が3品を分けて食べる光景もある。いずれ競争は激化しており、生き残らなければ支援もできない。当社では夏場に向けた冷凍のレアチーズの販売を開始した。新商品開発でも負けられない。


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