盛岡タイムス Web News 2011年 7月 9日 (土)

       

■ 〈賢治の置土産〜七つ森から溶岩流まで〉219 岡澤敏男 象の頭のかたちの丘

 ■象の頭のかたちの丘

  新潟出身の小川未明に「角笛吹く子」という北国の早春の不安げな風情を描いた童話がある。

  南の町には春が訪れているが、北の山はまだ冬のままという季節のはざまに、北を擬人化した老婆と子供が南の町を訪れる。町におびえる子供を老婆はなだめ、雪深い北の山に連れ帰る。その中に子供が角笛を吹き狼(吹雪)を呼び寄せ、羽を持つ老婆は雪雲に羽ばたく情景があるのです。

  同じ北国の賢治も「水仙月の四日」に不安げな早春を舞台にして、やはり雪嵐を擬人化した「雪婆(ゆきばんご)雪童子(ゆきわらす)雪狼(ゆきおいぬ)」を登場させている。賢治の描きたかったのは四月四日という〈特異日〉の荒れ狂う吹雪の恐ろしさだったのです。

  特異日とは「一年のうち、ある特定の日に、その前後の日と比べて、偶然とは思われないほど多く、ある気象状態が現れる現象」(『大百科事典』)だという。

  気象研究者の根本順吉氏は気象庁の資料により大正時代の天気図を3年ほど調べた結果、東北地方の4月4日の気象はいずれも「日本海を発達した低気圧が通過する荒れ模様の天気であることがわかった」と述べている通り、「水仙月の四日」とはそうした特異日のメルクマールとして造語された美しい暦日名と考えられます。

  この童話は、吹雪の特異日をうっかり忘れて遭難する子供をからませ、子供たちに注意を喚起させようとする賢治の配慮がみられます。

  童話は太陽が「まばゆい白い火をどしどし焚いて」台地の雪を「いちめんにまばゆい雪花石膏の板に」するような穏やかな日曜日の昼頃、「ひとりの子供が、赤い毛布(けつと)にくるまつて、しきりにカリメラのことを考へながら、大きな象の頭のかたちをした、雪丘の裾を、せかせかうちの方へ急いで居りました」で始まっています。

  やがて東の海の方で「空の仕掛けを外したやうな、さいさなカタツという音が聞え」てくる。これは春を呼んだ低気圧が東の洋上に抜けると「冬を呼び戻す低気圧」に切り替わる仕掛けの音だったのでしょう。

  やがて大陸から「冬の戻り」の北風が奥羽山脈を吹き抜けてきました。次第に天候の荒れていくさまを雪童子(ゆきわらす)と2疋(ひき)の雪狼(ゆきおいぬ)をもって描き、やがて雪婆んごが西から連れてきた3人の雪童子と9疋の雪狼の動きによって雪嵐の猛威が精緻に描写されるのです。

  この雪嵐の描写は「ひとり童話のみに限らず、あらゆる文学作品を通じ、雪を描いてこれほど光彩陸離たる文章を私は見たことはない」(和田利夫『宮沢賢治の童話文学』)、「わが国の雪嵐をゑがいた文学作品として当然最高のもの」(寺田透「宮沢賢治の童話の世界」)と絶賛されるほど高く評価されている。

  たしかに、この雪嵐の猛威のさまは体験者ならでは描き得ないものがあり、長篇詩「小岩井農場」パート四、パート九で賢治は雪嵐(地ふぶき)に包まれ「凍えさうになりながらいつまでもいつまでも/いつたり来たりして」、雪嵐の内部から「雪婆んご、雪童子、雪狼」の動作(気流の動き)を体感した表白があり、その片鱗をかいま見せている。

  このような「四月四日」の特異な気象と、気づかず遭難する人命を悼んだ賢治が童話「水仙月の四日」を創作し、子供たちを読者に「カリメラ好き」の子供が遭難するスリルと無事に救出されるというハッピーエンドを構想したものと思われる。その救出構想の背景に存在するのが〈象の頭のかたちの丘〉だったのです。

 ■童話「水仙月の四日」から雪嵐場面の抜粋

  雪童子の眼は、鋭く燃えるやうに光りました。そらはすつかり白くなり、風はまるで引き裂くやう…その裂くやうな吼えるやうな風の音の中から、

「ひゅう、なにをぐづくづしてゐるの。さあ降らすんだよ。降らすんだよ。ひゆうひゆうひゆう、ひゆひゆう、降らすんだよ、飛ばすんだよ、なにをぐづぐづしてゐるの。こんなに急がしいのにさ。ひゆう、ひゆう、向ふからわざと三人連れてきたんぢやないか。さあ、降らすんだよ。ひゆう。」あやしい声がきこえてきました。…雪婆んごがやつてきたのです。

  ぱちつ、雪童子の革むちが鳴りました。狼どもは一ぺんにはねあがりました。雪わらすは顔いろも青ざめ唇も結ばれ、帽子も飛んでしまひました。

「ひゆう、ひゆう、さあしつかりやるんだよ。なまけちやいけないよ。ひゆう、ひゆう。さあしつかりやつてお呉れ。今日はここらは水仙月の四日だよ。さあしつかりさ。ひゆう。」(以下略)


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