盛岡タイムス Web News 2011年 7月 20日 (水)

       

■ 〈不屈の意志〉道又時計店・道又和人専務に聞く
    被災者に時計1000個届ける

     
  道又和人道又時計店専務  
 
道又和人道又時計店専務
 
  盛岡市大通3丁目の道又時計店(道又一二三社長)では、震災で売り上げが激減しながらも、被災地へ時計を無償提供するなど地域貢献に力を入れた。被災した現場を見て、復興への難しさを痛感している。震災から4カ月が過ぎ、仕事も回復基調に戻りつつある。道又和人専務に、震災からの歩みや現場を訪ねての思いなどを聞いた。(大森不二夫)

  -震災時はどうだったか。

  道又 大通には、5階、6階建てのビルが並ぶ。ビルが壊れ出したら、おしまいだという気持ちが強まり、周辺のビルを見回した。グラグラ動きはしたが、どのビルも壊れていなかった。日本の建築の耐震性の素晴らしさを痛感した。
  揺れが収まってから店に急いだ。社員は、お客を非難させてから一カ所にいた。お客も社員も無事だった。店内の壁のはめ込み部分の一部が落ちた程度で、時計も貴金属類も全て大丈夫だった。
  ただ停電だったので店内もウインドーケース内も真っ暗。ガラスケースが多いので、みんなでテーピングをして社員を家に帰した。夕方から不夜城の大通が真っ暗になった。これまで電気がついているのが当たり前として暮らしている。しかし、それも電気があればこそ。その当たり前のことを学んだ。自然が生物であること、地球が生きていることも感じた。

  -再開からの動きは。

  道又 11日から13日まで停電のため休業した。売り上げはゼロ。14日以降は店を開けた。もちろん売り上げの見通しは立たない。3月、4月は新入学や入社式など晴れの日が続き、結婚式の指輪などの需要が旺盛な時期。いつもなら沿岸部からもお客が来る時期でもある。
  しかし、この大震災。今市民がほしいものは水と食料だ。私も近所のスーパーに並んだ。店が開いていても食料や電池以外の需要はない。当然、当店も開けているだけ。置時計や掛け時計が落ちて動かなくなり修理に来たケースはあったが、それほど多くない。3月、4月は30%ほど減少した。その後は徐々に動き出したものの、まだまだ。7月に入り、9月以降に挙式するカップルが結婚指輪を購入するケースが増えてはいるが。

  -その間、被災地へ支援してきたが。

  道又 被災地の悲惨な情報が流れるたび、時計屋として何ができるか考えた。衣料や食料は届けられている。日々の生活の中で時計の役割は重要ではないかと考え、メーカーに協力を求めたら、400個の新品時計を寄贈された。これだけでは足りないと思い、ネットを活用して呼び掛けた。なんと1千を超える時計が集まった。ただ、使用した時計も多く、修繕が必要なものや電池換えが必要なものもあった。当店の従業員は手分けして全ての時計を点検し、当店に取り置きしていた電池に換えた。この作業が大変だった。日々の仕事に支障をきたさないようにと早朝などに行った。せっかく渡したのに時計が動かないなんてそんなことはしたくない。これに10日ほど日数がかかり、避難所に届け出したのは4月下旬から。4回ほど被災地を回り時計を提供した。大変感謝された。

  -沿岸部を見てどんな印象を持ったか。

  道又 私も釜石の叔父を亡くし、何度か被災地を訪ねている。悲惨な状況で、終戦後の状態のイメージを持った。街が消えた所もあり、ここで仕事を再開するのは大変厳しいと感じた。叔父も含めて高齢者が多い。大変失礼な言い方かもしれないが復興には若さが必要だ。支援には金も必要だ。50万や100万で立ち直れるのか。支援するにせよ1千万円単位が必要だ。自分がこのような状況にあれば、再開するための先立つものとしてどうしてもある程度の金は要る。金だけがすべてではないが立ち上がるには必要だ。政治家が被災地に視察に行き励ましの言葉を述べているが、もう言葉は要らない。今一番必要なことをすべき。かわいそうと言うことよりもっと現実的な支援を。


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