盛岡タイムス Web News 2011年 7月 20日 (水)

       

■ 〈口ずさむとき〉238 伊藤幸子 「震災歌人」

 号泣して元の形にもどるなら眼(まなこ)つぶれるまでを泣きます
                             加藤信子

  2011年7月15日号「週刊ポスト」を買ってきた。ここに、ジャーナリスト三山喬さんの岩手・福島・宮城 - 三十一文字に込められた魂の記録「震災歌人をさがして」の渾身のルポルタージュが掲載されている。

  震災の日から3カ月たった宮古市田老地区の加藤信子さん宅の敷地で、黙とうを捧げる加藤さん、田代時子さん、友人の鈴木京子さんの写真が痛々しい。そこにあった町の姿は消え、3人の足もとから先はやませの霧に被われて茫々とした津波の爪痕が続くのみである。

  今回取材に訪れた三山喬さんは、今年3月「ホームレス歌人のいた冬」を刊行。「人は極限状況に置かれたとき、表現という形をとることができれば、絶望や自己嫌悪の淵に落ちこんでしまうことなく、生きる力をよみがえらせる第一歩となるのではなかろうか」との思いを強くしたとあり、私はこの本を2晩で読み終えた。

  はてしもない都会の人波の中に、たった一人のホームレス歌人をさがし続けて1冊にまとめたところで、今度は途方もない人命を攫(さら)い、日々の暮らしを根こそぎ奪いさった大震災に遭遇した。「短歌という三十一文字の表現は、『魂の言葉』となる。絶望の淵に立たされた者の歌は、歌を詠む行為そのものが生きる営みとなる。私はこの旅で、極限の言葉のもつ力に触れてみたかった」と語られる。

  この日同行した鍬ヶ崎の田代時子さんも歌人で和菓子やさんのおかみさん。被災後、生家のあった地区もすっかり景観が変わっているという。「思い出が思いおこせない津波跡がれきの脇にタンポポの咲く」切ない光景である。「思い出が思いおこせない」喪失感はいかばかりか、ましてや思い出を語りあう人々を永久に喪った嘆きははかりしれない。

  今、盛岡タイムス紙で「東日本大震災・北宴特集」が毎日掲載されている。一人7首から14首、個々の体験、感覚が表現されて圧巻だ。加藤さん田代さんは古くからの「北宴」同人である。私は今、県内外の方々にこの震災詠の新聞をオビ封で送って喜ばれている。加藤さんは「歌を詠む気持になったのは、一ヶ月以上たってから。三月いっぱいは避難所暮らし。一気に落ちこんだのは夫と宮古の集合住宅に移ったころで、何もかも失ったと泣きました…」でも「歌が心を癒やしてくれる。今はそのことに感謝しています」とのこと。本当に何ものにもかえがたい心の叫びであろうと思われる。(八幡平市、歌人)



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