盛岡タイムス Web News 2011年 8月 4日 (木)

       

■ 〈肴町の天才俳人〜春又春の日記〉36 古水一雄 「第29冊」春草録並夏草録その2

 仏事も慌ただしく一通り済ませ、5月3日には忌明け御礼のために昼前に160軒ほど回ってきている。それでも1日では終わらず、翌々日にも終日奔走している。
 
    (5月7日)
    遺産相続、改名届、紛々又紛々
 
    (5月8日)
    高幸主人、久保寅主人、鍵新老人、
    山陰老人、通来ル、相談相談、夜ニ
    至りて散ジ去ル、
 
    (5月11日)
    改名ノ件、遺産相続ノ件、高幸主人、
    山陰主人、久保寅主人、久保文主人
    来ル、夜佐羽内公證人来ル、皆去ル、
    十一時就床、雨、
 
    春の夜や遺産目録筆を捉(と)る
 
    四五人に灯(とも)す遺産目録春の
    宵
 
  親族会議が開かれた。当然長男である春又春が久保庄の跡を継ぐことになるのだが、親族会議では改めてそのことを確認したのであろう。公証人を交えて正式に決定したのだ。
 
  連日の墓参のかたわら句作に励んでいたが、商品の仕入れのために上京することになった。
 
    (六月十日)
    午前一時何分出車、久保寅主人見送
    ル
    田村處々幟、車中商人尚貪眠、日午
    過水戸飽食梅羊羹、頻思黄門白髪翁
    仙台未ダ田掻キ終ラズ、相馬已に田
    植スル見ユ
    海岸線ノ白沙青松
    相馬ノ幟ノ多キ事、山間處々ノ幟、
    着京、不躰裁ヲ鳴ラシテ客情轉
    夕寂寥、鴨南蛮二ワン
 
  久保寅主人に見送られて東京に向かった。車窓からは田植え仕事の様子も見える。列車が着くと早速仕入れのために店を廻り始めるのだが、ゆっくり食事を摂っている暇もない。その様子が留守宅に知らされている。
     
  相続税領収書  
 
相続税領収書
 
 
    (六月十一日)
    留守中の繁雑さこそと存じ候、今日
    ハ朝より出掛け本屋四五軒を流し博
    文館會讀堂、丸善に入て洋品の仕入、
    昼食の馳走を受け、それより林平書
    店に一憩、共同販売所楼上と談じ、去
    って榊原書店にて主人の愛嬌談をき
    ゝ電車に乗り誤つて京橋に迂回し、
    日比谷に乗替ひて本郷に下車致し、
    美満津商店の陳列場を参観し、運動
    器具見本少々仕入候、風塵漸く強く
    雨も又落ち来り候故電車にて須田丁
    まで来り候に雨もやみ候故下車、鍾
    美堂にて暗射地図(意:白地図)な
    どの話あり、徒歩風に吹かれて帰宅
    致し候ハ五時半、致(ママ)る処茶
    ばかり出され候て一杯又一杯、帰宅
    直ちにこらひた小便を仕りたるに一
    時に空腹を覚え候呵々、
 
  店廻りもするのだが、翌日には逆に訪ねて回った店から宿に訪ねてくるので、日記を書く暇もないのである。
  さて、翌日からも仕入れのために駆け回るが、かつて遊学していた頃に歌会のために訪ねた伊藤左千夫の家の辺りや、通学していた正則英語学校の白亜の校舎を眺めながら、意気盛んであった当時と商人として駆け回っている今の自分を重ね合わせて隔世の感を抱くのであった。
  1日休養をとって久々に左千夫宅に土産の鉄瓶を持って出掛けたのだが、あいにく左千夫は出掛けていていつ帰るともしれない様子であったので、鉄瓶の入った箱に名刺を添えて悄然(しょうぜん)と宿に戻る羽目になったのである。
  こうして8日間で70軒程の店を訪問してあれこれ仕入れ、19日にはせっかく上京したのだからといって日光見物をして帰盛したのであった。


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