盛岡タイムス Web News 2011年 8月 5日 (金)

       

■ 〈潮風宅配便〉59 草野悟 崩落したJR山田線閉伊川鉄橋と戦争の傷跡

     
   
     
  3・11の大津波で閉伊川の河口にかかる山田線の鉄橋が流されました。どうやってこの巨大な鉄の塊を流すのだろうと想像しますと、自然の猛威は私の頭では分析できません。この鉄橋の下100b先に私の住まいがあるのですが、無事でした。周囲からは「悪運強すぎ」など散々言われております。

  この巨大な鉄橋をJRが引き上げました。その鉄橋を良く見ますと、無数の銃痕があります。分厚い鉄板が盛り上がっています。戦時中米軍の戦闘機から放たれた銃弾の跡です。

  震災救援に「ともだち作戦」として多くの米軍が駆けつけてくれました。「時」とは不思議なものです。機銃掃射を受け、そして時がたち救援に駆けつけてもらう、何とも変な感じです。

       
   
       
  でも今でも宮古災害ボランティアセンターには三沢基地から米軍さんたちが支援に駆けつけてくれます。炎天下の中、屈強な体で重機よろしく重いがれきを撤去してくれています。英語っぽく「へ―イボブ」と叫ぶと、手を振って応えてくれます。こんな人間同士が戦争していたんですね。

  でも今は、県境や国を越え、多くのボランティアが集まっています。和歌山大学の酒井君は、夏休みに50名ほどでボランティアに行きます、と連絡をくれました。うれしいですね。ありがとうございます。

  まざまざと見せつけられた恐ろしい大津波、いまなお傷が癒えない住民の方々。深刻な精神障害を起こしています。「高台に移れと言われても、そこから毎日仕事場の海に通うには年を取りすぎました」と漁業の老夫婦。

  10年後の復興計画の意味は分かりますが、きょう、あすの「見える支援」こそ、いま一番必要なことです。「ガンバレ」と叫ばれても、身動きできない人たちがいます。震災から間もなく5カ月。支援する側の叡智(えいち)が試されています。
(岩手県中核観光コーディネーター)

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