盛岡タイムス Web News 2011年 10月 8日 (土)

       

■ 〈賢治の置土産〜七つ森から溶岩流まで〉232 岡澤敏男 理助の妻の不審死

 ■理助の妻の不審死

  滝沢御料地の馬番の理助が翌年の春に北海道の新冠御料牧場へと転勤させられたのは、たぶん理助のおかみさんの不審死と関係がありそうです。おかみさんが「塩魚の頭」を食べ中毒死した事件があったらしい。理助は妻を毒殺した嫌疑で3カ月も監獄に収容されたという。

  この事件のことは童話「谷」には伏せていますが、晩年になって理助とハギボダシのことを懐かしく回想した文語詩「秘境」(「文語詩 未定稿」)の先駆形にそっと書き遺しているのです。

  その事件の内容は「谷の上の秘境に来たりて/その漢子(おとこ)蒼穹(そら)に息せり/秋の陽は草にかゞよひ/はうきだけをちこち群れぬ」(第一連)に始まる4行7連からなる「秘境」先駆形の第5〜6連に挿入されています。この詩は第一連に描く措辞から童話「谷」の翻案であると理解される。「漢子」とは理助のことを指しています。
 
  きららかに風は来たりて
  樺柏さんさんと鳴り
  漢子またそらに息して
  はて青き野をのぞみ言ふ
 
  まがつみはかしこにぞあれ
  塩魚の頭を食みて
  わが妻のもだえ死せしに
  われ三月囚へられにき
 
  これをみると理助(漢子)が3カ月も監獄に収容されたという。いったい、どうしたことなのか。それは理助の妻が「塩魚の頭」を食べ「もだえ死」したらしく、その不審死に毒殺との嫌疑をかけられたものとみられます。

  理助はこの「まがつみ(災い)」は「かしこ(遠い処)」にあると言って、遠い彼方の青い野を指しているから、茫漠としてはっきりしないということなのでしょう。つまり、原因がさっぱり分からないという意味にとれます。

  「塩魚」は「塩びき魚」のことで、この地方では塩鮭のことを「シオビキ」と呼んでおり「塩魚の頭」とは塩鮭の頭を指すとみられる。

  塩鮭の頭を食べて不審死をとげた理助のおかみさんを警察は毒物死、食中毒死の両面から調査を進め、理助は3カ月間も未決のまま収監されたのです。

  この食中毒は、塩鮭の頭を焼いたり煮たりしたものではなく「鮭のいずし」によって生じたものとみられます。北海道は「鮭のいずし」が有名で通常は新鮮な生鮭を使うが、塩鮭でも「水さらし」して塩を抜き、頭も薄切りにして用いる場合がある。

  理助は北海道で「鮭のいずし」の作り方を覚え、シオビキが出回る11月頃には毎年「鮭のいずし」を作って正月のごちそうにしていたのでしょう。

  「いずし」に関係深い食中毒にボツリヌス中毒がある。発生頻度は比較的低いにもかかわらず、死亡率がきわめて高い中毒といわれる。

  ブドウ球菌による中毒のように下痢、嘔吐症状などはなく、ボツリヌス中毒では長い潜伏期間を経て神経麻痺症状が現れる。

  音声や嚥下に障害を起こし、腹部が膨れ、便秘や尿閉が現れ、最終的には呼吸筋麻痺症状で苦しみ死ぬという。理助のおかみさんは下痢や嘔吐もなく「もだえ死んだ」ということは、ボツリヌス中毒による神経麻痺症状をうらづけているものです。


 ■文語詩「秘境」(「文語詩 未定稿」)先駆形
 
  (第一連省略)
  黄ばめるは熟したるもの
  きみとりてまちにもたらせ
  白きにはきみな手ふれそ
  漬けてわが辛く喰みなん
 
  欝金をばきと結ひしめて
  その漢子頚をあぐれば
  焼石の峯に風鳴り
  樺柏うちきらめける
 
  まくろなる麻のもも引
  真鍮のひかりをみだし
  その漢子たゞひとりして
  あたらしきよきをあつめぬ
 
   (第五連・第六連省略)
 
  山なせる蕈をになひて
  欝金をばきと結ひ直し
  その漢子われをひきゐて
  その谷の秘処を去りにき


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