盛岡タイムス Web News 2011年 10月 20日 (木)

       

■ 〈いわて和菓子列伝〉10 黄精飴(長澤屋) 口伝の製法を守る

     
  片栗粉をまぶしてきめ細やかな仕上がり  
 
片栗粉をまぶしてきめ細やかな仕上がり
 
  ぐぐっとかんでみた。しっかりとした歯ごたえがある。もったり、もったりと。かすかな甘みがある。

  かすかな香りはアマドコロのせいだろうか。黄精というのはアマドコロと同じユリ科のナルコユリの一種の根茎で、古くから滋養強壮の生薬として使われた。初代の重吉さんが黄精と同様に滋養強壮の薬効があるとされるアマドコロを利用しつくったのが黄精飴だ。

  黄精飴は餅菓子の部類に入るが、水あめが入っていたから当時は飴と呼んでいたという。

  作り方はまずもち粉に水を入れ混ぜ蒸す。蒸しあがったものに砂糖、水あめ、アマドコロの地下茎を煎じた汁をいれ練り上げる。練り上げるのに数時間かける。

  季節や天候でその日の条件が変わる。出来に影響する。「寒いときはかたくなりやすい。夏に食べてもらったお客さんが冬に食べると硬かったと言われたこともあります」と6代目主人の阿部淳二さん。

  調整はどのようにするのだろうか。「配合は変えませんが、火にかける時間や水分の量などで調整します」。材料や配合は記録があっても、作り方は代々口伝えだけ。

  40歳の淳二さんは20歳のころお父さんから黄精飴の作り方を教わり始め、当時の職人にも教わった。お父さんに注意されたのは火加減。

  やはりその調節が難しいようだ。冬は火を長くかけすぎないよう、夏は冬場より長めにする。ちょうどよい硬さとなるようにする。「火加減は一番気を使います」

  練りあがったものを数日ねかせてから手作業で切る。冬場はかたいので作業を重ねるうちに包丁が親指の根元にあたり、痛くなるという。大量につくるわけではないこともあって機械を使わず手作業になる。製品をひとつひとつ包むのも手作業だ。

  水あめは曲者だ。冬の水あめはとてもかたい。かちんかちんと氷のよう。扱いにくい。

  梅雨時期も苦労がある。表面にまぶす片栗粉が湿り気をおびてしまうからだ。

  自然条件にどう対処するかは経験で覚えるしかない。そこまでは伝統は教えてくれない。嘉永6年(1853)創業の老舗の看板を背負う。老舗ときくと淳二さんの顔は引き締まった。
     
  「伝統とは守っていくものです」と若い6代目の阿部淳二さん  
  「伝統とは守っていくものです」と若い6代目の阿部淳二さん  

  「伝統とは何でしょうか」とたずねてみると淳二さんはちょっと考えて「守っていかなければならないものです」との答えが返ってきた。「よいものはとりいれていかなければいけないけれど、手作りが基本。変えずにいきたいです」

  淳二さんが伝統を感じるのは古いお客さんに「昔から食べている」などと言われる時だ。伝統が受け継がれてきた。もしかしたら代を経るうちに微妙に味が変わっているかもしれない。それも含めて伝統だろう。

  淳二さんの子どものころから黄精飴は身近にあった。20代の半ばころ配送なども担当し落雁もつくった。お父さんは今は第一線を退き、店の切り盛りは淳二さんが担う。

  商品の箱に南部めくら暦がデザインされている。これはおじいさんの謙吉さんのころからという。黄精飴は岩手の名物として定着し、今でもお土産の利用が多いようだ。普段のおやつとはならないが、「子どもがスナック菓子を食べるのを嫌うお母さんが来られることもあります」と淳二さん。

  アマドコロは天然ものだけでは足りないので、栽培したものも仕入れる。岩手産という。店内にかつてつくっていたと思われる菓子の名前があった。そのひとつに創業のころつくっていたものでカバノキ科の落葉低木の榛(はしばみ)の実を使ったものがあった。榛は病後の回復など生薬として使われたようだ。初代は体によい山のものが好みだったのだろうか。

  山のものは岩手らしさがある。そして餅との組み合わせ。山の素材と餅菓子の岩手の伝統が受け継がれている。(大谷洋樹=地域ライター)

本ページ掲載内容の無断転載を禁じます
ホームページに関するお問い合わせ、取材に関する情報は
E-Mail:hensyuu@morioka-times.com
盛岡タイムス宛てにお願いします