盛岡タイムス Web News 2011年 11月 28日 (月)

       

■ 〈幸遊記〉47 照井顕 川田義雄の浪曲セントルイスブルース

  2009年4月から、毎月第2、第4金曜日の午後3時半から、開運橋のジョニーで行っているNHKカルチャーのジャズ講座「ジャズの魅力への招待」がこの11月で62回を数えた。和ジャズ専門のジョニーだが、講座の日には洋盤も登場させるので、僕自身のためのカルチャーでもある。

  この講座に最初から通っている俳人の菊池十音さん(76)は、最近、義父が聴いていたという重いSP盤レコードを、十数枚ずつ、風呂敷に包んで持って来る。そのほとんどは浪曲(浪花節)である。明治のはじめ頃、説教節などから始まったとされる浪花節。大正末頃から浪曲と呼ばれ、三味線の伴奏がついた。

  浪曲といえば、若い頃“タンゴ”一辺倒だった僕の兄で画家の澄(十音さんと同い年)は、いつの間にか大変な浪曲好きに変わった30年程前、そのことを作家の五木寛之さんのラジオ番組にご一緒させてもらった時、しゃべったら、「それは良くわかります。タンゴも浪曲も、その泥臭さにおいて一緒なのです」という様な話をしてくれたことが、ふと頭に浮かんだ。

  菊池さんが持参したSPの中の1枚に川田義雄の「浪曲セントルイス・ブルース」があった。“かはッた浪曲”とある。ガラードのプレイヤーに、ソノボックスのSP用カートリッジを取り付け、講座の時間にSPレコード鑑賞会をやったら、一番受けたのは「浪曲セントルイス・ブルース」“国々言葉異なれど、唄う心は皆一つ。悪事千里を走ると言えど、歌は万里を走るなり。あちゃら、こちゃらでうたうブルース数々あれど、セントルイス・ブルースは、ブルースの親玉なり”とあらゆるジャンルを取り込んだ浪曲の極至的うなり。

  明治に宮城で生まれ盛岡に住み、昭和58年に94歳で亡くなった菊池卯七(うしち)さん(十音さんの義父)は、かつて女学校の先生をした方。ガンコだが、おしゃれで新し物好きな人だったと言う。3年後に義母、その3年後の平成2年には夫・秀夫さん(享年60)まで亡くしてしまった十音さん。「体調のすぐれない日でも、ジャズ講座に来れば元気になるの」と笑う。
(開運橋のジョニー店主)


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