盛岡タイムス Web News 2011年 11月 29日 (火)

       

■ 〈大震災私記〉59 田村剛一 地盤沈下

海に出てみると、様子が、津波以前と違っていることがすぐに分かる。海面水位が高いということだ。満潮の時刻になると、護岸すれすれの所まで水が来る。手を伸ばすと簡単に水がすくえるほどだ。小学生の孫が、海水で手を洗おうとしたので「危ない」と言ってやめさせた。それほど水位が高くなっている。

  「大潮の時や低気圧の時には、堤防や護岸を越える」と知人の漁師には言われた。こんな時は、船が堤防や護岸に乗り上げる危険性があって怖い。それで、イカリ網を張り堤防や護岸に、ぶつからないようにするという。

  知人に言わせると、1b近く、地盤沈下があったのではないかという。海底が、それほど大きく動いたということ。この地盤沈下一つとってみても、今回の地震が、いかに大きかったかが分かる。

  この地盤沈下によって、白い砂浜がことごとく消えた。山田湾の見える所に立つと、いつも、小島の前の沿岸州がよく見られた。昔は「あの砂浜で運動会をしたものだ」と織笠の古老に言われたものだ。

  山田湾には二つの島がある。大島と小島。大島はオランダ島とも言われる。この二つの島の所属は違っていた。大島は山田湾漁協の所有、小島は織笠漁協のもの。その前の砂州も織笠漁協所属。子どもの頃は、海水浴と言えば山田湾漁協所属の大島。逆に、織笠地区の人たちは、小島の方で海水浴をした。今は、二つとも町が買収し、山田町所有となっている。

  二つの島とも白い砂浜が美しかった。今、その砂浜を見ることはできない。小島の前の砂州も、干潮の時でも顔を出さなくなった。はたして、山田で海水浴のできる砂浜があるのかどうか。いや山田だけではない。それは岩手県下の沿岸全てで言えることだ。

  白砂青松で知られる大槌の浪板海岸、釜石の根浜海岸、そして、陸前高田の高田松原。高田松原は、松原が根こそぎ流され、わずかに一本だけ残った。その松を助けようと懸命の努力がなされていると聞く。

  この地盤沈下は、砂浜を海底に沈めただけではない。織笠地区に行ってびっくりしたのは、かつての宅地、そして道路が水浸しになっていることだ。

  「干潮には水が引けるよ」と言われたが、このままでは、家は建てられない。家が建てられないということは、人が住めないということ。

  このままだと、織笠の人たちは、高台に宅地を求めるか、よその町に移り住むしかない。もし、この地に住むとなれば、土地をかさ上げするしかない。住民はどれを選択することになるのだろうか。
(山田町)

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