盛岡タイムス Web News 2012年 1月 4日 (水)

       

■ 〈東日本大震災〉カキ小屋を再建 山田町の鈴木敏彦さん

     
  再建した作業場でホタテの耳吊り作業に励む、鈴木敏彦さん  
  再建した作業場でホタテの耳吊り作業に励む、鈴木敏彦さん  
  山田町大沢のカキ養殖業、鈴木敏彦さん(53)。昨年12月、大沢漁港の堤防添いに作業小屋を再建した。同じ通りにいくつもあった同業者の作業場は津波でほとんど流された。一帯はがれきが片付き、建物の土台ばかりが目立つ。小さいながらも、いち早く自分の作業場を持つことは、復興への熱意の証だ。

  鈴木さんは産地直送の宅配を中心に販路を広げてきた。盛岡市手代森の産直・花山野(かあさんや)でもおなじみ。季節になると新鮮な海の幸を携えて、妻の陽子さん(53)と売り場に立ち、内陸の人たちとも交流が深かった。

  人の3、4倍は手間を掛けて育てていたという、こだわりのカキ、ホタテ。口コミでファンが増え、県内はもちろん、遠くは沖縄県石垣島まで直送していた。

  例年8月から9月にかけては、船に風呂釜を積んで養殖いかだへ向かう。育成中のカキを60度前後の湯で洗い、シュウリガイなど周りに付着している余分なものを取り除くと生育がよくなり、産卵時期も早まる。一般的なカキが出荷時期を迎える少し前に、しっかり実の入ったカキに仕上がり、味にも深みが出るという。こうした一つ一つの作業の積み重ねが、全国の食通をうならせるカキを育てる。

  3月11日。これまで築き上げてきたものすべてが津波にのまれた。日々の暮らしや漁場の立て直しに奔走していた5月には、左手小指の筋の切断が判明。陽子さんに一時、浜の仕事を任せて手術せざるを得なくなった。
     
  昨年9月に盛岡市大通で開かれたイベントに出店した鈴木敏彦さん、陽子さん夫妻  
  昨年9月に盛岡市大通で開かれたイベントに出店した鈴木敏彦さん、陽子さん夫妻
 

  「50歳過ぎての再出発なんて容易じゃない」。落ち込む背中を押したのは、カキやホタテでつながった全国の顧客だ。「顔の見える応援をしよう」。神奈川県の美容院の店主は来店者一人ひとりに支援金を募り、思いを寄せた人の名簿とともに送ってくれた。

  秋になりイカ、スルメなど他産地の海産物であれば、入手できる環境になった。陽子さんは「これを送ってお礼したら」と敏彦さんに勧めたことがある。返ってきた答えは「みんなが待ってるのは、イカやスルメじゃない。うちが育てたカキだ」。怒ったようなこの一言に、陽子さんもはっとした。
     
  カキ・ホタテ養殖の復興に向けて動き出した山田町の大沢漁港。写真中央にぽつりと建つのが鈴木さんの作業小屋  
  カキ・ホタテ養殖の復興に向けて動き出した山田町の大沢漁港。写真中央にぽつりと建つのが鈴木さんの作業小屋  

  陽子さんは震災後、NPO法人が経営する宅老所で働き始めた。「せっかく介護の場で働くのなら」とホームヘルパーの資格取得の勉強もしている。それでも、いつかは敏彦さんと二人、海に戻るのが夢だ。「必死で頑張って、また二人で海の仕事をしたい。お父さんが、ああいう人だから、何とかなるって思える。支援してくださった人にうちのカキやホタテを1日も早く届けたい」。

  震災前、敏彦さんは三重や広島など国内の有名産地はもちろん、オーストラリアのタスマニアにも出かけ、トップレベルと言われる養殖技術を見た。「個人の名前で宅配するからには全国、世界のカキとの競争だ」。その意気込みは今も変わらない。


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