盛岡タイムス Web News 2012年 1月 9日 (月)

       

■ 〈幸遊記〉53 照井顕 小谷充のブランデーグラス

 昔、作家だった現・東京都知事。その弟・俳優で歌手でもあった、故・石原裕次郎が唄ってヒットした山口洋子作詞の「ブランデーグラス」という歌がある。作曲したのは、編曲家として知られた、故・小谷充さん(1934〜1990)。

  彼の編曲でヒットした曲をあげれば、きりが無いけれど、トワエモアの「或る日突然」「空よ」。藤圭子の「新宿の女」。ちあきなおみの「四つのお願い」。八代亜紀の「なみだ恋」。石原裕次郎の「恋の町札幌」等々膨大にあり、歌謡界きっての編曲者といわれた。

  神戸生まれ。住んでいたのは麻布十番のマンション。僕は上京の折に度々彼の所へお邪魔した。突然の来訪にも関わらず部屋に招き入れ、お茶を入れてくれた。しかも必ず二番茶を。一番茶は自分に入れ、「僕は本当においしくて好きなのが二番茶だから、お客さんが来た時は必ず、二番茶を差し上げるのです」と言いながら笑う顔が最高だった。

  編曲家としてたくさんの曲を手がけていた彼が、「ブランデーグラス」を作曲し古賀大賞に輝き、布施明の「あなたがわたしを愛する様に」で音楽出版社協会の銀賞をもらったら「あいつは曲も書くんだって」。彼に編曲を頼んでいた作曲家たちからの「編曲の依頼が減りました」と言っていたことがあった。

  「自分の曲だけ凝って、他は手を抜く」という噂だったらしい。だが彼は「プロですから、そんなことは全然ないんだけど。どうアレンジしたって売れそうにない曲もある」と。

  中学高校時代にはバイオリンをやり芸大を目指したと言うが、なぜかタンゴバンドでプロになり、20代半ばにはリーダーとして米軍キャンプやホテルに出演。渡辺プロダクションの看板ジャズバンド、シックスジョーズのメンバーを務めたピアニストで「ビル・パウエル」と自称し、のちアニューミュージックを立ち上げCMから音楽出版まで携わった。

  昭和の終わり頃「僕の歌を譜面にしてくれませんか」と言ったら、すぐに「唄ってみて」と言い、聴き終えて譜を書き、コードも付け、その場で弾いてくれた。寸分違わぬメロディーと、カッコイイ和音(コード)に感激した記憶は、あざやか!

  (開運橋のジョニー店主)


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