盛岡タイムス Web News 2012年 1月 14日 (土)

       

■ 〈大震災私記〉92 田村剛一 失われた財産

 人は、失ってしまってから、失われたものの価値や大きさに気づくもののようだ。

  自宅は大規模半壊で残り、そこを修理して住むことにした。向かいにある事務所は、水浸しになった上、津波で押し流されてきた建物で押し壊された。形は残ったのだが、柱が壊れて住めない。大工にそう言われ解体することにしたのだ。

  この建物、事務所といっても立派な一軒家。洋間に和室が3室、それに台所、バス、トイレ付き。客が来ると、そこに泊める。一昨年の10月より長男夫婦が使用していた。

  洋間を改造して、ここに書斎兼事務所を構えた。そこには、高校時代から集めた書籍が2千冊ほどあった。その中には、明治文学全集、柳田国男全集、ドフトエフスキー全集、ソ連アカデミー発行の世界史といった貴重なものもあったが、それが流された。子どもたちの使ったピアノ、今まで書き留めた私のノートも。

  事務所の2階が物置。ここには、父が昔使った商売道具、子どもたちが学校卒業とともに不要になったとして送り返してきたレコードや運動用具、教科書。孫たちの遊び道具。

  惜しいのは、私の集めた旅行先の土産。私の趣味は旅行。私の旅行は実利も兼ねていた。専門教科が人文地理であったので、研修も兼ねていたからだ。

  日本列島は、北の宗谷岬から南の沖縄西表島まで、全ての都道府県に足を踏み入れている。山も少々歩き、立山、白山、白馬、八甲田、岩手山…、その土地土地で、小さな焼き物を記念品として買った。主なものが湯飲みやぐい飲み。外国も中国、韓国、ベトナム、マレーシア、イギリス、オランダ…。

  生徒たちには、旅行話をよく聞かせた。ところが、私の話を信用しない生徒が出て「ホラ吹きゴウちゃん」と言う。そのくせ「先生のホラ話が聞きたい」と来るのでまいった。

  この旅行先で手に入れた焼き物。子どもや孫たちが大事にしていたレコードやおもちゃ…全て失った。失ったというより捨てたのだ。物置はごっそり残ったが、物を置く場所がなく、全て見ないで、がれきと一緒に処理してもらったからだ。

  でも、このことは口に出しては言えないこと。全てを失った人のことを考えると、捨てておいて、あれがほしかったとは言えないからだ。いとこに「母の形見にと思い、焼け跡を探したが、何一つなかった」と言われていたからだ。いとこに限らず、このような人は多いに違いない…。この事務所は火災保険に入っていたが、保険は一銭もおりなかった。もう再建はできない。

  (山田町)


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