盛岡タイムス Web News 2012年 1月 14日 (土)

       

■ 〈昆虫パワーをあなたにも〉17 鈴木幸一 カイコの冬虫夏草物語(下)

 3月11日の震災直後からラジオの被害放送を流し、グチャグチャになった研究室の書籍・資料の山を後片付けしながら、定年まで残り1年の研究期間はこれで雲散霧消と覚悟しました。

  スタッフは破損した実験室で、それぞれのテーマが相当にダメージを受けたことを悟り、黙々と後片付けする日課となっていました。しかし、1万9千人以上の犠牲者の方々と30万人を超えた避難者の方々の人生に比較したら、一人の昆虫科学者の震災による研究終焉などは取るに足らないことです。

  3月下旬、毎日続いていた後片付けの生活の中に突然衝撃的なメールが入りました。すっかり忘れていた科学研究費のヒアリング(面接試験)への呼び出し通知でした。4月8日にあります。

  毎年11月上旬に、わが国のあらゆる分野のほとんどの研究者が研究費を獲得するために、書類を作成し申請する年中行事があります。高額の研究費申請の類は書類審査以外にヒアリングがあります。いちるの希望をかけて、一昨年の11月にヒアリングがあるにもかかわらずカイコの冬虫夏草研究を申請していたのです。

  英語による講演以外は発表の練習をすることはないのですが、今回はそうはいきません。記憶では10回以上、たったの7分の発表と8分の質問のために練習を重ねました。

  ひょっとすると、諦めていた研究ができるかもしれない。

  そのために前の日(7日)に東京に入り、ホテルでも発表の練習を繰り返し、8日の午後からのヒアリングに向けて万全の体勢を整えました。そこにまた大きな地震がありました。4月7日夜11時32分。大きな余震でした。

  研究室スタッフからの携帯が幸いにつながりましたが、聞けば研究室は元のグチャグチャ状態という報告で、床についても珍しく眠れません。当日の昼には強力目覚ましドリンクと強壮ドリンクを2本飲んで、いざ午後からのヒアリングに臨みました。

  研究人生最悪のピンチでした。ドリンク剤の2重効果なのかそれとも緊張感のせいかのどがカラカラとなり、舌は頬に付着し呂律(ろれつ)が回らないのです。

  しかし、すっかりと諦めていた採択通知が6月に届き、真摯(しんし)な気持ちでカイコの冬虫夏草の研究が本格的にスタートしたのです。

  10月に届いた審査結果では、「応用昆虫学領域をリードするものであり、わが国が世界に誇れる研究で採択すべき課題である」と記されています。高額な研究費(1億円以上)と5年間の研究期間は、1万9千人以上の犠牲者の方々から、「命をかけてやれ!」と授かった重いテーマであります。

(岩手大学地域連携推進センター長)

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