盛岡タイムス Web News 2012年 1月 28日 (土)

       

■ 〈昆虫パワーをあなたにも〉18 鈴木幸一 ノーベル賞に恵まれなかった日本の昆虫研究者

 ノーベル賞に興味がないといえばうそになります。ラジオで故立川談志さんをしのびながら、友人仲間が面白く彼のエピソードを紹介していました。ノーベル平和賞を受賞した元首相の佐藤栄作さんが亡くなられた時、奥さんが若き日の彼に仏壇の前で、何でも望むものを持って行くように促したところ、談志さんは飾られているメダルがほしいと言ったそうですが、それだけはダメと断られたとのことです。

  昭和9年(1934年)の長野県蚕業試験場報告28号に、まさしくノーベル賞を逃した偉大な研究成果が報告されていました。これに出合った時は、昆虫研究者の先人は何と偉大な成果を発表していたのだろうとしばし感慨に浸り、その後は何ともったいないことをしたのだろうかと恨めしさが募ってきました。

  今から78年前のしかも県レベルの研究報告書で、松村季美という技師の方のカイコの遺伝に関する124nに及ぶ論文で図版3枚が付け加えられています。

  その内容は、カイコの消化液や血液中のアミラーゼ(デンプンなどの炭水化物を分解するタンパク質で、消化酵素の仲間)の作用が親から子に伝わる時に、優性の場合はプラスとなり、劣性の場合はマイナスになるという発見でした。

  すなわち、一つの消化酵素(タンパク質)が一つの遺伝子でコントロールされているというまったく新しい説でした。

  同じような一酵素一遺伝子説が7年後に、アカパンカビ(カビの1種で、モデル生物として有名)を材料として、1941年の米国科学アカデミー紀要に掲載されました。これはビードルらの研究でして、発表から17年後の1958年にノーベル生理学・医学賞を受賞しています。

  使用した材料が違うだけで、松村技師の研究内容は勝るとも劣らない当時としては素晴らしく充実したものでした。それでは何が違って、松村技師はノーベル賞を受賞できなかったのでしょうか。単純なことで、彼の研究報告は日本語で書かれており、日本の昆虫研究者以外は誰にも知られなかったのです。

  文学作品は日本語で書かれていても、普遍的な価値があれば翻訳されて世界中に紹介されます。科学分野の研究成果は、英語で書かれていなければ伝わらないという宿命があります。仏壇にメダルを飾ってほしいので英語で書いている訳ではありませんが、100年、1000年先も昆虫が人類に役に立つようであれば本望です。

(岩手大学地域連携推進センター長)

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