盛岡タイムス Web News 2012年 3月 21日 (水)

       

■ 〈口ずさむとき〉273 伊藤幸子 「機縁の章」

 操觚者(さうこしや)を父にもちたる運命にもの書くむすめ書かざるむすめ
                                               小池光

  震災忌もすぎ、今日は彼岸の中日。残雪も多く風は冷たいがだいぶ日が永くなった。春分の日は太陽が真西に沈む日で、菩薩となるための修業項目とされるお経の意味を思う。もっとも私などはただ単に般若心経262文字を暗誦しているにすぎないが、それでも習慣で唱えているうちに気持ちがおちついてくる。

  先日、3月9日には盛岡タイムス社の元社長奥寺一雄さんのご葬儀が営まれた。お元気でいらしたころはたまに会社におじゃまして、中国のお話を伺ったりしたものだった。

  祭壇にはおだやかな遺影の両側に、本のページを開いた形に生花が飾られて、あたかも読みさしの行間のようにとりどりの花でふちどりされていて胸がつまった。ご遺族の方が「兄の指は、ペンを握った形に曲がっていました」と述べられ、目頭が熱くなった。昼時間にも、おにぎりを片手に原稿を書いておられると伺った現役時代のことを思い、操觚界(新聞雑誌業界)にみなぎる覇気と緊張感に打たれる。あんなにも、日中友好の翼の旅にもお誘い下さったのに、行けずじまいだったこと、今さらに悔やまれる。

  お弔いの帰路は寂しい。玄関のものかげに自分用に用意して置いた清め塩で身を清め戸をあけると、一冊の本が届いていた。親しく鮮やかなご筆跡、なんと群馬県の高僧酒井大岳先生より「心があったまる仏教」新刊書である。エッ、こんなにも大きな空洞を抱いて帰った玄関に「心があったまる」ご本が待っていてくれたなんて、私は着がえもせず頁を繰った。

  驚きはさらに続く。周知のように先生は国内外に活動の輪を広げられ、昨年からは震災復興のために被災地を頻繁に回られている。そこで実際に会われたたくさんの人々との交流があったかくて、読んでいてじんわりと癒やされ、思わずウフッと笑える場面も出てくる。おむすびの話、うめぼしの話、タヌキの恩返し、ネパールのサイも、戦争も震災も、そこにある一個の石でさえも、心を寄せれば石の言葉を聞くことができると説かれる。そして「機縁」の章に目がさめる思いがした。

  私はよく嬉しい偶然に会うことが多いが、それらも会うべくして会った「機縁」であると、拙歌を引いて書いて下さった。今回も当代一線の歌人小池氏の一首を記憶していたことと、元社長さんの告別式、そこに酒井先生のご本と、かくも同じ日に春風のご恩を賜ったことに、彼岸此岸の大いなる機縁感謝を感じている。
(八幡平市、歌人)



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